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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第58話 咲き爆ぜる花と事件の収束
しおりを挟むかわすことは叶わないと死を覚悟したその瞬間、横合いから飛んできた光弾が魔物の頭を捉えてのけぞらせた。
「っ……『風を生む掌』!」
のけぞってできたわずかな隙に魔法を使ってどうにか脱出した私は、そのまま連続で『風を生む掌』を発動させ、魔物から距離を取る。
「━━大丈夫?ルーコちゃん」
「……はい、ありがとうございます。サーニャさん」
寸前のところで私を救った光弾の正体、それはサーニャの放った光の魔法だった。
「ぅ……私も戦うよ。二人ならなんとかなるかもしれないし……」
やはりまだ本調子ではないらしく、ふらつきながら青い顔をしているサーニャ。
けれど、その目には覚悟が満ちており、杖を向けながらまっすぐ魔物を見据えている。
「……なら私が魔物を引きつけますからサーニャさんは威力の高い魔法で狙ってください」
さっきの蹴りが通じない以上はどうしても魔法による攻撃が必要だ。
しかし、強化魔法との併用ができない私が一人であの魔物を相手にそれをするのは不可能に近い。
もちろん、それはサーニャ一人でも同じ事で近接が苦手らしい彼女だけではあの耐久力を盾にされ、仕留めきる前にやられてしまうだろう。
だからこそぎりぎりあの速度に対応できる私が引きつけ、サーニャが魔法で攻撃するというこの役割分担が最適といえる。
「…………うん、分かった。無茶はしないでね」
納得していない表情を浮かべながらも、この分担が最適解だと分かっているのか、サーニャはそう言って杖を構え、止めることなく私を送り出してくれた。
「クルルルルッ!」
私を仕留め損ねた事でさらに怒り、鳴き声を上げた魔物はその場で暴れ狂い、地面を激しく揺らしている。
「はぁぁぁっ!!」
そんな魔物に向かって私は再び強化魔法を全開にして踏み出し、一気に距離を詰めて打撃を叩き込んだ。
「クルル……ッ」
当然ながら私の打撃は微塵も効いていない。が、そんな事は分かっていると言わんばかりに追加で打撃を叩き込み、反撃が来る前に素早く魔物から距離を取る。
「ほら、私はこっちだよ━━」
「クルァッ!!」
効かないとは言っても魔物にとって鬱陶しい事に変わりはなく、怒りを滲ませた鳴き声と共に私の後を物凄い速度で追いかけてきた。
……よし、追いかけてきた。後はサーニャさんの方を避けつつ、離れ過ぎないように逃げ回る。
『風を生む掌』を使いながらつかず離れずの距離を保ち、時々打撃を繰り出して敵意を向け続けさせる。
「━━煌めき走る光、軌跡は分かたれ、幾千に咲き誇る……」
その間に詠唱を紡ぎ、魔力を込めて杖を構えるサーニャ。そして私の魔力が底を尽き始めた頃合いにようやく魔法が完成する。
「━━ルーコちゃんっこっちに跳んで!!」
「っ!」
叫びを耳にして反射的に跳躍したその瞬間、サーニャは可視化できるほど高密度の魔力が込もった杖を魔物の向けて完成した魔法を撃ち放った。
『咲き貫く閃花』
全てを塗り潰したのかと錯覚するほどの光量が魔物へと一直線に放たれ、直撃すると同時に炸裂。
鱗の堅牢さなんて関係ないと放射状に広がってその身体と周囲を無差別に射貫いた。
「――――――ッ!?」
光によって全身を貫かれた魔物は声を上げる事も許されないまま絶命し、辺りに生き物が焼け焦げる臭いが立ち込める。
「……一体どんな威力をしてるんですか」
確かに威力の高い魔法を要求したが、まさかこれほどのものがくるとは思ってもいなかった。
あの魔物を一撃で倒そうと思えばこのくらいに威力が必要だろうけど、サーニャさんがそれを使えるなんて……。
さっきの男達との戦いでサーニャの技量の高さを知ったつもりでいたが、どうやらまだまだ認識不足だったらしい。
「……って、そうだ!あの最後の一人は!?」
さっきの魔法の範囲と威力を考えると巻き込まれた可能性は十分にある。その場合、確実にあの男の命はないだろう。
「━━あの男ならここだよ」
慌てる私へ半ば呆れ混じりのため息を吐いたサーニャの言葉で振り返ると、そこには男が気絶して白目をむき、倒れていた。
