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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第31話 寝起きの私と初めての出会い
しおりを挟む元来、私の寝起きは決して良い方とは言えない。
下見の日の朝は事前に早く起きようと構えて就寝したからこそ、すぐに起きる事ができたが、普段の私は起きてからしばらくは布団の中でもぞもぞ動き回り、起き上がる決意が固まるまで寝続けるくらいには寝起きが悪い。
「ん……ぅ……んん……」
姉と長老の壮絶な戦いの余波に巻き込まれて気を失った私は普段とは違う寝床の感触に違和感を覚え、ゆっくりと目を覚ました。
「ぅ……?」
寝起きでぼやける視界に映ったのは見知らぬ天井。自分の家でも他のエルフの家でもなく、作りからして違う見覚えのないものだった。
「こ……こ……は……」
寝惚けていた意識が徐々に覚醒し、自分の身に何が起こったのかを少しずつ思い出し始める。
確か私は長老の魔法に巻き込まれて……そのまま森の中で気絶して……目が覚めたら知らない場所に知らない布団……どういうこと……?
記憶の通りなら私は森の中にいた。
ならば目を覚ました時に見えるのは生い茂る木々でないとおかしいし、仮に姉が気絶している私を運んだのだとしてもこの見覚えのない場所の説明がつかない。
「っそういえばお姉ちゃんは……戦いはどうなったの……!?」
現状を把握する過程で姉の事に思い至り、慌てて布団から飛び出そうとする。
気絶する直前、姉と長老はほとんど互角の攻防を繰り広げていた。
そんな折、動けない私を庇った姉は避ける事のできる攻撃を受け、さらに被害が及んだ事を自分の責任だと言って自身を責めていた。
肉体的には大丈夫なように見えたが、精神的にはかなり堪えていた筈だ。
私がお姉ちゃんの足を引っ張ったのに……安心させるどころか逆に心配させて……っううん、今はそんな事を考えてる場合じゃない。とにかくお姉ちゃんを探さないと……。
「あれ?左腕が治ってる……それに服も私のじゃない……?」
姉を探すべく布団から飛び出したその瞬間、動かなかった筈の左腕がなんともなかったように動き、ぼろぼろだった服は見た事のない装いのものに変わっていた。
あの時、お姉ちゃんが傷を治してくれたのは覚えてるけど、簡易だった事もあって左腕はまだ治りきってなかった筈なのに……。
扉の方に向かおうとしていた足を止め、その場で理由を考える。
「……私が気絶してる間にお姉ちゃんが治してくれたのかな」
あの状況と私の知り得る要素から考えると、多少おかしな点はあるものの、長老との戦いに勝った姉が私の傷を治して着替えさせた、という可能性が一番高い。
「だとしたらお姉ちゃんは……」
そこまで考えたところで不意に扉を叩く音が聞こえ、反射的にその方向へ顔を向ける。
「━━失礼しまー……って、あ~!エルフちゃん起きてるっ!!」
「へ?あ、えーと……あの……」
扉を開けて現れたのは私よりも少し年上に見える青い髪の少女。当然ながら見覚えはないし、何より彼女にはエルフの特徴である尖った耳が見当たらなかった。
「怪我は大丈夫?どこか痛いところはない?あ、お腹空いたりしてない?」
「え、あ、はい……だ、大丈夫です……えっと……」
突然の邂逅とその勢いに戸惑い、混乱したまま言葉を返すと少女は安堵したらしく笑みを浮かべて胸を撫で下ろしていた。
「良かった~……あ、そうだ!こうしちゃいられない。エルフちゃんが起きた事をアライアさんに知らせなきゃ!」
「え、あ、ちょっと……」
少女は引き留める間もなく出ていってしまい、状況に置いていかれたまま呆然としている私が一人、部屋に残される。
これはどういう……それにあの子は…………駄目だ。全然分からない……。
見知らぬ場所に見知らぬ人、そして自分の置かれた状況、謎だらけの現状を前に思わず思考を放棄してしまいたくなった。
…………落ち着け、私。大丈夫。別に今は切羽詰まってる状況じゃない。順番に分かっている事だけでも整理しよう。
まずこの場所についてはほとんど分からない。ただエルフの集落ではないどこかというのは確かだ。
次に先程の少女について。集落には年の近い子はいなかったし、エルフの特徴である長い耳が見えなかった以上、あの少女は私とは違う種族……人間だと思われる。
……でも正直、騒々しさと耳以外はエルフと何も変わらないように見えた。
初めて見る人間だというのに別段、感動や驚きのようなものは沸いてこない。
これはエルフ特有の無関心という訳ではなく、彼女と私にそこまでの違いが感じられなかったからだろう。
