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第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第72話 学習の脅威と追い詰められる私

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 襲い掛かってくる三匹のジアスリザード。

 まだ具体的な強さが分かっていない中で連携を仕掛けてくる相手を前に正面から戦えるほど強くないのは私自身が一番よく知っている。

「〝吹き送る風、刃は小さく、数は多い〟――『送風の連傷ブロテェクリーチ』」

 一瞬後ろに目をやり、詠唱を口にしながら跳躍、木の枝に着地して強化魔法を解き、迫る三匹の足元を狙って魔法を撃ち放った。

「グギャッ?」
「グギャギャッ」
「ギャギャッ」

 いくつもの細かな風が地面を抉り、派手な土煙を上げてジアスリザード達の視界を覆い隠す。

 使ったのはいつかの休日にお姉ちゃんとのお菓子作りで具材を派手にまき散らした魔法。

 この魔法の自体は小さな範囲を細かく鋭い風で切り刻むというもので、そこまで威力のあるものではない。

 ジアスリザード達の着ている鎧はもちろん、鱗に覆われたその表皮にすら通らないだろう。

……でも、それで十分。地面を抉る威力さえあれば土煙を撒き散らすのに最適な魔法になる。

 視界を隠すという点では『白い煙の隠れ蓑モクロークビシティ』も有効なのだが、あれは煙幕で覆い隠す範囲が広すぎて戦ってる他の二人の邪魔になってしまう可能性があった。

 これなら二人の邪魔にはならないし、土煙だから多少なりとも目に染みて有利に働くかもしれない。

「……それに白い煙と違って影で大体の位置が分かるから狙い打てる――『螺旋の風弾スレイルハ―ウェン』」

 木の上から見下ろしつつ、狙いをつけて魔法を撃ち放つ。

 放った魔法は渦巻く風を固め、高速で撃ち出すという単純なもので、銃という武器の説明から着想を得て思いついた新しい魔法だ。

「ギュアッ」
「グッ?」

 風の弾丸は土煙を突き抜け、その先で戸惑ったままのジアスリザード達の頭や腕を撃ち抜き吹き飛ばした。

「……やっぱり土煙越しだと正確には狙えないか」

 影である程度見えると言っても、魔法自体にそこまでの大きさがないのと、練度不足で狙いが少し逸れてしまったらしい。

 仕留められたのは三匹中、一匹だけで他の二匹はまだ健在。片方に至ってはそもそも魔法を外してしまい、無傷のままだった。

……外したのは仕方ないし、ひとまずは一匹仕留めて、他に手傷を負わせたんだから良しにしよう。

 思考を切り替え、魔物達の混乱が治まらない内に次の攻勢に打って出るべく強化魔法を発動させて勢いよく木の枝から飛び降りる。

「ふっ……!」

 腰の方に手を伸ばし、短刀を引き抜いて飛び降りた勢いのまま無傷のジアスリザードの顔面を斬りつけた。

「グガァッ!?」
「ガァァァッ!」
「悪いけど、そっちはもう少し待っててねっ」

 斬りつけたジアスリザードが痛みに悲鳴を上げるのを後目にしつつ、腕を吹き飛ばされて怒り狂い、こちらに向かってきた個体へ投擲用の刃物を投げ放つ。

 投げ放った刃物は吸い寄せられるように眼球へ命中し、身悶えるようにその場で崩れるジアスリザードから意識を外して再度、斬りつけた個体へと向き直った。

「っと、はぁっ!」

 そしてそのまま深く踏み込んで力を溜め、斬りつけた顔面へと膝打ちを叩きつける。

「っ――――!?」

 最早、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる魔物。

 強化魔法による膝打ちの一撃は斬りつけた傷を致命的なものへと変え広げ、ジアスリザードを絶命たらしめた。

「――次っ」

 さっきのように最後の抵抗で動きを封じられないように気を付けながらも、息吐く間もなく刃物を投げつけた相手に視線を移し、刺さって視界が潰れている側から回り込んで距離を詰める。

反撃の隙を与えない……ここで一気に詰め切る。

 短刀を腰だめに構えて加速し、頭を狙って思いっきり突き出した。

「ガギュッ」

 加速の勢いが乗った切っ先は過たずジアスリザードの頭蓋を貫き、その命と共に鮮血を撒き散らす。

「っ……結構派手に返り血が付いたなぁ」

 頬を拭いつつ、貫いた短刀を引き抜いて軽く振り、刀身に付着した血を払って納刀。投擲した刃物も同様に回収して、戦況を確認すべく周りに目を向けた。

トーラスさんは……うん、まあ、大丈夫そうかな。ノルンさんの方は……え?

 ノルンの方に視線を移すとある意味で目を疑うような光景が飛び込んでくる。

あれは……杖に刃先が影で出来た鎌……?

