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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第67話 気まずい空気と白熱する口喧嘩
しおりを挟む出発して少し経った魔動車の中、運転のために前の席に座るトーラスとは特に会話らしい会話もないまま、私はノルンと共に持ってきていた本に視線を落としていた。
……今回の目的としては私とトーラスさんの仲を改善する事だし、話しかけた方がいいのかな?
本を読みながらそんな事を考えつつ、トーラスの方をちらりと見やると真剣な顔で前を向き、運転に集中しているようだった。
「……もうしばらくしたら運転を交代するからその時に話すといいわ」
そんな私の様子に気付いたようでノルンがは本に視線を落としたままそう言う。
交代って事はこの密室でトーラスさんとしばらく過ごさないといけないって事……?
想像しただけでも気まずい状況にげんなりしそうになるが、それを表情に出さないよう気を付けて「……分かりました。そうする事にします」と返し、再び本に視線を戻した。
そこからしばらく本を読んだり、ノルンとお喋りに興じている内にどうやら目的地までの距離が半分を切ったらしく、魔動車を止めて一旦、小休止を挟み、運転手を交代してから再出発をした。
そして現在、後ろの席には私とトーラスが座り、お互いに無言という予想していた通りの状況に陥っている。
一応、私は本を手に持ち、トーラスは目を瞑って休むという形にはなっているものの、流れる空気が気まずい事に変わりはなかった。
「……えっと、その、今回の討伐目標ってどんな魔物なんでしょうね?アライアさんはそこそこだっていってましたけど」
「…………さあね。まあ、アライアさんが大丈夫だって判断したんだ。なら僕たちはそれを信じて、出てきた魔物を倒すだけだ」
そんな空気の中、意を決して話題を振ると、トーラスは目を瞑ったまま渋々といった顔をしながらも、会話には応じてくれる。
「でも元々は〝魔女〟であるアライアさんが知り合いから頼まれたものなんですよ?ギルドを通さずにわざわざ直接頼むって事はそれくらい危険ってことなんじゃ……」
本来なら魔物の討伐というのはギルドに依頼して然るべき人材を送ってもらうのが一般的だ。
いくら知り合いだからと言っても〝魔女〟であるアライアに頼むというのは少し変な話だと思う。
だから可能性の一つとしてそういう事もあるのではないかとそう口にする私にトーラスは小さくため息を吐き、片目を開けて言葉を返してくる。
「……随分と心配性だな……いや、単に臆病なだけか。アライアさんが大丈夫と言った以上は問題ないんだ。だから君の抱いているそれは無用な憂慮だよ」
呆れて半ば小馬鹿にするような口調のトーラスに思わず頬が引き攣りそうになるが、我慢我慢と抑え込んでどうにか言葉を返した。
「…………でも想定外を考慮するのは大事だと思います。頭の隅に可能性を置いておくだけでも違いますから」
「必要ない。たとえ相手が強かろうとそれ以上の力で叩き潰すまでだ」
我慢して返した私の言葉をばっさりと切り捨て、頑なに拒否するトーラスについぞ大声を上げそうになるが、どうにか押し殺し、冷静に努めようとする。
「……ならトーラスさんは今回の魔物が予想以上に強くて、どうにもならなくなった時はどうするつもりですか?」
とはいえ腹に据えかねていた感情を完全には抑えられず、強い言葉でトーラスにそう詰め寄った。
「そんな事にはならない。もし仮にそうなったとしたらそれは……」
「それは?」
中々聞く耳を持たないトーラスが漏らしかけたその言葉を詰めるように復唱すると彼は少しの間沈黙し、難しい顔を浮かべて口を開く。
「……何でもない。とにかく、ありもしない事を考えて怖気づいているなら安全なところ待機していればいい。僕一人で魔物は倒しておいてやる」
何かを振り払うように首を振ったトーラスのはすぐに表情を切り替え、挑発的な顔と口調で煽るような言葉をぶつけてきた。
「なっ……怖気づいてなんていません!私はただもしもを考えるべきだって言っただけで……」
「それが怖気づいているって言ってるんだ。まあ、ルーコはまだ小さいから無理もないかもしれないが……」
被せるようにトーラスの言い放った小さいという言葉にカチンときて、ついに私の我慢も限界に達し、諸々を忘れて挑発に挑発を返す。
「……その小さい私に苦戦してたのはどこの誰ですかね」
「っ……あの模擬戦は最終的に僕の勝ちだっただろ!」
「……そーですね。最終的には勝ちましたね」
売り言葉に買い言葉、挑発の含みを持たせてさらに返してやるとトーラスは「何が言いたい?」と頬を引き攣らせる。
「別にー……何でもありませんよー。ただ私に苦戦するトーラスさんが何でそんなに自信満々でいられるのかなーって思っただけで」
「…………あれはあくまで模擬戦だ。武器も木刀だったし、やり過ぎないように加減をする必要もあった。だから――――」
「だから本気じゃなかったって言うつもりじゃありませんよね?流石にそれはどうかと思いますけど」
「っこの……!」
「――二人ともいい加減にしなさい!うるさくて運転に集中できないでしょ!」
過熱していく言い合いに耐えかねたのか、前の席で運転をしているノルンが通る声でぴしゃりとそう言い放ち、私達を強制的に黙らせるのだった。
そしてそこから目的地の村に着くまでの間、後ろの席に座る私とトーラスは一言も話さずに過ごし、ただただ気まずい空気の中を耐え切る羽目になってしまった。
「っ――――ようやく着いたぁ……」
いの一番に魔動車から飛び降り、大きく深呼吸をして外の空気を身体いっぱいに取り込む。
怒られてからここに着くまで結構な時間、ずっと黙っているというのは精神的にかなり辛いものがあった。
もちろん、本を持っていたのでそっちに集中して乗りきればよかったと言えばそうなのかもしれないが、あの空気の中でそんな事ができるほど私の神経は図太くない。
せっかく本をゆっくり読める時間だったのにな……ま、仕方ないか……。
そんな事よりもできるだけ迷惑を掛けないようにすると言ってさっそくノルンに負担を掛けてしまった事の方が問題だ。
きちんと謝って同じ事を繰り返さないよう気を付けようと心に決めつつ、辺りをぐるりと見回した。
ギルドのあった町とは比べ物にならないけど、それでもやっぱりエルフの集落よりは遥かに大きい。
とはいえ外の世界と切り離されたエルフの集落と比較すればどこでもそうなのかもしれないが。
「ここが目的の村か……」
「思ってたよりも早く着いたわね。さてアライアさんが言っていた依頼人の家は……」
トーラスとノルンも魔動車から降りてきて私と同じように村の様子を見回している。
「――――もしかしてお前さんらがアライアの言っていた代理か?」
そんな中、私達の姿に気付いた一人の老人が怪訝な顔をしながら声を掛けてきた。
「えっと、あなたは……?」
突然に尋ねられて困惑しながらも、三人を代表してノルンが声を掛けてきた相手へとそう尋ね返す。
「儂はゼペル。アライアに魔物の討伐を頼んだ元冒険者の爺じゃよ」
老人とは思えないほどの覇気が籠った声で返ってきた自己紹介の内容に私達は互いに顔を見合わせた。
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