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第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第50話 一等級の価値と制裁の一撃

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 確かに今のやり取りを傍からみればギーアの言うように見えなくもない。実際に私の年齢で戦えるのは稀らしいし、受付の女性の反応は妥当と言える。

 けれど、申請さえすれば誰にでもなれる三等級魔法使いの登録に〝魔女〟の威厳を使ったといってアライアを責めるのは流石に無理筋だ。

 よくみれば騒動に気付いた周りの人がギーアに対して迷惑げな視線を送っているのが見える。

「……三等級魔法使いは申請さえすれば登録できるんですからそこまで言われる筋合いはないと思うんですけど」
「フン、規定上は問題なくとも、お前のような小娘が三等級とはいえ、魔法使いを名乗ろうなんて百年早いわ」

 真っ直ぐ抗議の視線をぶつけるも、当のギーアはつまらなそうに鼻を鳴らし、さっきまでと打って変わった口調でこちらを馬鹿にしたように吐き捨てた。

この人、やたらと偉そうだけど、確か一等級魔法使いってアライアさんは言ってたよね……。

 周りの反応を見るにこのギーアという魔法使いは普段からこういう態度なのだろう。

「っ……何ですかその言い草は!それに突然絡んできて迷惑なんですけど!」

 その物言いに憤り、声を荒げたサーニャが詰め寄るとギーアはますます笑みを深めて大げさな身振りを見せて一歩下がる。

「おお、なんて野蛮で知性の欠片もない物言いだ。これは師の教育不足が疑われますね。〝創造の魔女〟殿?」

 この男、おそらく自分より上の称号を持つアライアに何か思うところ……いや、嫉妬しているのだろう。

 だからこそアライアには敬語を使い、私達には不遜な態度で接してわざと怒らせ、粗を突こうと絡んできているのだ。

……こんな人が一級魔法使いなの?

 いくつもの依頼をこなし、試験管との厳しい模擬戦を経てようやくなれる一等級という称号を持つのが、目の前にいるこんな男という事実に落胆してしまいそうになる。

 依頼も試験も人格を考慮するわけではないのはなんとなく理解できるが、それでも最低限その称号に見合った器を持つべきだと私は思う。

「……聞き捨てならないね。野蛮で知性の欠片もない?それは貴方の方だと思うけどね」
「……何だと?」

 アライアの一言で固まり、そこまで浮かべていた笑みを止めたギーアが低い声で聞き返した。

「こんな公衆の面前で未来ある彼女達に暴言を吐き、周りの迷惑そうな視線にも気付かずに喋り続ける貴方のどこに知性があるというのかな?」
「なっ……!」

 信じられないといった顔で口をぱくぱくさせたまま二の句が継げないでいるギーアへアライアは追い打ちをかけるように言葉を続ける。

「それにギーア一級魔法使い。貴方が小娘と馬鹿にしたこの子……ルーコちゃんは近いうちに必ず〝魔女〟へと上り詰める。それこそ魔法使いとして貴方が足元にも及ばない高みに、ね」

