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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第81話 思わぬ幕切れと不本意な結果

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 昇級試験を受けるべくギルドの裏手にある広場に私とブレリオ、そして付き添いのサーニャと審判役のエリンが集まった。

「……ルーコちゃん、本当にいいんですね?」
「今からでも遅くないから他の人にした方が……」

 ブレリオと向かい合う私に最終確認するエリンと相手の変更を進めるサーニャ。

 たぶん二人共が私を心配して言ってくれているんだろうけどいまさら変更する気は毛頭ない。

「大丈夫です。このまま始めさせてください」
「……だ、そうだ。本人がこう言ってるんだから外野がとやかく言うものでもないだろ」

 私の言葉にブレリオが肩を竦ませながらそう賛同する。

 その態度から変わらずこちらを舐めているのが伝わってくるが、それなら返って好都合。

 認識を改めさせるよりも早く一撃で決めきるだけだ。

「…………ではこれより昇級試験を執り行います。二人共準備はよろしいですか?」
「はい、いつでもいけます」
「こっちも問題ない」

 エリンの問いに答え、私達はそれぞれ構えて戦闘態勢に入る。

「――――それでは…………始め!」

 試験開始の合図をエリン言い終えたぎりぎりの瞬間を狙って私は動き出した。

 最初の一歩目に強化魔法を使って踏み込み即解除、勢いを殺さないように『風を生む掌ウェンバフム』を使ってさらに加速。

 目にも止まらない速度でブレリオの懐まで一気に潜り込み、そのまま掌底を放つように腕を突き出して呪文を口にする。

暴風の微笑ウェンリース

 突き出した掌から爆発的な風が発生、短縮した詠唱ながらもその威力は人を吹き飛ばすのに十分なものだった。

これが今私にできる最速の連携……魔法使い、それも私の事を舐めていた状態で防げるわけが……!?

 至近距離の暴風に視界を塞がれながらもどうにか目を開けると、そこには吹き飛んだはずのブレリオの姿があった。

「なっ……」
「ハッ……残念だった、なっ!」

 ブレリオは私の放った魔法をものともしない様子で腕を振りかぶり、そのまま勢いよく拳を振り抜いてくる。

「っ……!?」

 迫る拳を咄嗟に両腕を交差させて拳を防ぐも、反応が遅れた事と思いのほか威力が高かった事が相まって勢いよく吹き飛ばされてしまった。

「っルーコちゃん!」

 派手に吹き飛んだ私を心配してサーニャが声を上げたのが聞こえる。

「っ……大丈夫です。まだやれます」

 吹き飛びこそしたが、それでも直撃はしていないと腕の痺れを振り払い、サーニャと審判役のエリンに向けて言い放つ。

……止められる事はないと思うけど、万が一を考えれば言っておいて損はないよね。

 審判というからには事故が起こらないように止めるのがエリンの役目だろうから、今みたいな一撃をもらわないように気を付けないと何もできないまま試験が終わってしまうかもしれない。

「――今のを防ぐとはな。やるじゃねえか」

 おそらく今の一撃で決めるつもりだったのだろう。不敵な笑みを浮かべたブレリオが感心したように拳を打ち合わせる。

「……それはどうも」

 正直、受付でのやり取りからブレリオもギーアのように名ばかりで大した事はないと思っていた。

 けれどこうして実際に対峙してみるとその実力は一級魔法使いの名に恥じないものだというのが分かる。

 短い交錯だったけど、現状、この人と私の間にかなりの実力差がある事は感じ取れた。

……たぶん、この人はサーニャさんやノルンさんよりも強い。

 私が驚き戸惑っている事に気付いたのか、審判役のエリンがブレリオについて補足説明をしてくれる。

「……その人は言動や態度がその辺のチンピラと変わらないから勘違いされがちですけど、現一級の中では〝魔女〟や〝賢者〟に次ぐ称号……〝魔術師〟に最も近い実力と〝剛鉄〟の二つ名という確かな強さを持ち合わせているんですよ」
「〝魔術師〟……」
「あんな小物みたいな態度で絡んできたのに……?」