 くるりくるりと長い杖を振り回し、次から次にジアスリザード達を斬り下ろしていくその姿は一般的な魔法使い像とはあまりにかけ離れていた。

「……鎌なんて扱いづらいだけで武器としては使えないと思ってたけど、あれを見るとそうでもない気がしてくるね」

 その魔法使いらしからぬ戦い方もそうだが、何よりも鎌という使い勝手の悪そうな形状の武器をあそこまで自在に使いこなしているのに驚きを隠せない。

 本での知識しかないけど、それでも鎌という武器の描写を読んだ時、実際にこれを使うのは無理だろうと思った記憶がある。

「まあ、普通の魔法使い云々に関しては私の言えた事ではないんだろうけど……っと、あんまり状況を俯瞰してる余裕はないか」

 視界の端にジアスリザード達が近付いてくるのを見据えつつ、次の魔法を準備すべく強化魔法を一旦、解除し、詠唱を口にしようとする。

「〝分かたれる鏃、重なる軌道、風は集まり〟――っ!?」

 詠唱を紡ぎながら向かってくるジアスリザード達に掌を向けたその瞬間、先頭の一匹が持っていた剣を振りかぶり、思いっきり投げつけてきた。

「っ詠唱を妨害してきた……?」

 距離が空いていた事もあり、飛んできた剣自体は避けられたものの、まさかの行動に驚いて集中を切らしてしまい、詠唱が中断されてしまう。

……まさか、これまでの戦いから魔法使いの詠唱を中断させないといけないって事を学習したの?

 話によればこのジアスリザード達は騎士団と国の集めた実力者の集団と戦っており、おそらくその中には魔法使いもいた筈だ。

 だからこそ詠唱を完成させるのは危険と身を持って知っていたのかもしれない。

「詠唱が駄目なら――『直線の風矢スレイントローア』」

 詠唱を破棄して呪文を紡ぎ、剣を投げつけてきた個体に向かって魔法を撃ち放つ。

 妨害されないよう速度を重視したため威力は心許ないが、それでも狙い通り頭に当たれば致命傷になる――――

「なっ……!?」

 真っすぐ突き進んだ風の矢は狙い通りジアスリザードの頭を捉えたかに見えたが、当たる直前に別の個体が剣を伸ばした事であっさり防がれてしまう。

 確かにこの魔法自体は剣みたいな硬いものを貫く威力はないけど、それでもあの速度に合わせられるのは完全に予想外だった。

もしかしてさっき一度見せたから……?

 今使った『直線の風矢』は先行したトーラスを助けるために使い、他の個体にも見られている。

 そのため魔法の概要は知られていてもおかしくはないが、その一度であそこまで完璧に防がれるのは明らかに異常だろう。

「グギャギャッ!」
「グギャッ」

 私の魔法を防いだ事で勢いづいたのか、ジアスリザードの一団は叫び声を上げながらさらに迫ってくる。

「っ学習能力が高いって言うのにも限度があるでしょ!」

 悪態を吐きながらも、囲まれるわけにはいかないため強化魔法を使ってその場から駆け出す。

 一度、それも遠くから見ただけで対応されるならこちらとしても迂闊に手の内を晒すわけにはいかない。

 距離を取って次の方針を決めようと追ってくるジアスリザードを振り払うべく速度を上げる。

「――ギャギャッ」
「っ……!」

 走る横合いから突如として飛び出してきたジアスリザードに驚き、一瞬、反応が遅れてしまった。

 迫る剣の速度からいってもう普通に避ける事は叶わないと、咄嗟とっさに足の力を抜いて地面に倒れ転がり、どうにかその一撃をかわす事には成功する。

「ギュア?」

 かわされるとは思ってなかったのか、首を傾げるジアスリザード。

 正直、今の一撃はかなり危なかった。

 もし、かわせずまともにもらっていたら強化魔法越しでも重傷を負っていただろう。

「っ……まずい、急いでこの場を――」

 慌てて立ち上がり、体勢を立て直して駆け出そうとするもすでに遅く、状況は最悪と呼べるものとなっていた。

「グギャァッ」
「グゲゲッ」
「ギュアア」

 転がっている間にジアスリザードの一団に追いつかれてしまい、あっという間に囲まれる。

……これは洒落にならない……かな。

 騎士剣を構え、じりじりとにじり寄ってくるジアスリザード達に圧されながらも状況を打開すべく考えを巡らせるも、焦りばかりが募って何も思いつかない。

「っ……それでもどうにかしなきゃ駄目なんだよね」

 唇を浅く噛み、精神的に追い詰められながらも、必死に生き残る術を模索する私の心情を嘲笑うかのように取り囲むジアスリザード達の数は着々と増えていった。
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