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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第88話 覚悟と拒否反応と摘み取られる希望
しおりを挟むブレリオからの厳しくも的を得ている言葉を受け、俯いたままのサーニャ。
おそらく彼女もブレリオの言っている事が正しいと理解しているからこそ思い悩んでいるのだろうけど、敵はいつまでも待ってはくれない。
そうして迷っている間にも向こうから新たな死体の群れがこちらに向かってきている。
……たぶん、そんなすぐには決断はできない。だからサーニャさんには上からの援護を頼もう。
さっきのような不意打ちを避けるため、そしてサーニャが死体達を直接倒さなくても良いようにするためにそう提案しようと口を開きかけたその瞬間、彼女はいきなり自分の両頬をばちんと叩き、勢いよく顔を上げた。
「サーニャさん……?」
「――二人共、心配かけてごめん。もう大丈夫、私もちゃんと戦うよ」
真っすぐ向かってくる死体達を見据え、サーニャは覚悟の込もった言葉を吐く。
「……本当に大丈夫なんだな?」
「うん……もう躊躇ったりはしない。まだ気持ちの整理はつきそうにないけど、それが助ける事に繋がるなら私は迷わない」
ウィルソンが目を細め、改めて確認するも、サーニャの覚悟は変わらないらしく、そう答えてから深く呼吸をして杖を構えた。
「……だからここからは私もちゃんと戦う――――『光炎の細爆』」
決意と共に向かってくる死体の群れへサーニャが唱えたのは野盗紛い達を制圧するときに使った魔法……しかし、威力はあの時の比ではなく、一つ一つの小さな爆発が確かな殺傷能力を秘めており、その全てが正確に死体達の頭を捉える。
目も眩む光達の爆発、そしてその波が治まった後には頭から上が焼け焦げてなくなった死体達の残骸が転がっていた。
「凄い威力……それにあそこまで正確に爆発の位置をあそこまで操るなんて……」
サーニャの覚悟が込められた魔法に思わずそんな声が漏れる。
おそらく野盗紛いの時は人間だからと手加減していたのだろうけど、ここまで殺傷性の高い魔法だとは思いもしなかった。
「うっ……ぷ……」
「っサーニャさん大丈夫ですか!?」
引き起こした惨状のせいか、はたまた肉の焦げる異臭のせいか、サーニャが口を押さえてしゃがみこむ。
……思えばサーニャさんは野盗紛いが魔物に食われた時も同じように嘔吐いてた。
あの時の光景も凄惨の一言に尽きる惨状だったが、今、目の前に広がっているのも同様なくらいには酷く、いくら覚悟をしたのだとしても、サーニャにとっては耐え難いものだと言えるだろう。
「大……丈夫……少しふらついただけだから」
「……ああ聞いた手前ではあるが、あんまり無理はするなよ」
青い顔で立ち上がろうとするサーニャを心配してウィルソンが声を掛けるが、彼女はそれに首を振って答える。
「ううん、大丈夫……本当に大丈夫だから…………」
「……いいえ、サーニャさんはやっぱり一度下がってください。そのままだと接近された時に危険ですから」
身体や魔力的には大丈夫かもしれないが、明らかに精神的にきているこの状態で戦わせるわけにはいかない。
いかに覚悟があろうとそれに心がついていかなければどうしようもないのだから。
「でも……!」
「……嬢ちゃんの言う通りだ。今は下がっとけ」
無理をするなと声を掛けたウィルソンもサーニャの様子を見て私の言葉に賛同する。
それもそのはず、止める言葉に首を振った彼女の足取りはふらふらとおぼつかず、明らかに無理をしているのが見て取れた。
「……この状況だ。流石にずっと離脱されるのはきついが、それでも一度、心の整理をつけないとお前さんの心が持たん」
「っ………………」
自分でもわかっているのか、唇を噛んで俯くサーニャ。別にこれに関して言えば彼女に問題があるという訳じゃない。
ブレリオやウィルソン、そしてここで戦っているほとんどの冒険者達は大なり小なり修羅場を潜った経験がある筈だ。
そんな中で人間とは感性がずれているエルフの私を除く最年少のサーニャにこの惨状を前にしてなお、普段通り戦えというのは無理があるだろう。
「………………それでも私はっ――――!?」
拳を握り締めながら顔を上げたサーニャが食い下がろうとしたその瞬間、甲高い音が響き、戦っていた死体達が呻き声を散らして一斉に後退し始めた。
「な、何だ?奴ら一斉に下がり始めたぞ」
「一体何が……?」
あまりに突然の出来事に私達はもちろん、他の冒険者達も戸惑いが隠せず、死体の群れが下がっていく方を見つめる。
「――――なに、あれ?」
この誰のものか分からない呟きはきっとその場にいる全員が抱いた感想と同じだろう。
後退していった死体達は一点を目指して集まり、覆い被さるようにして互いの肉を貪り合い始める。
ぐちゃぐちゃぐちゅぐちゅぶちぶちじゅるじゅる、不快で悍ましい音と異常な光景を前に私達はただただ茫然とそれを見つめる事しかできない。
やがて互いを食い合っていた死体達にあからさまな変化が現れた。
重なり合っていた死体の群れが段々と一つの肉塊へ変わり、どくんどくんと脈打つような音が辺りに響き渡る。
「ゔアアあ嗚呼アア嗚呼ッっ――――」
直後、おおよそ声とは言えない声と共に肉塊が蠢き、不快な音を立てて変化し、周囲の建物を軽々と超える巨体が現れる。
「う、わぁぁぁっ!?」
「ひ、ひぃぃっ!?」
蠢く肉塊で構成された身体のいたる所に苦悶の表情を浮かべたいくつもの顔らしきものが見て取れ、その姿は今まで目にしてきたどんな魔物よりも悍ましく醜悪だった。
「あ、ああっ…………」
「く、そっ……!一体何なんだよあれは……!!」
他の冒険者達があまりの異様さに恐れ慄く中、サーニャとウィルソンも同様に肉塊から生まれたそれを目の当たりにして後ずさる。
っこれは完全予想外……まさか死体の群れがこんな化け物になるなんて…………!
変貌した肉塊の化け物を見上げ動揺しながらも、どうにか冷静に状況を分析しようと試みる。
落ち着け……確かにあの外見と大きさには驚いたけど、考え方によっては好機かもしれない。
おそらくあの化け物はここらにいた死体の群れが集まって生まれたもの……ならあれを倒してしまえばこの騒動は一旦、収まる筈だ。
あれの戦闘能力は未知数だが、数が多く厄介な死体の群れと戦うより的が一つに絞られた今の方が幾分か戦いやすいと思う。
「っ皆さん落ち着いてください!まず一旦体制を立て直して――――」
「ゔぁあああアアああ嗚呼嗚呼あアアああッっ」
士気の下がった冒険者達へエリンが呼びかけようとしたその時、肉塊の化け物がその一部を肥大化させて振り下ろしてくる。
「っ全員この場からにげろぉぉぉ!!」
誰かの叫びを合図にその場にいた全員が全力で回避行動に移った。
瞬間、凄まじい轟音と衝撃波が周囲の建物を巻き込んで広がり、辺り一帯をまとめて吹き飛ばす。
ただ塊を振り下ろしただけの攻撃。しかし、大質量によるそれはかつてないほどの威力を誇り、街の大通りだった場所を更地へと変えた。
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