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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第43話 寝起きと羞恥心と突然の模擬戦
しおりを挟むパーティに加入が決まった次の日、私は何故かアライアと模擬戦をした場所で木刀を持ったトーラスと対峙していた。
「━━さて、覚悟は出来てるだろうなちんちくりん」
額に青筋を浮かべて木刀を構えるトーラスを前に私は無駄だと思いつつも、どうにか穏便に済ませられないか淡い希望を抱きつつ、口を開く。
「……今朝の事は私が悪かったです。謝りますから剣を収めてくれませんか?」
「断る。今朝のあれに関しては謝られたところで僕の気は収まらない。それに昨日も言ったが、僕はお前を認めていない。ここでお前がこのパーティに相応しくない事を証明してやる」
やはりというべきか、トーラスは聞く耳を持たないようでやる気満々といった様子で今にも突撃してきそうな勢いだ。
……どうしてもこうなってしまったんだろう。
構えるトーラスから少し視線を外し、遠い目をしながら今朝の出来事を振り返ってみる━━
朝、早朝と呼ぶには遅く、日中と呼ぶにはまだ少し早い時間帯。
集落で過ごしていた頃からの習慣というか、その時の感覚のまま布団に潜っていた私は一瞬、起きかけたものの、寝惚けた頭でそのまま二度寝を決め込もうとしていた。
━━なんで僕があいつを起こしにいかないといけないんだ!
━━なんでって手が空いてるのがバカ兄しかいないからでしょ。つべこべ言ってないで早く行ってきて!
部屋の外から何やら言い争うような声が聞こえてくる気がするが、それを意識から除いて微睡みに身を任せようとする。
「━━入るぞ。いつまでも寝てないでさっさと起きろ」
そうしていると、確認もなしに誰かが扉を開けてずかずかと部屋に入ってきた。
……人がせっかく気持ち良く寝てるのにうるさいなぁ。
呼び掛けてくる声に無視を決め込もうとして布団を深く被り直す。
この時の私は寝惚けている故にここが集落ではないこと、そして呼び掛けてきたのがトーラスである事に気付けなかった。
「っ……起きろと言っているだろう。おいっ無視をするな!」
呼び掛けても反応のない私に業を煮やしたのか、段々と声を荒げ始めるトーラス。元々、気に入らない相手をわざわざ起こしに行かされ、無視を決め込まれたのだからその反応は当然か。
「………………」
「……そうか、あくまで無視するつもりだな。なら━━」
一向に起きる気配を見せない私に対してトーラスは言葉での呼び掛けをやめ、強制的に掛け布団を剥ぎ取ってきた。
「っ……んぅ……」
布団を剥ぎ取られた私は窓から差し込む陽と流れ込んできた微かな冷気に顔をしかめ、身動ぎをする。
「ほら、さっさと起きろ。このちんちくり━━っ!?」
少し怒気を孕んだ声で再び呼び掛けようとしたトーラスの言葉が何かに驚いたように途中で止まる。
「んぁ……うん……」
「おま、お前……な、な……」
寝惚け半分で上体を起こし、落ちる瞼を擦っていると、何故か口をぱくぱくさせたトーラスが視界に入った。
「……うぅ……うるさいです……まだねてるんだからしずかにしてくださいよぉ」
まだ頭が起きていないせいか、相手がトーラスだと気付いてなお、配慮も忘れて抗議の視線と言葉をぶつける。
しかし、当のトーラスは私の言葉など耳に入っていないらしく、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「━━ちょっとバカ兄、起こすのにいつまで時間を掛けてるの……」
中々戻ってこないトーラスを呼びに来たのだろう、後ろから部屋に入りかけたサーニャが私の方を見て言葉を止める。
「な、さ、サーニャっ!?これは━━」
「……なにルーコちゃんのあられもない姿をまじまじとみてるのよこの変態っ!!」
立ち尽くすトーラスと起き上がった私を目にして状況を理解したらしいサーニャが声を上げて怒り、トーラスに詰め寄ってそのまま思いっきり頬を引っ叩いた。
後から聞いた話だが、どうやらこの時、私は寝起きだった事もあり、相当に着衣が乱れていたようで、ほぼ半裸の状態だった。
正直、私の感覚的には半裸を見られたからといってどうという事はないが、世間一般的にはまずい事らしい。
「……それで、ルーコちゃんの半裸をまじまじと見てたからトーラスを引っ叩いたと」
部屋での一悶着の後、私が着替えている間にトーラスとサーニャの言い争いをアライアが間に入って取り成したらしく、三人で話し合いが行われていた。
「ち、違いますアライアさん!僕は……」
「はい、この変態の手からルーコちゃんを守るためにやりました」
弁明を募ろうとするトーラスの言葉を微塵の容赦なく遮り、サーニャが自らの正当性をアライアに訴える。
「……はぁ、そうだね。確かにルーコちゃんが半裸状態だったのに気付いた時点で目線を逸らさなかったトーラスが悪いよ。でも、トーラスに起こしに行かせたサーニャにも責任があると思う」
「うっ……それは……」
痛いところを突かれたという顔をして言葉に詰まるサーニャ。確かにアライアの言うようにトーラスに頼まなければ今回の揉め事事態が起こらなかっただろう。
「……元はと言えばあのちんちくりんが中々起きてこないのが悪いんですよ」
アライアからの説教が続く中、トーラスがぼそりと不満げな顔でそう呟く。
「……何を言い出すかと思えば、自分のやった事を棚に上げてよくそんな事が言えるよね」
「っ……だってそうだろ。あいつが最初から起きていれば呼びにいくいかないの問題もなかったんだ。そもそもあいつはわざわざ起こしにきた僕に向かってうるさいって言ったんだぞ。それなのにどうして僕が怒られなきゃならない!」
よほど私に対して思うあるようで、トーラスはつらつらと不平不満を並べ立てた。
「だいたい僕はあのちんちくりんの貧相な身体を見たところで何とも思わないし、本当に迷惑だ」
「……その割には顔を真っ赤にして動揺してたけど」
早口で言い募るトーラスにサーニャは胡乱な視線を向ける。
「……ともかく、この件に関しては僕は悪くない。だから謝るつもりもないからな」
「なっ……」
サーニャの視線のせいで余計意固地になったらしく、トーラスは絶対に謝らないという意思を示す。
私個人としては別に謝ってもらう必要もないと思うし、なんならこっちの方が謝るべきかもしれない。
「…………仕方ない。トーラスは昨日からルーコちゃんに突っ掛かってばかりだし、ここは親睦を深めるためにも模擬戦をやろっか」
「「え?」」
「……え?」
状況を静観していたアライアから飛び出した突然の提案に私達三人はその場で思わず困惑の声を上げてしまった。
━━そうだった。そこからやけにトーラスさんが乗り気になって、何故かサーニャさんもそれに負けじと乗り気になって、そのままの流れでこういう状況になってしまったんだった。
頭の中での回想を終え、現実に戻ってきた私は改めて今の状況に向き合い、ため息の一つでも吐きたい気分に陥る。
……流れで決まってしまった模擬戦だけど、やる以上は全力でやるしかない。ここで実力を見せる事が出来ればトーラスさんも私の事を少しは認めてくれるかもしれないから。
「……二人共準備の方はいいかな?」
「はい」
「いつでも大丈夫です」
審判として間に立ったアライアの確認に私とトーラスが頷き、互いに改めて臨戦態勢をとる。
「━━それじゃあ、いくよ?……始め!」
アライアの掛け声と共に模擬戦の幕が切って落とされた。
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