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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第36話 創造の魔女と模擬戦の決着
しおりを挟む私の攻撃はここまで一度もアライアさんに届いていない。かわされ、受け止められ、そして反らされる……それが現状だ。でも、私はまだ全てを出しきった訳じゃない。
確かに強化魔法の近距離も、魔法をつかった遠中距離も、それらを合わせた至近距離からの魔法もアライアには通じなかった。
けれど、私にはまだ見せてない戦法がある。
「……アライアさんはさっきどれくらい戦えるのか分かったって言いましたけど、それを判断するにはまだ早いと思いますよ」
「へぇ……それは楽しみだね」
私の言葉に口の端を上げて笑みを浮かべるアライアから目線を逸らさず、強化魔法を発動させて走り出した。
「しょ、正面から……!?」
無謀とも言える突撃に見守っていたサーニャが悲鳴染みた声を上げるのを耳にしながら速度を上げる。
「ここで……っ━━『風を生む掌』!」
アライアに迫る直前で跳び、強化魔法を解いて両手を斜め下に向け、呪文を唱えると同時に掌の前で小さく圧縮された風が爆ぜる。
正体不明の魔術を操るアライアに対して私の取った行動はただ一つ、正面からの突撃に見せかけた奇襲だった。
「……!」
突然視界から私が消えた事でさしものアライアも驚き、一瞬の隙が生まれる。
「らあぁぁっ!」
『風を生む掌』を連続で発動させてアライアの頭上を取った私はそこからさらに一回転し、その勢いを全て乗せて踵落としを撃ち放った。
「上……!」
アライアが攻撃に気付き振り返るがもう遅い。この距離、この速度の攻撃なら無詠唱魔法や強化魔法での防御はもう間に合わない━━
「なっ……!?」
完璧にアライアを捉えたと思った私の踵落としは突如として現れた壁に阻まれてしまった。
「っまず……!?」
私の踵落としを防いだ壁が隆起して飛び出し、そのまま私への攻撃となって襲い掛かってくる。
これはさっきアライアさんが攻撃に使ったのと同じもの……?一体いつの間に……。
身を捻って飛んできた攻撃をどうにか避け、距離を取りつつ、頭の中では冷静に起きた事態を分析しようと頭を働かせる。
……間違いなく私の攻撃は防げる速度じゃなかった。たとえ相手がお姉ちゃんだったとしても、一瞬の隙を突いたさっきの攻撃は届いてたと思う。
にもかかわらず、アライアは私の一撃を防いで見せた。ということはつまり、アライアの使った魔術がその要因である可能性が高い。
具体的な効果はまだ見えてこないが、おそらくさっきから攻撃と防御を行っている材質不明の突起物こそがアライアの魔術の正体に繋がるのだろう。
不意打ちが通じないなら次は高速で連撃を叩き込む……!
いくら反応が早くても一度に防げる数には限界があると考えた私は再び『風を生む掌』による高速移動を使ってアライアに迫り、側面に向かって回し蹴りを繰り出した。
「残念、それじゃ届かないよ」
回し蹴りは予兆なく現れた壁に阻まれてしまうが、それは分かっていた事だと、地面に両手を向けて『風を生む掌』を放ち、防がれた蹴り足を起点に回転、今度は反対側の足で再度頭上に踵を振り下ろす。
しかし、それも壁に阻まれてしまい、アライアには届かない。
ならばと連続で『風を生む掌』と強化魔法を器用に使い分け、あらゆる角度から攻撃を仕掛けるも、全て材質不明の壁に防がれてしまった。
っまさか連撃でも防がれるなんて……一体どうしたら……。
一旦、距離を取って何か別の方法がないかと考えを巡らせるが、良い案は思い浮かばない。
というのも、そもそも『風を生む掌』での高速移動を使用している時は別の魔法で攻撃を仕掛ける事が出来ない。
ただでさえ強化魔法を解いて発動させてを繰り返し、『風を生む掌』の角度や出力を調整するという複雑な工程を踏んでいるのだから当然といえば当然なのだが、そのせいで攻撃手段が打撃に絞られてしまうため、別の方法となると根本的に戦法を変える必要が出てきてしまう。
