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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第35話 続く模擬戦と創造の魔術
しおりを挟む始まって間もない模擬戦。まだまともに魔法を撃ち合ってもいない中で私は目指すべき場所の高さに打ちひしがれていた。
「さて、ルーコちゃんの強化魔法は見せてもらったけど、他の魔法はどうなのかな?」
私の心の内とは裏腹にアライアはどこか楽しそうな表情でこちらの出方を窺っている。
……ここで考えてても仕方ない。今は模擬戦に集中しないと。
悪い癖が出始めていると自覚しながら、暗い思考を振り払うように首を振り、目の前の戦いに集中しようとする。
「━━もちろん、使えます。けどアライアさん程強い相手に手加減は出来ませんよ?」
「ふふっ、問題ないよ。そうでないと模擬戦をする意味がないからね」
不安を隠すように虚勢を張った私の言葉にアライアが不敵な笑みで返してくる。
私の張った虚勢には気付いていないようで内心ほっとするも、すぐに気を引き締め、もう一度強化魔法を発動させてからアライアを中心に円を描くように走り始めた。
「〝突き進む鏃、曲がらぬ軌道、風は真っ直ぐ射貫く〟━━『直線の風矢』」
走りながら詠唱を口にし、アライアの背後に回ってから強化魔法を解除して真っ直ぐ突き進む風の矢を撃ち放った。
放たれた風の矢は過たずアライアの背中へと一直線に向かい、その体を貫かんと迫る。
「おっと、危ない」
迫る風の矢を僅かに体をずらしただけでかわしたアライアに辟易しつつも、それくらいはやってくるだろうと割り切り、再び強化魔法を発動させて走り出した。
「〝曲がる鏃、反れる軌道、風はそれでも射貫く〟━━『流線の風矢』」
さっきと同じ要領で今度は大きく弧を描いて飛ぶ魔法を放ち、着弾を確認するよりも先に走り出し、反対方向に回り込んで右手を構え、呪文と共に振り抜く。
『風の飛刃』
魔法による左右からの挟撃、全く同時ではないとはいえ、これなら最初と同じようにかわせない。その場から退いてかわすか、魔法で防ぐか、いずれにせよ大きく動かざるおえない筈だ。
「なるほど、杖なしでも詠唱の短縮はできるんだね。でも……」
二つの魔法が当たる直前、アライアは持っていた杖を水平に掲げ、くるりと回転させる。
「なっ……!?」
その瞬間、私の放った二つの魔法が杖の軌道をなぞるように吸い寄せられ、明後日の方向に飛ばされてしまった。
今のも無詠唱魔法……?いや、自分のならともかく他人の魔法に直接干渉する魔法なんてあり得るの……?
以前、姉との模擬戦で私がやったように風と風をぶつけて相殺させるといった間接的な干渉なら分かる。しかし、今、アライアが見せたのはおそらく魔法への直接的な干渉だ。
魔法は一見、単純そうに見えるものでも構造自体が複雑で、普通は魔法で他人の魔法に干渉する事なんて出来ない。
にもかかわらず、それを平然と無詠唱でやってのけたアライアの技量はあまりに異常と言えるだろう。
干渉して魔法を反らせるんだとしても限界はある筈……ならこれで……。
いつまでも驚いてばかりいられないと頭を切り替え、アライアに両手を向けて次の魔法の詠唱を始める。
「〝分かたれる鏃、重なる軌道、風は集まり射抜く〟━━『重ね分かれる風矢』」
呪文と共に大きな風の矢が放たれ、枝分かれしながらアライアに襲い掛かる。
今度は複数の方向からの魔法攻撃……この数なら流石に干渉出来ない━━━━
「へぇ、今度は手数を増やしたって事だね。数が多ければさっきみたいな事は出来ないと踏んだのかな?」
杖を向かってくる魔法に対して水平に向けたアライアはそう言いながらどこか楽しそうに笑う。
「━━でも残念。同じ種類の魔法なら数が多くても一緒だよ」
再びアライアが杖をくるりと回転させると、向かっていた風の矢の軌道が全てねじ曲げられてしまった。
っまさか全部反らされるなんて……!
