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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第86話 見えた光明と戦線の動き

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 もう打つ手がなく、絶望的な耐久戦をせざるを得ない状況の中、それを切り裂くように気合の乗った声が響き渡る。

「――――ぅおらっ!!」

 その声の主………腕を鉄に変化させたブレリオが思いっきり拳を振り抜き、死体を派手に吹き飛ばしていた。

「…………え?」

 戦っているのだからそういう光景が目に入っても別段驚く事ではないのだが、今回の相手に限っては何が死体化の引き金になるか分からないため、ああも思いきりよく直接攻撃をするとは思わなかった。

……そもそも手足を吹き飛ばして動きを封じるという方針だったのにそんなのは関係ないと言わんばかりに吹き飛ばすなんて。

 確かにこんな乱戦になってしまった時点でそれは難しいのだろうけど、あれでは吹き飛ばしてもまたすぐに立ち上がってしまうだろう。

「――ぅあゔぁぁ」

 案の定、ブレリオが吹き飛ばした死体は唸りながら立ち上がり、再び動き始めた。

「ああ、手足を狙わないと駄目だったな……面倒くせぇ」

 首をこきこき鳴らしながらそう言ったブレリオは拳を腰だめに構えて思いっきり踏み込む。

「――ぶっ飛べ」

 目にも止まらない速度で起き上がった死体の前まで距離を詰めたブレリオは勢いのままに拳を振り抜いて今度は相手の上半身ごと吹き飛ばした。

……いや、そうはならないでしょ……どんな威力で殴ればそうなるの?

 そのあまりの威力に呆れつつも、吹き飛ばされた死体の方に視線を向ける。

 さしもの不死性も上半身を吹き飛ばされてしまってはどうにもならなかったらしく、残った下半身はぴくぴくするだけで動き出す気配はない。

……予想外な結果……でもこれは上手くすれば戦況を立て直すきっかけになるはず――――

 そう思って上から視線を向けた瞬間、ブレリオと目が合う。

「――――聞け!こいつらの不死性は厄介だが、倒せない相手じゃない。落ち着いて近くの奴と連携を取って戦え!!」

 どうやらブレリオも同じ事を考え付いたらしく、吹き飛ばした事を印象付けながら味方を鼓舞するようにそう叫んだ。

「そうだ……俺はこんなところで死ぬ訳にはいかない!」
「やるしかない……黙ってやられてたまるか!」

 すると恐怖で混乱していた他の冒険者たちが拙いながらも連携を取り始め、少しずつ死体の群れを押し返していく。

よし、数の不利はどうにもならないけど、これならまだいける……!