そして根本的に戦法を変えるとなると、後はアライアに通じないであろうものしかなく、私には取れる手立てが残されていなかった。
「━━さてと、風魔法での高速移動には驚かされたけど、今のままじゃ私のこれはいつまで経っても破れないよ?」
「…………」
万策尽きた私の心の内を見透かしたようなアライアの物言いにどきりとしつつも、それを表情に出さないよう努め、無言で視線を返す。
アライアに啖呵を切った手前、ここで終わりたくないという気持ちはあるが、いかんせん、どうしようもない。
せめてアライアの使う魔術の詳細が分かれば何か手の内ようもあるかもしれないが、現状分かっている事だけではそれも難しい。
……かといって『魔力集点』や『一点を穿つ暴風』みたいに発動や動作に隙のあるものは使えないし、魔力も心許なくなってきたから高速移動もあと一、二回が限界……こうなったらもう一か八かで仕掛けるしかない。
「〝風よ、冷気を以て、彼の者を縛れ〟━━『北風の戒め』」
残り少ない魔力を使って妨害されないよう早口で詠唱を紡ぎ、アライアに向かって真正面から拘束魔法をぶつけた。
冷気を含んだ帯状の風が三つに別れ、渦を巻くようにしてアライアを縛らんと飛んでいく。
この魔法が通らない事は分かってるだから……。
案の定、私の放った魔法は材質不明の壁にあっさりと阻まれるのが見えるが、関係ない。魔法を撃つと同時に走り出していた私はすでにアライアから離れ、次の魔法を用意していた。
「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟」
自ら防御に使った壁によってアライアの視界が遮られている今ならぎりぎり間に合う筈だと賭けに出た私は、詠唱を口にしながら弓矢をいるように両手を構える。
直接は当てない。アライアさんの足を掠める位置を狙って……。
これは本来なら人に使うような魔法ではない。
詠唱も長く、一定の動作を保たなければ発動しないこれは、遠くから魔物を射つのに適したものだし、何より、その貫通力故に狙いどころを間違えれば容易く人の命を奪えてしまう魔法だ。
無論、言ってしまえばそれは全ての魔法が当てはまるのだか、この魔法に関して特にそれが顕著だった。
あの壁の強度は分からないけど、この魔法の貫通力なら……。
周囲の風が渦巻き集束して弓矢を形成し、構えた私の手に収まる。
━━『一点を穿つ暴風』
呪文と共に限界まで引き絞った弦を離したその瞬間、形成された風の矢が視認も困難な速度で放たれ、アライアの足下目掛けて飛んでいった。
辺りに響く甲高い音。それは風矢が材質不明の壁に直撃し、その表面を削りながら進む事で発生した激突音だった。
ばちばちと派手に燐光を撒き散らしながら激突する魔法。その決着はあまりにあっさりと、それも私の予想を裏切る形でついてしまう。
「そんな……嘘……でしょ……」
派手な音と光とは裏腹に風の矢は数瞬と経たずに霧散して消え、後には僅かに表面を削られただけの壁が残っていた。
「━━なるほど、確かに君の言う通り、私の判断は早計だったね。こんな魔法を使えるとは思わなかったよ」
役目を果たした壁を消しながら納得した様子でアライアがそう言うが、正直、それどころではない。今まで幾度となく使い、一度も防がれる事のなかった『一点を穿つ暴風』が初めて通じなかったのだから。
……長老の魔法壁には使わなかったけど、それでも『一点を穿つ暴風』の貫通力なら突破は出来てたと思う。
だからその貫通力を持ってしても表面を僅かに削る事しか出来なかったあの壁の硬度はそれこそ異常の一言に尽きるだろう。
「……でも流石にそろそろ手は出し尽くしたみたいだね。次で終わりにしようか」
動揺して動けないでいる私に左手を向けたアライアはそれだけ言い、ぱちんと指を弾いた。
乾いた音が響くと同時にアライアを中心とした地面から無機質で黒く巨大な突起物が無数に出現、そのまま空を覆うように聳え立っていく。
……ああ、これは避けられない━━━━
空を覆う突起物の全てが方向を変えて雨のように降り注いでくるのを見つめながら私は心の中で諦めの一言を静かに呟いた。
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