上 下
11 / 156
第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

第10話 魔術と優越感と笑顔のお姉ちゃん

しおりを挟む

 私が気絶した時点で実戦練習は終了。その後、しばらくしてから意識を取り戻すと視線の先の姉と目が合った。

「…………何してるの?」

 自然とそんな言葉が口から漏れる。たぶん、気絶した私を姉が介抱してくれたのだろうとは察しがつくのだが、それにしては顔と顔の距離が近い。

「あ、ルーちゃん、目が覚めたんだね」

 質問に答えず、笑顔を浮かべる姉。その様子から、もしここで目が覚めなかったら何をされていたのかと考えるのも怖くなり、それ以上は追求しない事にした。

「……またお姉さまに勝てなかったな」

 さっきまでの練習を振り返り、ぼそりと独り言つ。まともに勝負すら出来なかった最初と違い、なまじ勝てそうだっただけに余計に落ち込んでしまう。

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよルーちゃん。最初に比べたらものすごい成長してるし、最後の攻防だってお姉ちゃん冷や冷やしちゃった」
「……それはお姉さまが手を抜いてたからでしょ?」

 確かに最後のあれは自分でも良かったように思う。けれど今、冷静に考えると、あの時の姉は驚いて少し余裕を崩していたものの、追い詰められてはいなかった。

 たとえば仮にあの時、跳躍を予想して魔法を撃ち放っていたとしても、姉は何らかの手段で防ぐなり、かわすなりをしていたように思う。

 もっと言えば、姉が最後に使った魔法を最初から使われたら私は手も足も出ずに負けていた筈だ。

 もちろん、そんな事をすれば実戦練習にならないので、そこに姉の配慮があったのは重々理解している。

 でも、姉が手を抜いていたという事に対する悔しさは隠しきれなかった。

「うっ……で、でも、冷や冷やしたのは本当だよ?ルーちゃん自身が気付いてるかわからないけど、強化魔法の練習をしている内に魔力の操作が上達して、魔法の発動速度や威力が格段に上がってるんだもん」

 姉の指摘した事柄に首を傾げ、さっきまでの攻防を思い返してみると確かにそんな気がしないでもない。

「強化魔法の練習を通して魔力操作を身に付けてほしいとは思ってたんだけど、まさかあんなに変わるなんて思いもしなかったよ」
「……でもそれって私の元々の魔力操作が酷かったから、それだけ差が生まれて驚いたって事じゃない?」

 どうにかして私を励まそうとしている姉に唇を尖らせて答える。

 自分でも拗ねた子供みたいだという自覚はあるが、それでも今の気分的に自然とこういう態度になってしまうのを抑えられなかった。

「確かに最初の頃の魔力操作は拙かったけど、ルーちゃんはまだ十才なんだよ?それを考えたら魔法を使えるだけでもすごいし、今はもう魔力操作だって上手に出来るようになったんだからルーちゃんは天才だよ!」
「……そうかな」

 私の言葉にそうだよ!と返す姉。たとえお世辞でもそこまで褒められると悪い気はしない。

「ふふふ……天才かぁ……」

 褒め言葉にすっかり乗せられ、機嫌を良くした私は、そこでふと、姉の魔法の腕を知ってから聞こうと思って事を思い出した。

「あ、そういえばお姉さまに聞きたい事があるんだけど」
「聞きたいこと?」

 私がそう言うと姉は首を傾げる。いや、まあ、さっきまでの会話の流れからすればあまりに唐突なので、その反応は当然か。

「うん。まずお姉さまは〝魔術〟って知ってる?」
「魔術?」

 聞き覚えのない単語なのか、姉が怪訝な表情を浮かべる。この時点で姉は魔術を知らないという事がわかったけど、それは使かどうかとは別問題だ。

「えっと、魔術っていうのは簡単に言えば魔法よりもすごい魔法……かな」
「魔法よりもすごい……魔法?」

 ますますわからないと困った顔をする姉に順を追って説明する。

「……魔術は魔法よりも効果や規模が大きくて扱いが難しく、詠唱が五つ以上の文節で成り立っている魔法の総称で、個人が独自に作り上げるものがほとんどだから、そもそも使える人が少ないらしいの」
「そう、なんだ……」