 追い打ちの言葉が余程効いたのか、顔を真っ赤にしてぷるぷる震え、ぎょろりと据わった目で私の方を睨みつけてくるギーア。

 たぶん、挑発のためなんだろうけど、アライアさんにそこまで言われてしまうと、実力の足りない身としては何とも言えない気持ちになる。

「……言うに事を欠いて〝魔女〟だと?しかも一級魔法使いたる私がこの小娘に劣る?……ふざけるなっ!」

 激情を露わにして叫び散らし、着込んでいた服の内側から枯れ木のような杖を取り出して掲げるようにそれを振り上げた。

「ならそれを証明してもらおうじゃないか!〝穿て、火の粉よ━━〟」
「なっ……こんなところで魔法を使うつもり……!?」

 声高に詠唱を始めたギーアにサーニャが驚き戸惑った声を上げる。

 建物内、それもこれだけ人が密集している中で魔法なんて使えばどんな被害が出るか分からない。

 にもかかわらず、怒りに任せて魔法を打ち放とうとしているギーアはとてもではないが正気とはいえなかった。

「……まさかこんな暴挙に出るなんてね。仕方ない━━」

 呆れたため息を吐き、魔法を放とうとしているギーアを止めようとアライアが動き出したその瞬間、それよりも早く私は強化魔法を発動させ、駆け出した。

「━━うぇ?」

 あっという間に距離を詰め、目の前まで躍り出た私を間抜けな表情で迎えるギーア。まさか私がこんな速度で詰め寄ってくるなんて思いもしなかったのだろう。

「はぁっ!」

 一歩踏み込んで腰を落とし、腕を引いて溜めた私は高々と杖を振り上げて隙だらけだったギーアの顎目掛けて思いっきり掌底を打ち放った。

「おぶっ!?」

 打ち放った掌底は過たず目標を捉え、汚い悲鳴と共にギーアが机や椅子を巻き込みながら派手に吹き飛んだ。

 さっきまでの喧騒が嘘のようにしんと静まりかえる室内。話からして揉め事は珍しくない筈なのに、この瞬間は全員の視線がここに集まってきている気がした。

「…………えっと、流石にここで魔法は危ないかなと思って止めたんですけど……まずかったですか?」

 視線と空気に耐え切れず、窺うようにアライア達の方を向いて尋ねると、何が可笑しかったのか、二人は顔を見合わせてぷっと吹き出す。

「え、えーと……」
「ふ、ふふっ……いや、ごめんね。私も止めようとしてたんだけど、まさかそれよりも早く動くとは思わなくて」
「それも何のためらいもなく思いっきりぶっ飛ばすなんて、ルーコちゃんやるね」

 反応に戸惑い、あたふたしている私に二人は笑いながら声かけてくれるも、静まりかえっている最中なので余計に目立ってしまっている。

「━━いったい何の騒ぎですか」

 書類を持って奥に引っ込んでいた受付の女性が戻ってきたところで異常に気付き、仰向けで失神しているギーアに視線を向け、大きくため息を吐いた。

「はぁ……なるほど、そういうことですか」

 少し見ただけで事情を察したらしい彼女が疲れた表情を浮かべ、アライアの方に視線を向ける。

「あー……ごめんね?いつもだったら適当にあしらうんだけど、今回は向こうが魔法を使おうとしてきて……」
「…………はぁ……まさかそこまでだとは……分かりました。彼にはギルドの方から厳重に注意しておきます」

 呆れ返り、二度目の重々しい溜め息を吐いた受付の女性は奥の職員に声を掛け、破損した机や椅子の撤去と気絶したギーアを運ぶように促した。

「……でもアライアさん。貴女ならわざわざ吹き飛ばさなくても止める事ができたんじゃないですか?」

 てきぱきと指示を出し終えた彼女は少し批難するような口調でアライアを詰めるように問う。

「んー……それはそうなんだけど、私がやる前にこの子がぶっ飛ばしちゃったからね」
「……え、この子がですか?」

 肩を竦めてそう言うアライアに受付の女性は目を見開き、信じられないと言った様子で私をじっと見つめてくる。

……何だろう、物凄く気まずい。

 吹き飛ばした事でのお咎めはないかもしれないが、もしかしたら余計な被害を出したと怒られるかもしれない。

 そう思って身構えていると、彼女はふっと息を吐き、腰に手を当てて困ったような笑みを浮かべた。

「……なら仕方ないですね。でもまさか腐っても一級魔法使いの彼をまだ登録前の少女が吹っ飛ばすなんて夢にも思いませんでしたよ」
「え?」

 怒られると身構えていただけに彼女の言葉を聞いて思わず困惑の声が漏れる。

「だから言ったでしょ?実力は保証するって」
「そうですね。正直、いくらアライアさんの紹介でも少し懐疑的でしたけど、これなら疑いようもありません」

 困惑する私を他所に二人。そんな私の表情に気付いたサーニャがその理由を教えてくれる。

「ルーコちゃんは向こうが危ない事を仕掛けてきたから止めただけ。だから悪いのはあっちだし、備品に関してもアレに弁償させるだろうから気にしなくても大丈夫だよ」
「でもさっき……」

 サーニャはそういうけれど、実際、受付の女性はアライアに詰め寄っていた。本気で非難している訳でもないだろうが、それでも少しはその気持ちがあったように思う。

「あれは半分冗談だよ。あの人とアライアさんの仲だから言い合える軽口みたいなもんだよ」
「……そうだったんですか」

 確かにそれなら私に責任を言及しないのも頷ける。

 あれは仲の良い相手だからこその言葉だったのだろう。
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