「いつの間に……」
「詠唱を始める前にね。私としてはどっちでもよかったんだけど、せっかくルーコちゃんが助けたのを無駄にするのもあれかなって」
男を見下ろしながら肩を竦めたサーニャが杖をくるりと回して玩ぶ。
良かった……魔物の速度に動揺して完全に男の事を忘れていたから、サーニャさんが運んでくれれて助かった……。
助けようとしたのに自分の事で精一杯になって忘れる辺りやっぱり私もエルフなんだなぁと思ってしまう。
「まあ、今は気絶してるけど、流石にこのままにはしておけないかな」
玩んでいた杖を男に向けて動きを封じる魔法を放ち縛り上げたサーニャは倒した魔物の死体の方を見やった。
「……さて、問題はあれをどうするかだねー」
「一応、似たような魔物を解体した事はありますけど、今からやるとなると流石に日が暮れますよ……」
魔法で穴だらけになっていくらか質量が減ったとはいえ、この巨体を二人で解体するのは骨が折れる。
できるならこのままにしてまた後日といきたいところだが、この巨体を放置して出る環境への悪影響を考えると早めに処理しておきたい。
「うーん……一番現実的なのは一旦、町に戻ってギルドに報告、それから明日にでも人員を用意してもらって解体するってところかな……」
「……そうですね。この人も運ばなきゃですし、それがいいかもしれません」
悩んだ末にサーニャが出した結論に同意をしつつ、最後に生き残った男をどう運ぼうかと考えていたところで不意に遠くから何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
「━━━━おーい、二人とも大丈夫ー?」
「「アライアさん!」」
近づいてきた音の正体、それは後ろに何台かの馬車を引き連れ、箒に乗って飛んできたアライアだった。
飛んできたアライアは魔物の死体と拘束されている男を見てすぐに引き連れてきた人員に声をかけて指示を出し、連行と解体の作業に取り掛からせる。
「やー遅れてごめんね。今回の件で色々調べて準備してたら遅くなっちゃった」
「今回の件って……アライアさんこの襲撃のこと知ってたんですか!?」
指示を出し終え、簡単に事情を説明してきたアライアにサーニャが驚き声を上げて詰め寄った。
「んーいや、ルーコちゃんが狙われるかもしれないと思って調べたんだよ。そしたら案の定、襲撃を企てている輩がいてね、そいつを締め上げて吐かせたんだ」
「……それで今朝、急に別行動を取ったんですね」
アライアがその輩に吐かせた事実を要約すると、そいつは襲撃するようこの男達に依頼し、万が一失敗しても証拠が残らないよう凶暴な魔物を封じ込めた玉を渡して私達もろとも葬ろうとしたらしい。
ところが、証拠云々以前にほぼ勘に近いアライアの行動で特定され、結局目的である肝心の私達は葬れず、おまけに生き残りがいた事で証拠の隠滅も失敗し、そいつは言い逃れも叶わない状況に追い込まれたとの事だった。
「サーニャも付いてるし、冒険者崩れの野盗くらいなら問題ないと思ったんだけど、玉に封じられてた魔物が一級の冒険者でも手を焼くダイアントボアっていうから心配になって飛んできちゃった」
「だいあんとぼあ……?」
「……私達が倒したあの魔物の名前だよ。別名魔法使い殺しとも呼ばれてる」
あの硬い鱗で物理攻撃を通さず、その速度で魔法が完成する前に殺されてしまう事からついた異名のようで、遭遇した幾人もの冒険者がこの魔物の餌食になってきたようだ。
「……でも良かったよ。二人が無事で」
「……結構ぎりぎりでしたけどね」
正直、サーニャの助けがなければ森で似たような魔物と戦った事があるからと慢心して速度を見誤ったあの瞬間に一飲みにされ、私は死んでいただろう。
仮に生き残れたとしても、私一人では突破口を開けず、じりじりと追い詰められるのが関の山だった筈だ。
「何はともあれ、これで一件落着だ。あとはあの人達に任せて私達は帰ろっか」
命の危険と隣り合わせだった緊張感から解放された反動なのか、一気に疲れが押し寄せてきた事もあり、言われるがままアライアが連れてきた人たちに後処理を任せ、私達は町への帰路につくのだった。
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