「人間がいるって事はやっぱりここは森の外……?」
困惑したまま悶々と考え込んでいるとさっきの少女が別の人間を連れて戻ってきた。
「ほらアライアさん!エルフちゃんもう起き上がってるでしょ?」
少女に連れられ部屋に入ってきたのは赤い髪をした背の高い女性だった。
「うん、分かったから。落ち着なよサーニャ。あの子も戸惑ってるみたいだし」
「え?あ、ごめんなさい!私ってばつい……」
騒々しい少女にアライアと呼ばれていた女性はそう言って少女を嗜めると優しく微笑んで私の方に視線を向けてくる。
「寝起き早々ごめんね。この子ってばずっと君を心配してたから目を覚ました嬉しいみたいではしゃいでるんだよ」
「え、いえ、その、大丈夫です。えっと……」
会話の内容からして私はこの人達のお世話になっているというのを察する事はできたが、やはりまだ事態を呑み込めず、つい言葉に詰まってしまう。
「ああ、まだ名乗ってなかったね。私はアライアでこっちの騒がしい子がサーニャだ」
「ちょっ騒がしいって何ですか~!も~……まあ、いいですけど……」
言葉に詰まってしまった私の反応をどう呼んでいいのかわからなくて困っていると捉えたのか、アライアと名乗った女性はもう一人の少女……サーニャと共に簡単な自己紹介をしてくれた。
「……私はルーコ……じゃなくてルルロラって言います。その、まだ状況はよく分かってないんですけど、助けてもらったみたいで、あの、ありがとうございます」
狭い集落育ちで敬語を使う機会なんてなかった私だけど、こういう場合にそれが必要な事は本とあの人から教えてもらった。
「ん、いや、気にしなくても大丈夫だよ。大した事をしたわけでもないからね」
「そうだよ!困った時はお互い様。人が倒れてたら誰だって助けるよ」
気にしないでいいと言ってくれた二人に心の中で良い人達で良かったと安堵する。
「それよりもエルフちゃんはルルロラちゃんって言うの?さっき言いかけたルーコっていうのは?」
「えっと、はい。ルルロラが名前で、その、呼びやすいからルーコって呼ばれてて……」
「へぇ、そうなんだ。なら私達もそう呼ばせてもらおうかな」
今まで狭い集落で生きてきた事もあって知らない人達と話すのに慣れていない私はどこかぎこちない口調のまま会話を続けていく。
「そうだ!ルーコちゃん、ずっと寝てたし、お腹空いてるよね?」
「え、いや、私は……」
「待ってて。何か食べるものをもってくるから!」
またも呼び止める間もなく出ていったサーニャを見てアライアは顔に手を当て、呆れたような表情を浮かべていた。
「……悪いね。あの子、私達の中で一番年下だったから自分よりも小さな君の世話を焼きたくてしょうがないみたいだ」
「……いえ、私は大丈夫です。こういう扱いは慣れてますから」
方向性は違うけど、少し前まで姉も私の世話をやたらと焼こうとしていたから慣れているというのは本当だ。
「…………その耳、治してあげられなくてごめんね」
「耳……?あ……」
アライアに言われて反射的に手を当て、そこでようやく片耳が欠けている事に気付く。
そういえばあの魔物と戦った時に爪が掠めたんだっけ……。
あの時、とりあえずの応急処置で止血だけしたものの、その後に続けて長老との戦いが始まり、色んな箇所を怪我した事もあって耳の事をすっかり忘れていた。
「……私の治癒魔法じゃ欠損部位の再生までは叶わなくてね。本当にごめん」
「い、いえ、気にしないでください。痛みもないですし、耳が欠けてても別に困る事もありませんから」
怪我を負ったのは自分の未熟さのせいだし、助けてくれたらしいアライアが謝る必要なんて微塵もない。
まして欠損を再生できる程の治癒魔法なんていうのはもう魔術の領域だ。
外の世界の事はまだ分からないが、そんな代物を使える人間がいっぱいいるとは思えないし、重症だった左腕を治せる程の治癒魔法も相当なものだと思う。
「……そう言ってもらえると助かるよ。そういえばさっきまだ状況が分からないと言っていたけど、大丈夫かい?」
「あ、そうでした。その、私、森の中で気を失って……それで気付いたらここで寝かされてて……」
「━━ルーコちゃんっ食べ物持ってきたよ~!」
アライアに事の経緯を聞こうとした矢先、両手にお皿をサーニャが戻ってきた事で話が中断されてしまう。
「……続きは食べながら話そうか」
「……そうですね」
「?」
小首を傾げるサーニャを他所にアライアと私は互いに呆れ混じりの笑みを溢した。
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