 なるほど、それなら確かにサーニャやノルンよりも強いと感じた私の感覚は正しかったのだろう。

 つまり今、私が対峙しているのは一級魔法使いの中で一番強い相手という事になる。

……そんな人を相手に今の私がどこまで通じるのか、確かめるのにちょうどいい機会だ。

 予想外なブレリオの肩書と実力を知って湧いてきた不安を振り払うように首を振り、無理矢理にでも笑って前を向く。

「……ったく、チンピラや小物みたいってのは余計だろ……ん?」

 呆れた表情を浮かべたブレリオがそこまで言いかけたところで何かに気付いたように言葉を止めた。

「ブレリオさん?どうかしまし……」
「――――試験は終了だ。解散解散」

 不自然に言葉を止めた事を不審に思ったエリンが理由を尋ねるよりも先に、ブレリオはそう言うと踵を返してこの場を去ろうとする。

「なっ……私はまだやれますよ!」

 突然の終了宣言に驚き抗議の言葉を上げるも、ブレリオは手をひらひらさせるだけで取り合おうともしなかった。

「試験官を引き受けたのにそれはないんじゃないですか!」
「……ブレリオさん、昇級試験をいい加減に終わらせるのは規約違反です。ギルドとしても処分を下さざるを得なくなりますよ?」

 あまりにも早すぎる終了に対してサーニャはもちろん、審判役のエリンも厳しい表情を浮かべて抗議すると、ブレリオは面倒くさそうに頭を掻きながら立ち止まる。

「……試験はきちんとした。あれだけ動けて咄嗟に俺の攻撃を防げるなら二級魔法使いとしちゃ十分だろ。それどころかダイアントボアとジアスリザードの異常種を討伐したって話が本当なら一級に上げてもいいくらいだ」
「……え?それって」

 ブレリオの言っている事に理解が追い付かず、放心状態でそのまま聞き返してしまった。

「……はぁ、要するに今回の試験、お前は合格だって事だ。まあ、死なない程度に頑張るこったな」

 ため息混じりのブレリオの言葉でようやく自分が試験に合格した事を理解する。

合格……?まだ私は一撃も加えられてないのに……?

 本来なら試験に合格した事を喜ぶべきなのだろうけど、内容が内容だけにもやもやが心の中に残ってしまう。

「……納得いきません。私はまだまともに戦ってすらないんですよ?こんなので合格だなんて――――」
「お前の納得なんて知らねぇよ。試験官の俺が合格って言ったらそれが結果の全てだ」

 私の言葉をばっさりと切り捨てたブレリオに「でも……」と食い下がるも、取り合ってはくれず、代わりに返ってきたのはさらに大きなため息だった。

「……それでも納得がいかないってなら一級の試験を受けるところまでこい。そうしたらもう一度、試験管を引き受けてやる」
「……!絶対ですよ、すぐにそこまでいってみせますから」

 悔しさを糧に今度は絶対に納得のいく戦いを見せるという思いを秘め、初めての昇級試験はひとまずの幕を閉じた。



 色々と波乱はあったが、それでも当初の目的である試験に合格し、私は無事に世間一般でいう一人前の二級魔法使いの称号を得る事ができた。

「――はい、ギルドカードの更新は済んだのでお返しします。これで今日から二級魔法使いの仲間入りですね」
「ありがとうございます」
「やったね、ルーコちゃん!」

 お礼を言ってからギルドカードを受け取り、エリンに別れを告げて受付を後にする。

 その際にエリンから二級に上がった事で受けられる依頼をいくつか勧められたが、この後はウィルソンとの待ち合わせがあるのでまた今度と言って断らせてもらった。

「それじゃあ早速、ウィルソンさんとの待ち合わせ場所にいこうか」
「はい、確かご飯を食べるお店の前でしたよね」

 私はその場所を知らないのだが、サーニャが分かると言っていたのでその案内に従う他ない。

「うん、時間的にたぶんそこでお昼ご飯も食べるんじゃないかな」
「そういえばもうそんな時間でしたね。言われてみればお腹も空いてますし」

 試験自体は短かったけれど、その後の手続きで思いのほか時間が掛かってしまったため、街中もすっかりお昼時の雰囲気へと変わっていた。
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