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第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第59話 街への帰路と考え方の違い

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 ウェイゴブリンの討伐依頼から野党紛いの襲撃、そしてダイアントボアという巨大な魔物との死闘という激動の一日を終えて町に帰る道中、私達はアライアから事の顛末を聞かされていた。

「━━という訳で、今回の事を仕組んだ黒幕であるギーアは心をバッキバキに折られて無事に捕まり、私は二人のところに駆けつける事ができたんだよ」

 一通り聞き終えた後に抱いたのは、まさかあの時のやり取りだけでここまでしてくるなんてという呆れと僅かな恐怖だった。

 登録した直後の新人に一級魔法使いの自分がぶっ飛ばされて怒り心頭だったのは分かるが、だからといってあそこまで悪辣な事を仕掛けてくるその感性が恐ろしい。

……これは私がエルフだから理解できないのかな。

 ほとんど変わりはないと思っていたけど、やっぱり人間とエルフには考え方に差がある。

 その寿命ゆえに感情の薄いエルフと良くも悪くも感情豊かな人間、そこに差があるのは当然で、理解できない部分だって出てくる筈だ。

 みんながみんながこんなに悪辣だとは思いたくないが、まだまだ人間の事を知らない私ではその判断が出来なかった。

「……あの偉そうな勘違い野郎……毎回絡んでくるし、評判がやたらと悪いとは思ってたけど、まさかそこまで腐ってたとは思わなかった」
「……まあ、落ち着きなって。言葉遣いが怖いよ?ね、ルーコちゃん」

 口調を荒げて憤るサーニャを宥めたアライアはそのまま私の頭に手を置き、優しく撫でてくれる。

「アライアさん……?」
「……人間がみんなああってわけじゃないからさ。そりゃ悪い人もいるけど、良い人だっていっぱいいる……だから怖がらないで大丈夫」

 突然撫でられた事に困惑する私に対して優しく笑いかけるアライア。どうやら私が今回の件で恐怖を感じていた事を見抜かれたらしい。

「そうだよ!あそこまで酷いのは人間の中にだってそうはいないもん」
「もんって……興奮してるせいなのか分からないけど、サーニャったら言葉遣いが乱れ過ぎだよ」

 ぐいっと近づいてきて力強く言うサーニャへアライアが呆れまじりに肩を竦めた。


 ギーアに関する話題が終わり、少しの沈黙が流れる中、私は気になっていたある事をアライアに尋ねる事にする。

「そういえばアライアさんが駆けつけてきた時に空を飛んでたあれも魔法なんですか?」

 見た当初からずっと気になっていたが、聞く機会を逸してしまい、ここまで聞けずじまいだった。

あれはたぶん箒だったと思うんだけど、何かを推進力にしていたようには見えなかった……。

 私も風を推進力にして短い時間なら空を駆ける事ができるものの、ああも自由気に飛ぶことはできないし、私の読んだ本の中にもその手の魔法の記述はなかったように思う。

「んー?あ、そっか、ルーコちゃんは見た事ないんだっけ。あれは確かに魔法ではあるけど、私が使ってるわけじゃないんだよ」
「魔法だけど使ってない……?」

 言い回しの意味が理解できず、どういうことだろうと首を傾げてると、隣のサーニャが得意げな顔をして補足してくれる。

「アライアさんの乗っていた箒は魔道具と言って、魔力を通しやすい特別な素材に魔法の刻印を刻んだものなんだよ」
「魔法の刻印?」

 また聞いた事のない言葉が出てきたことで一瞬、疑問が浮かぶも、それぞれの単語を分けて考えてみればなんとなく意味が見えてこなくもない。

「そ、刻印が刻まれた道具に魔力を込めれば誰でもその魔法を使えるの。当然、そこまで複雑な魔法は組み込めないんだけど、自分で構築しないで良い分、魔力消費が抑えられるから便利なんだよ」
「……つまりアライアさんの使ってた箒には空を飛ぶ魔法が組み込まれていたって事ですか?」

 複雑なものは組み込めないというのなら本にも載っていなかった飛行の魔法が単純だという結論になる。

 私の使う『風を生む掌ウェンバフム』でさえ推進力を得るために複雑な工程を踏んでいるのだから正直、空を飛ぶ魔法がそこまで単純な構造だとは思えない。

「その通り。というか箒に飛行魔法は結構一般的な組み合わせだね。少し値は張るけどその手のお店に行けば手に入るよ」
「そんな手軽に……」

 そこまで普及しているという事はやはり飛行の魔法を組み込む事はそこまで難しい事ではないのだろうかと考えていると、それに気付いたサーニャが「どうしたの?」と尋ねてくる。

「……今まで読んできた本の中には空を飛ぶ魔法の記載なんてありませんでした。それが集落の外に出たら当たり前のようにあって……改めて外との差に驚いたというか」
「うーん、まあ、魔道具や飛行の魔法が普及し始めたのはここ百年くらいだから外の世界と接触を断っていたエルフの集落には伝わってなかったのかもね」

 そう言うとアライアは少し考えるような仕草を見せた後、何かを思いついたようにはっと顔を上げた。

「そうだ。折角だからルーコちゃん用に箒を買おうか。少し練習が必要だけどあれば便利だし、これからの事を考えればあったほうがいいと思うよ」
「え、でも……」
「私もあった方がいいと思う。依頼を複数こなす上での移動手段としては最適だからね」

 少し値が張ると聞いて遠慮しようとした私の心情を察したのか、二人に押し切られるような形で話を進められて、明日にでも箒を買いに行く事になってしまった。

……こうなったらしょうがないか。お金は依頼で稼いで返そう。サーニャさん曰く複数の依頼はをこなす上で便利らしいし。

 今、ここで異を唱えたところで意味はないと悟り、開き直る事にしてその先を見据える。

「……そういえば依頼は達成したんですけど、町に戻ったらすぐに報告しに行った方がいいですか?」

 ふと、そんな事を思い、アライアに尋ねると、うーんという唸りの後に答えが返ってきた。

「……今日はやめておいた方がいいかもね。ギーアの一件でギルドも後処理に追われてるだろうから」

 腐っても一級魔法使い、それも大量の不正が発覚しての称号剥奪と追放だ。その後処理となるとアライアの言う通り大変なのだろう。

「……そうですね。じゃあ、今日はやめて明日にします」
「うん、賛成~私もルーコちゃんも疲れてるし、今日は大人しく宿で休もー」

 疲れた顔して同意するサーニャの言葉もあり、今日のところは町に戻ったらそのまま宿屋で休む事に。

 依頼のウェイゴブリンだけならともかく、そこからの展開で流石に疲れが溜まっていたのでサーニャの同意は素直にありがたい。

 この日、町に戻った私とサーニャは後処理を手伝ってくるといって出て行ったアライアと別れて宿に戻り、晩御飯を食べ損ねるほどぐっすり眠ったまま次の日の朝を迎えてしまうのだった。
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