 あの場所に収蔵された本で得た知識を元にどうにか伝わるように噛み砕いて言葉を選ぶ。

 本当はもっと複雑かつ、抽象的な表現や作者の見解が書かれていたのだけど、その辺は微妙にずれていたので説明する必要はないだろう。

「それで私としてはお姉さまは魔術を使えるんじゃないかと思って」
「……え、私が?」

 魔術っていう言葉も知らなかったのに?と尋ね返してくる姉に私は首を横に振り、続ける。

「言葉自体は知らなくてもそういう魔法として認識してるとか、心当たりはない?」

 理論を知らなくても姉の才能なら魔術の領域にたどり着ける可能性は十分にある筈だ。

「うーん……ないこともないけど……」

 案の定、姉はさっき挙げた条件に合致する魔法に心当たりがあるらしい。なにやら複雑そうな顔をして言い淀んでいる。

「でもはまだ完成してないというか……その、実際に使えるかわからないというか……」
「?」

 姉にしては珍しい歯切れの悪い物言いに今度は私が首を傾げていると、観念したように小さく溜め息を吐いた。

「……確かに私はそういう魔法を創ったよ?でもその魔法の性質上、簡単には試せないから完成って言い切れなくて」
「試せない?」

 それはその魔法……もとい魔術の威力や影響が強過ぎておいそれと試せないと言うことだろうか。

「うん、魔法自体は出来てるんだけど、それがどのくらいまで効果を及ぼすのかがわからないの」
「……自分の身体ってお姉さま一体何をしてるの?」

 不穏な言葉に顔をしかめ、追求するような視線を姉に向ける。

 自分の身体を使うような類いの魔法は少なからずあるが、魔術という規模になると効果も危険性も想像すら出来ない。

「何って……あ、いや、まあ、ちょっと自分で……その、ね?」

 自分の失言に気付いたのか、慌てて取り繕うように言葉を濁すも、すでに遅い。姉が何かしら危険な事をしているのは明白だ。

「……まさかお姉さまの創ったのが治癒、回復系統の魔術で、その練習のために自傷した、とか言わないよね?」
「え、どうしてわかったの?」

 姉の使う魔法や自分で試すという言葉から推察してみたが、当たっていたらしく、姉は取り繕う事も忘れて尋ね返してきた。

「……やっぱりやってたんだね」
「あ、う、えと……で、でも大丈夫!ちゃんと治したし、痕も残ってないから!」

 もはや誤魔化しきれないと悟った姉は、認めた上で何の問題もないという方向に話を持っていこうと必死に弁明を始めた。

「そ、それにほら、きちんと効くかどうか試すためにはこれが一番分かりやすいし、万が一失敗しても自分の身体だから……」
「なにそれ……自分の身体だからどうなってもいいってこと?」

 どうやら姉は他人に配慮はしても自分にはとことん無頓着のようだ。

 以前足を捻った時、姉が何の躊躇いもなく治癒魔法を使った事のない私に治させようとしたのも、無頓着が故の行為だったのかもしれない。

 この分だと母から治癒魔法の基礎を教えてもらった後の練習も自分の身体を使っていた可能性が高い。

「……前にも言ったけど治癒や回復は人体に干渉するから失敗が構造を歪める可能性があるの。まして魔法よりも強力かつ複雑な魔術はより危ないんだよ?」
「うぅ……それは……」
「植物や動物を相手だと構造が違うから自分の身体を使うっていうのも分かるけど、それにしてもやり方はあるよね?違う?」

 私がそう言う度に姉はしゅんとして背中を丸め、小さくなっていく。その姿を見るとなんというか、いつもと逆の立場になったみたいでちょっとした優越感を覚えた。

「まあ、今こうして五体満足、無事でいるからこれ以上は何も言わないよ。でも最初の実戦練習の時にお姉さまが私に注意した通り、魔法は便利だけど危ないんだから、もっと安全な練習方法にしないとね」
「はい……」

 すっかり意気消沈する姉へ最後にそう言った私は、じゃあ今日はこの辺で終わりねと告げて踵を返し、その場を後にしようとする。

 本当は魔術についてもう少し話したかったが、流れ的にこのまま今日の練習を終わりに出来そうなので、その雰囲気に乗っかる事にした。

お姉さまには悪いけど、せっかくだから久しぶりにゆっくり本を読もうかな。

 少しうきうきした気分で一歩目を踏み出した瞬間、後ろから強い力で肩を掴まれた。

「……ルーちゃん、どこに行くのかな?」

 底冷えするような声にぞっとして振り向くとそこには満面の笑顔を浮かべた姉がいた。

「勝手にどこかに行くのは駄目だよ?今日の練習はまだ終わってないんだから」
「うぇ?で、でも……」

 まさか引き留められるなんて思っておらず、咄嗟に言葉が出てこない。

「確かにさっきのは私が悪かったし、これからはもっと安全な練習方法を考えるよ?でも、それとこれとは話が別。まだ時間はあるんだから、ね?」
「あ、あのお姉さま?その、私は久しぶりに本を読もうと……ちょっ、待って……」

 そのまま有無を言わさず連れていかれた私は、心なしかより厳しくなった姉との実戦練習を日が暮れるまで続ける事になるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!

椿蛍
ファンタジー
【1章】 転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。   ――そんなことってある? 私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。 彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。 時を止めて眠ること十年。 彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。 「どうやって生活していくつもりかな?」 「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」 「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」 ――後悔するのは、旦那様たちですよ? 【2章】 「もう一度、君を妃に迎えたい」 今まで私が魔道具師として働くのに反対で、散々嫌がらせをしてからの再プロポーズ。 再プロポーズ前にやるのは、信頼関係の再構築、まずは浮気の謝罪からでは……?  ――まさか、うまくいくなんて、思ってませんよね? 【3章】 『サーラちゃん、婚約おめでとう!』 私がリアムの婚約者!? リアムの妃の座を狙う四大公爵家の令嬢が現れ、突然の略奪宣言! ライバル認定された私。 妃候補ふたたび――十年前と同じような状況になったけれど、犯人はもう一度現れるの? リアムを貶めるための公爵の罠が、ヴィフレア王国の危機を招いて―― 【その他】 ※12月25日から3章スタート。初日2話、1日1話更新です。 ※イラストは作成者様より、お借りして使用しております。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

【完結】転生したらいじめられっ子のヒロインの上に醜い死神将軍に嫁がされたんだが、聖女に匹敵するこの魔力は内緒でモブに徹したい。

猫又
恋愛
過労死した後、本の中に転生していた。 転生先は超いじめられっ子ヒロインのリリアン・ローズデール伯爵令嬢。 うじうじグズグズ泣き虫のリリアン。親兄弟やメイドにまで役立たずと言われるほどの引っ込み思案でメソメソメソ泣き虫さんだったようだから、ここはひとつ元30代主婦、夫の浮気に耐え、姑にいじめられた経験を生かしてハピエン目指して頑張るしかないっしょ。宝の持ち腐れだった莫大な魔力も有効活用して、醜い死神将軍に嫁がされてもめげないでめざせ離縁! めざせモブ! そしていつかはひっそりと市井で一人で暮らそう! 

処理中です...