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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第65話 暇な一日と新たな読書仲間
しおりを挟む野菜を一通り切り終え、料理の手順や調味料の種類を教えてもらっている内にいつの間にか結構な時間が経っていたらしく、他の人達も匂いに釣られて次々に食堂へとやってきた。
「ふわぁ……おはよう……」
「おふぁよー……」
初めに入ってきたのはアライアとサーニャの二人。どうやら起きてまだ間もないらしく、寝ぐせのついた髪をそのままに大きな欠伸を漏らしている。
「おはようございます、アライアさん、サーニャさん」
「うん、おはよー……ってルーコちゃん!?」
私の存在に気付いたサーニャが驚き声を上げた。
まさか私がこんなに早く起きて食堂にいるとは思わなかったのだろう。
完全に油断してだらしない姿を見せてしまったと後悔の表情を浮かべている。
「おはようルーコちゃん。ずいぶんと早起きだね」
「昨日、すぐに寝ちゃったので目が覚めて……あの、色々ご迷惑をおかけしました」
サーニャと違い、変わらない様子のアライアへ昨日の事を謝罪すると、彼女は「あれくらい気にしないくていいよ」と笑って返してくれた。
「それよりもルーコちゃんはお手伝い?」
「はい、外の世界の料理を覚えたいと思ってウィルソンさんに教えてもらってたんです」
「そ、そうだったんだ……べ、勉強熱心だね」
少し引き攣った顔でそう言ったサーニャは「か、顔を洗ってくる」と慌てて奥の洗面台へ駆け込んでいく。
「……慌てるくらいなら部屋で髪の一つでも梳かしてくりゃいいのによ」
「サーニャはそういうところが抜けてるからね」
「……アライアさんも寝ぐせを直さなくていいんですか?」
まるで他人事のようだが、アライア自身もサーニャと同じく寝起きのままだ。
サーニャと違って見られても別段構わないと思っているのだろうけど、それでも私がそう指摘すると「じゃあ、私も顔を洗ってこようかな」と言って洗面台の方に歩いて行った。
「そろそろみんなが起き出す頃か……よし、料理を盛り付けていくぞ」
「分かりました。じゃあお皿を用意しますね」
食卓に人数分のお皿を手早く並べてそこへウィルソンが料理を盛り付けていく。
「おはよう」
「おお、良い匂いがするな」
「あ、もう料理ができてる」
「みんな集まったみたいだね」
ちょうど盛り付け終わった頃を見計らったかのように食堂にぱーてぃの全員が集まり、それぞれ席について朝食に舌鼓を打った。
朝食を終え、食器の片づけを手伝った私は、ウィルソンと定期的に料理を教えてもらう約束をし、食堂を後にする。
「……今日一日、どうしようかな」
廊下を歩きながらうんうん唸り、独り言を呟く。
元々、今日も魔法の練習なりをしようと思っていたのだが、アライアから帰ってきた次の日はしっかり身体を休めるためにそういうのは禁止と言い渡されてしまった。
別に疲れは溜まってないんだけどなぁ……。
帰ってきた次の日ではあるが、実際に依頼を終えてからは一日空いているし、そもそも集落にいた頃は連日、魔物と戦って魔法の練習をするという事も珍しくなかったため、この間隔での休みというものは慣れそうにない。
「本当にどうしよう……って、あれ?こんなところに部屋なんてあったんだ」
考え事をしている内にいつの間にか自室をを通り過ぎて廊下の突き当りまできてしまったらしく、見覚えのない扉が目の前にあった。
……ここにきて日が浅いし、全部の部屋を回った訳じゃ無いから知らない場所があってもおかしくはないけど、ここって入っても大丈夫なのかな。
やる事もなく、手持ち無沙汰なのも相まって不思議とその部屋が気になり、恐る恐る扉を開けて中へと足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす…………」
足を踏み入れた先でまず最初に感じたのは慣れ親しんだ紙と墨の香り、そしてきちんと整理され、詰め込まれた本棚が立ち並んでいるのが視界に飛び込んできた。
「わぁぁ……見た事ない本の山だ……」
どうやらここは書庫のようでざっと見ただけでも集落のものと同じか、それ以上の数、本が収められており、私としても興奮を抑えきれない。
「――あら?ここに他の誰かがくるなんて珍しいわね」
「え、あ、ノルンさん?」
誰もいないと思って声を上げていたのに、奥の方で椅子に腰掛けて本を読むノルンの姿を見つけ、ぎょっとした表情を浮かべてしまう。
「ああ、ルーコちゃんだったの。いらっしゃい」
「へ、あ、お、お邪魔します……」
にこりと優しい笑みを浮かべてくれるノルンに少し萎縮しながらも、ゆっくり中へと入っていく。
改めて見てもすごい本の量……。
周りをきょろきょろ見回す私に対してノルンはくすりと笑い、髪を耳に掛ける。
「ルーコちゃんはここに来るの初めてだよね?」
「は、はい、えっと、ここはもしかしてノルンさんの部屋ですか?」
これだけ本のある部屋が個人のものとは思えないが、その佇まいと様子から思わずそう尋ねるとノルンはまさかと否定し、言葉を続けた。
「ここは書庫、主に私やアライアさんが趣味で集めた本がここに所蔵されてるわ。まあ、最近はアライアさんも足を運ばなくなったから、ある意味では私が専有している感はあるけれど」
「趣味でこんなに集めたんですか……」
集落にあった書庫の本も長老が集めたものではあったが、それは膨大な時間のあるエルフだからあの量が集まったのであって、普通はこれだけの数を個人で所有している人はいないだろう。
「まあね。さっきの反応を見るにルーコちゃんも本が好きなんでしょ?」
「……はい。集落には他の娯楽がなくて、一度読んだ本を何回も読み直したりしてました」
だからどんな分野の本も読んだし、物語の先を想像して妄想に耽ったりもした。
おかげでたまにぼーっとしてお姉ちゃんに叱られたりもしたけど。
「そう……ならここの本を思う存分読むといいわ。少しジャンル……もとい、分野が偏ってるかもしれないけど」
「いいんですかっ?ありがとうございます!」
ノルンの許可をもらった瞬間に私はお礼を言って一番近くにあった本棚まで駆け寄り、目についた本を一冊手に取って目を通した。
外の世界の本だから読めるか分からなかったけど、これならなんとか……あ。
読み進めているとさっそく見慣れない言葉が目に飛び込んでくる。
これは……なんて読むんだろう、あ……?う……?うーん……やっぱり全然読めない……。
読むための取っ掛かりすらつかめず、四苦八苦している私に気付いたノルンが近付いてきて分からない箇所を教えてくれた。
「それはダメージって読むの」
「だめーじ?」
聞いた事のない発音と単語に首を傾げると、ノルンは軽く肩を竦めながら言葉を続ける。
「……これは本を読む前にこっちの言葉の勉強をした方がよさそうね……いいわ。空いた時間に私が教えてあげる」
「え、いいんですか?ご迷惑じゃ……」
願ってもない提案だが、私のためにわざわざ時間を割いてもらうのは悪い気がして遠慮気味に聞き返すとノルンは首を振って微笑む。
「……読みたいのに読めないのはつらいもの。同じ読書仲間としてほっとけないわ」
「っ……ありがとうございます、ノルンさん」
私にとってはあの人以来となる読書仲間のノルンから外の世界の言葉を教えてもらう事になり、この日は書庫に籠って勉強や読んだ本の話に華を咲かせつつ、一日を過ごし終えた。
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