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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第47話 治癒魔法の優劣と兄妹の距離感
しおりを挟む正直、私としてはあのままもう少し話を続けたかったものの、怪我を治す方が先だと言われてしまえば何も言い返せない。
そのため私はアライアさんに抱えられたまま強制的に家の中へと連行された。
「……別にこのくらいの怪我ならすぐに中の治療しなくても大丈夫だったんですけど━━痛っ!?」
「ほら動いちゃ駄目だよ。治癒魔法をかける前に怪我した部分を消毒しないとなんだから」
椅子の上に降ろされた私に対してそのまま先に入って準備していたサーニャが布に液体を染み込ませて血が滲んでいる箇所に当ててくる。
怪我をした箇所に布を当てているのだから痛いのは当然なのだが、それに加えて染み込ませてある液体がさらに傷口を刺激してきた。
「うぅ……何ですかこの液体……ものすごく滲みるんですけど……」
「何って消毒液だけど、エルフの集落にはなかったの?」
不思議そうに尋ねてくるサーニャへ私は顔をしかめながら言葉を返す。
そもそもの話、あるなし以前にここまでつんと鼻にくるほどの刺激臭を放つ液体が存在すること自体を初めて知った。
「外傷に効く薬草ならありましたけど、ここまで滲みなかったですし、そもそも集落で治療が必要な怪我をする事自体が稀ですから……っ!」
普段の狩りも数人がかりで決まった相手を遠くから攻撃する関係上、怪我をしてその薬草を使う場面も滅多にない。
一応、姉との特訓があったので私は他のエルフよりも怪我をする事が多かったが、その度に治癒魔法で治してもらっていたため、結局薬草を使うことはあまりなかった。
「まあ、この消毒液も元を辿れば異世界から持ち込まれた技術だからね。閉鎖された集落には伝わらなかったんじゃないかな」
「そうなんですか?私、知りませんでした」
「ちょ、サーニャさん待っ……っ!?」
アライアの言葉に反応しながら消毒を続けるサーニャに傷口が滲みるを抗議するも聞き入れてはくれず、私は涙目になりながらその痛みに耐える。
「……高度な治癒魔法の使い手なら消毒なんて必要ないんだけど、私の腕だと治した後で化膿するかもしれないから……ごめんね」
「うぅ……いえ、大丈夫で……痛いっ!」
普通に怪我をする分の痛みには耐えられるけど、この滲みる痛みはどうにも我慢できそうにない。
こらえようと踏ん張っても布を当てられた瞬間、どうしたって反射的に声が漏れ出てしまう。
「……このくらいの痛みで声を上げるなんてまだまだだな」
私と同じく治療を受けるため隣に待機しながらも、ここまで会話に参加してこなかったトーラスがふっと余裕そうな笑みを浮かべて喋りかけてきた。
「はいはい、バカ兄も消毒するからじっとしてて」
「っ……!!」
そんなトーラスの言葉を聞き流し、怪我をした箇所に何のためらいもなく布を押し当てるサーニャ。
そして消毒液をたっぷりと含んだ布が傷口に触れた瞬間、トーラスは声にならない叫びを上げる。
「……トーラスさんも痛がってるじゃないですか」
「こ、これは別に痛がってるわけじゃない。ただちょっと滲みただけだ」
「……それは痛がってるうちに入るんじゃないかな」
じとっとした目を向ける私と言い訳じみた言葉を吐くトーラスのやり取りを見ていたアライアが呆れ気味に呟いた。
「このバカは瘦せ我慢してるんですよ。ここで痛いと言いようものならルーコちゃんに舐められるかもだとか、アライアさんにかっこ悪いところを見せたくないとか、そういうちっさな事を気にしてね」
消毒を終えたサーニャがてきぱきと道具を片付けながら冷め切った視線をトーラスに向ける。
……トーラスさんとサーニャさん、てっきり私の事で揉めてるからああいう言い合いをしてるのかと思ってたけど、もしかして元から仲良くないのかな。
トーラスに認められた今、私の事で揉める理由はないため、必然的にそう思えてしまう。
「昨日からバカバカと、僕はお前の兄だぞ?もう少し言葉にだな……」