アライアの言っている事が本当なら、あれを攻略するには少くとも二つ以上の魔法ぶつける事が必要になる。
けれど、私の腕では同時にぶつけるのはさっきのように二種類が限界……つまり、どうあがいても私では正面切っての攻略は不可能だという事だ。
……でも方法がないわけじゃない。正面からが無理ならそれ以外から攻める。
正面から向かえないのはいつもの事、絡め手を使って撹乱するのが私の戦い方だ。
「〝立ち込める煙、隠れ偽る白、広がれ〟━━」
「おっ次はどう攻めてくるのかな?」
再び強化魔法を使いながら走り回って詠唱するも、やはりアライアから仕掛ける気はないようでその場から動かない。
「━━〝風よ、集まり爆ぜろ〟」
妨害をされないなら好都合と詠唱をもう一つ重ね、アライアとの距離を取りつつ、強化魔法を解除して最初に用意した魔法を発動させる。
『白煙の隠れ蓑』
もう何度も使っている煙を起こす魔法、万全の詠唱で放ったそれは模擬戦を見守っているサーニャをも呑み込み、辺り一帯に広がった。
「う……これは……」
「煙幕……?それに二重詠唱をしたって事は……」
突然視界を塞がれて戸惑うサーニャと裏腹に私の張った煙幕の意味を察したらしいアライアが声を上げるが、もう遅い。
煙幕を張る前に確認したアライアの立っている場所目掛けて一直線に駆け抜け、呪文と共に思いっきり右手を突き出した。
「『暴風の微笑』っ!」
突き出した掌から暴れ狂う風の塊が生成され、辺りを覆う煙を全て吹き飛ばす勢いで一気に炸裂する。
「っ……」
放った魔法の反動で自分も吹き飛ばされるも、受け身を取ってすぐに体勢を立て直し、アライアの方に視線を向けた。
これで倒せるとは思ってないけど、いくらアライアさんでもあの距離の『暴風の微笑』は反らせない筈━━……
「━━ふぅ、危ない危ない。もう少しで吹き飛ばされるところだった」
視線の先、『暴風の微笑』が炸裂したその中心には無傷のアライアが乱れた髪を直しながら平然と立っていた。
「嘘……まさかあの距離の魔法も……?」
「ん、まあね。あと少し狙いに気付くのが遅れたら危なかったけど、間に合って良かったよ」
間に合わないと踏んで仕掛けたのに、防がれるなんて……アライアの反応の速さは完全に予想外だ。
「……さて、ルーコちゃんがどれくらい戦えるのかは分かったし、そろそろ私からも仕掛けようかな」
「っ……させない!」
アライアが何かをする前に止めるべく強化魔法を発動させて距離を詰め、再び近距離戦を仕掛けるが、やはりいとも簡単にいなされてしまう。
「〝繰り返す想像、思い巡る理想、描くもの全てを具現し、万物を自在に操る……〟」
「くっ……やぁっ!」
いなされながら何度も拳や蹴りを繰り出して妨害を試みるも、アライアの口を止める事は叶わず、詠唱が紡がれていく。
「━━〝理よ、歪め〟」
詠唱が完成すると同時にアライアの周囲が歪み、その身体が薄い光の膜に包まれる。
「っまずい、離れないと……!」
もう発動は止められないと慌てて飛び退き、アライアから距離を取って様子を窺う。聞いた事のない詠唱だが、五小節で区切られたそれは魔法ではなく魔術のもの……どんな効果にせよ、とんでもない威力なのは間違いない。
「いくよ?━━『反覆創造』」
呪文が唱えられると同時にアライアの周囲の歪みと包んでいた光の膜が消失、その瞳の色が深い緑から金色に輝き変わる。
「っ他に何も起きない……?」
アライアの外見的な変化以外に目立った現象が見られない。
もしかして魔術を失敗したのだろうかと怪訝な表情を浮かべている私に対し、アライアは不敵な笑みと共に左手をこちらに向けてくる。
その瞬間、アライアの周りの地面から黒く硬質的な突起物がいくつも飛び出し、私の方へ凄い勢いで迫ってきた。
「っ……!?」
迫るそれを寸前のところでかわし、強化魔法を使いながらその場を離脱したところで轟音が響き、さっきまで私の立っていた場所に無数の突起物が深々と刺さっているのが見えた。
今、避けるのが少しでも遅れてたら怪我どころの騒ぎじゃないんだけど……。
あの質量、速度ではたとえ強化魔法を使っていたとしても、意味を成さないだろう。
「ちょっアライアさん!ルーコちゃんを殺す気ですか!?」
明らかに手加減のされていない攻撃にサーニャが抗議の声を上げた。
「んー……大丈夫だよ。ルーコちゃんなら避けられると思ったし、もし避けられなくても直前で止めるつもりだったからね」
サーニャの抗議に肩を竦めながらそう返したアライアは杖の先をかつかつ鳴らして私の方に視線を向けてくる。
「……ありがとうございますサーニャさん。私なら大丈夫ですから心配しないでください」
サーニャにはそう言ったものの、魔術の正体も分からない上に、手加減が機能しているかも怪しい今、ここで模擬戦止めなければ私は大怪我を負うかもしれない。
治癒魔法による回復が期待できない現状では大怪我を負う可能性を多大に孕んだこの模擬戦を中止するのが正しいのだろう。
……でも、このまま何も出来ずに終われば私は一生アライアさんやお姉ちゃんのいる場所にいけない……そんな気がする。
ただの予感なのにどこか確信めいたそれに突き動かされた私はアライアの視線に真っ向から向き合い、深く息を吸い込んだ。
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