 死体に変異する条件は不明だが、直接攻撃をしたブレリオが健在な以上、接近戦をしたからといってすぐに変わるような事は無いはずだ。

「……何かあったとしてもやらなきゃ死ぬ……なら後の事を気にしてる余裕はない!」

 他の冒険者たちが反撃に出たのに合わせて私は援護のための魔法を構築、戦況を見定めながら窮地に陥っているところ目掛けて撃ち込む。

魔力の残量は少ないけど、こうすれば――――

 狙い通り、私の一発を皮切りにして、ここまで戻ってきた魔法使い組が魔法での援護を始める。

私の魔法をきっかけにしてくれればと撃ったけど、上手くいって良かった……。

 さっきまでは戻ってきた魔法使いの中で動いているのはサーニャだけで、他は崩壊する前線を前に立ち竦んでいた。

 けれど、ブレリオの一撃と鼓舞によって持ち直し始めた今の戦況に魔法使い達も立ち上がり、それぞれ下で戦う冒険者たちの援護を始めてくれた。

……問題はここから、数を増やし続ける死体達を相手にどこまで粘れるか、だ。

 立ち上がった前衛組、そして魔法使い組の援護により崩壊の一歩手前で踏みとどまる事ができている事ができているが、このまま消耗戦を続けて先に力尽きるのはこちらだ。

 だから時間に少しの猶予ができた今のうちに何か策を用意しなければならない。

「――――負傷者はこちらに集まってください!動けない方には手を貸して、まとめて治療します」

 まだ死体の魔の手が伸びていないギルドの中からエリンが戦っている冒険者たちに呼び掛ける。

 どうやら残ったギルド職員の中に治癒魔法を使える人材がいたようでエリンと共に負傷者の手当をしているのが見えた。

混乱の収まりが良い方向に作用してる……少なくともあの二人の魔力が切れない限りは継戦できそう。

 怪我の治った冒険者から再び戦線に復帰していく姿を見てそう判断した私は一度、屋根を降り、戦況に目をやりつつもギルドの方へ向かう。

 ギルドに着き、駆け足気味に中へ入って治療にあたっているエリンの元へと駆け寄る。

「っルーコちゃん……?今は――――」
「エリンさん、それにそこの人も、魔力はどれくらい持ちそうですか?」

 言葉を遮り、用件だけを手短に伝えるとエリンは私の意図に気付いたのか、それを呑み込んで答えた。

「……私もこの子も魔力自体はまだまだ余力があります……ただ、このまま負傷者が引っ切り無しにくるなら早々に尽きてしまうでしょうね」

 治癒魔法は通常の魔法よりも魔力を食うし、そもそもそんな連発で使うようなものでもない。

 つまり、死体達の数が増えていくであろうこの状況では、いくら魔力があっても足りないという事だ。

「……なら私から一つ提案します。エリンさん、まだ余力のある今のうちに戦線に加わってもらえませんか?」

 だからこそ私はその提案を口にする。

 今、必要なのは治療じゃなく、ブレリオのように戦況をひっくり返せる実力ちから

 ブレリオのおかげで冒険者たちは奮い立つ事ができたが、彼一人では全てをひっくり返す事はできない。

 だからせめてもう一人、相応の実力を持った誰かが必要だ。

 そしてそれをこの場で実行できる可能性を持ったのはエリンだけだった。

「それは……」
「……負傷者の治療は必要な事だと思います。でもこのままだと状況が好転しないのはエリンさんも分かってる筈です」

 言い淀むエリンに対して遮るように言葉を重ねる。

 おそらく彼女が気にしているのは自分が抜ける事による治療の手の不足だろう。

 確かに今エリンが治療から抜ければ死傷者が増えるかもしれない。けれど、どのみちこのまま突破口が開けなければ全滅は必至、なら可能性に賭け、治療を捨ててでも戦った方が結果的に被害が少なく済む筈だ。

「…………分かりました、私も前線で戦います」

 葛藤の末、戦う事を決めたエリンは一緒に治療にあたっていたギルド職員にこの場を任せ、外に向かって走り出した。

「……待ってください!私も行きます」

 一瞬、拙いながらも治癒魔法の使える私はここに残った方がいいのではないかと考えるも、戦闘時の魔力消費と比べた結果、せいぜい一、二回くらいしか治癒魔法の使えない今の私がこの場にいたところで大した役には立てないと判断してエリンの後を追い、ギルドを後にする。

「エリンさんは…………いた!」

 外に出て辺りを見回すと、早速、回し蹴りで死体の一体を吹き飛ばしている姿が目に入った。

……話に聞いただけで直接見た事はなかったけど、ここまでだとは思わなかった。

 まだたった一撃、それもただの蹴りを見ただけだが、その威力と速さはさっきのブレリオに勝るとも劣らず、相手の上半身こそ吹き飛んでいないものの、吹き飛ばした先にいた死体達も巻き込んで一塊の山となってる。

「――――〝気焔乱打〟」

 静かにそう呟いたエリンから凄まじい魔力が放たれたかと思うと轟音と共にその姿が消え、一瞬にして吹き飛ばした死体たちの前まで移動する。

「はぁぁぁぁっ!」

 裂帛れっぱくの気合と共に繰り出されたのは凄まじいと形容するのも生温いほどの拳打の嵐。

 一撃一撃が致命ともいえる威力を持つであろう拳が視認できない速度で繰り出され、そのあまりの速さ故に死体の山を発火させながら塵へと変えていく。

「これで……終わりっ!!」

 その一言の後に最後の一突きが放たれ、空気を震わす音が響き、死体の山があった筈の場所には無数の塵だけが漂っていた。
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