「何度も言うけど、バカだからバカって言ってるの。だいたいバカ兄はいつもそう、変なところで格好つけて失敗してばっかり。そのくせ変な自尊心は人一倍だからそれを辞めようともしないし、それから……」
そこから止まることなくつらつらとトーラスへの文句を垂れ流すサーニャに私はどこか姉に突っかかっていた自分が見えた気がした。
たぶん、サーニャさんも心の底からトーラスさんを嫌っているわけじゃない。私と同じで兄妹だからこその距離感で悪態をついてるだけなんだ。
二人のやり取りからそれ察すると同時に自然と笑みがこぼれる。
「……本当にあの子達は仲がいいよね」
「……ですね」
アライアの言葉に同意を示しつつも、私はサーニャ達の喧騒を他所に消毒した箇所に治癒魔法をかけてもらい、そのまま治療を続けてもらった。
ほどなくして私の治療も終わり、アライアがトーラスの治療に取り掛かったところでサーニャの文句も強制的に打ち切られる。
サーニャとしてはまだ言い足りない様子だったが、アライアの邪魔はしたくないようで、不満げながらもおとなしく引き下がった。
「……そういえばルーコちゃん、模擬戦が止められる直前に何か詠唱しようとしてたけど、あれは何だったの?」
言い足りないもやもやを忘れようとしたのか、サーニャが私にそんな話題を振ってくる。
「え、その、何だったのと言われても……」
別に隠す必要があるわけでもないが、なんとなく自身の切り札である魔術の事を話すのは気が引けてしまう。
「だいぶ長い詠唱だったけど、もしかしてもしかすると、あれって魔術だったりする?」
「えーと……」
「━━それは私も気になるところだね」
さっきまでの不満げな顔が嘘のように目をらんらんと輝かせ、詰め寄ってくるサーニャにどうしようかと困っているとトーラスの治療を終えたらしいアライアも話に参加してきた。
「模擬戦だからって止めたけど、ルーコちゃんの詠唱が完成してたらどうなっていたのか知りたいから差し支えなければ教えてくれないかな?」
そう重ねて尋ねてくるアライアの後ろで治療を終えたトーラスも聞き耳を立てているところを見るに、どうやら三人共が私の使おうとした魔術に興味があるらしい。
……まあ、これからぱーてぃとして一緒に戦うこともあるだろうし、知ってもらった方がいっか。
三人からの興味の圧に半ば押し切られる形になってしまったが、それでも知ってもらうこと自体は悪い事ではないと思い直し、あの時使おうとした魔術の詳細を省略しつつ、説明した。
「へぇ、自身の魔力を集めて一気に消費する魔術か……その発想はなかったな」
魔術の詳細を聞いてアライアが感心したように呟く。
感心してくれたのは嬉しいけど、そもそも魔力の量に余裕があればこの魔術は必要がないものだ。
だからこそおそらく魔力量の多いであろうアライアにはその発想が斬新に見えたのかもしれない。
「まさか魔力が少ないのを魔術で補うなんて……」
「……というよりその年で魔術が使えたのか」
他の二人もアライアと同様にどこか驚き、感心した様子で声を漏らしていた。
「……もし、その魔術が発動してたらルーコちゃんが逆転してたんじゃない?」
「…………さあ、どうだろうな」
サーニャに問われたトーラスは珍しく否定せず、ぼかすように答える。
ここまで見てきたトーラスの性格ならその魔術を使われようと負けないくらい言いそうなのにどういう風の吹きまわしなのだろうか。
それは他の二人も同様だったようで、トーラスに全員の視線が向けられる。
「…………サーニャには散々に言われたが、僕だって自分の実力はきちんと把握してるつもりだ。負けるつもりはなくとも魔術の効果が本当にその通りなら流石に勝てるとは言い切れないさ」
三人の視線に晒されて居心地悪そうにしながら発言の理由を口にしたトーラスは立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「あれ、トーラスどこにいくの?」
「……自分の部屋に戻ります。色々と考えたい事もあるので」
尋ねられたトーラスはそう言って返すと、そのまま扉を開けて出ていってしまった。
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