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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

第8話 走り込みと魔力切れと優しいお姉ちゃん

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 そしてその後の十数日間、姉はほぼ毎日のように私を連れ出しては限界ぎりぎりまでこの作業を繰り返させた。

 その結果、私と姉が使っていたこの場所は地面のほとんどが耕された状態となり、作物を植えれば実るであろう畑と化していた。

「折角のルーちゃんが頑張った成果だし、何か植えてみようか?」
「いや、何か植えたらここを練習に使えなくなるでしょ……」

 狭い集落の中で魔法の練習に適した場所はそう多くはない。私達の二人で練習するのなら尚更だ。

 もちろん集落の外なら場所はいくらでもあるが、獣や魔物を刺激して狩りをしている他のエルフ達の邪魔をしてしまう可能性がある以上はそれも避けた方が良いだろう。

「そっか、それもそうだね。じゃあそろそろ次の特訓に移ろうかな」
「次……じゃあもう穴掘りは終わりでいいの!?」

 ようやくあの苦行から解放されると聞いて思わず、ぐっと姉に詰め寄ってしまった。

「う、うん。とりあえず強化魔法に慣れるって目的は果たしたから」

 溢れんばかりの喜びを滲ませて詰め寄った私に戸惑いつつも、姉は次の特訓の内容を説明しようと続ける。

 正直、穴掘りに比べたらどんな特訓で大丈夫。初日の実戦練習だって喜んで受け入れるだろう。

「それで、次にルーちゃんにやってもらうのは、ずばり、走り込みです」
「……えっと、走り込み?」

 穴掘りからの走り込み……。これも強化魔法の練習の一部だとは思うけど、その内容がどんどん魔法らしからぬものになっているように見えるのは私の気のせいだろうか。

「うん。あ、もちろん強化魔法を使ってね。とりあえず最初はここを端から端まで五十回、往復してみようか」
「うっ、ま、まあ、それくらいなら……」

 少し回数が多いが、それでも穴掘りよりはまだ大分楽だ。

 魔法の実戦練習ができるくらい広いと言っても、ただ走る分には問題ない距離だし、強化魔法を使って走るなら時間もそんなにかからないと思う。


 結論から言えば私はその日、往復五十回を完走する事が出来なかった。

 理由は単純、私が途中の二十回目くらいでへばってしまうから。

 姉の取り決めにより、五十回に届く前に休憩、あるいは立ち止まったりした場合は最初から数え直し、再び五十回を目指して一から始めなければならない。

 つまり失敗すればするほど体力と魔力だけが消費され、一向に終わらないという状態に陥る事になる。

 無論、体力も魔力もある最初の一回目で終わらせられれば良かったのだが、穴掘りの時と違って走るという行為は強化魔法による魔力の消耗が激しく、最後まで持たせる事が出来なかった。

 次の日もその次の日も私はひたすら走り続けては失敗を繰り返した。

 この特訓を始めた最初の日に比べたら少しずつ回数は伸びてきているものの、五十回はまだ遠い。

 それに姉は最初は五十回と言った。最初という言葉を用いたという事は姉はそこからまた回数を増やす腹積もりなのだろう。

 やはりと言うべきか、走り込みの特訓を始めて十日目、やっとの思いで五十回という課題を達成した私を待っていたのは、その倍の数である百回の往復だった。

 まあ、往復の本数が増える事は予測していたため、そこに驚きはなかったが、次の課題がいきなり倍の数になるとは思わなかった。

 とはいえやる事は変わらない。五十回の時と同じく少しずつ数を伸ばして目標を達成するだけだ。

「うぷ……気持ち悪い……」

 特訓二十日目、私はその日十回目の挑戦の途中で猛烈な吐き気を催し、その場にしゃがみこんでしまった。

「ルーちゃん大丈夫?」
「無理……吐く……」

 近くの茂みへと転がり込むように駆け込み、胃の中が空っぽになるまで地面に吐き散らかす。

「うっ……ふぅ……」

 それでもまだ込み上げてくる吐き気を無理矢理抑えてゆっくり深く息を吸い込んだ。

 そうしている内にようやく吐き気も治まり、落ち着きを取り戻したところで、ふと自分の吐瀉物が目についた。

「……流石にこのままにしとくわけにもいかないよね」

 放っておいても自然に消えるとは思うが、このままだと少し臭うし、自分の出したものの後始末はきちんとすべきだろう。

「っと、これくらいでいいかな」

 近くの土を軽く集めて吐瀉物を覆い隠すように被せ、その上からさらに土をかけて踏み固める。

 こうしておけば臭う事もなく自然に返る筈だ。

 後始末を終え、ふらふらとした足取りで茂みから出ると、姉が水筒片手に心配そうな表情を浮かべて駆け寄ってきた。

「……少しは落ち着いた?」

 姉はそう言いながら手に持った水筒を差し出してくる。私が吐いている最中に来なかったのは姉なりの気遣いなのかもしれない。

「あ、うん……。ありがとう」

 礼を言ってから差し出された水筒を受け取り、口に軽く水を含んでゆすぐ。冷たい水が口の中に残った不快感を洗い流し、ようやくすっきりした気分になった。

「……とりあえず今日のところはここまで。続きは明日にしようか」
「え?」

 魔法の練習に関してはあれだけ容赦のなかった姉から出た中止の言葉に思わず目を丸くする。

 いくら私が嘔吐したとはいえ、まだ時間はあるし、一度全部を吐き出したお陰か、体調的にもさして問題はない。

 胃の中が空っぽになった分、多少のふらつきはあるけど、これならまだ続けられると伝えるべく口を開こうとした矢先、姉がそれを遮るように言葉を続けた。

「今のルーちゃんは魔力を使い果たしてすっからかんの状態なの。だからこれ以上は続けようとしても続けられない」
「じゃあさっきの吐き気は……」
「魔力が底をついてるのに無理に使おうとしたから体が拒否反応を起こしたんだよ」

 なるほど、それなら姉が特訓を中止するのも頷ける。

 つまり、ここから再び特訓を続けようと強化魔法を使った瞬間、私はまたあの吐き気に襲われるという事だ。

 そういえば前に読んだ本の中でこの魔力切れについての記述があった。確かにその本の内容も姉の言う通り、私の今の症状が魔力切れの拒否反応だと指していた。

「……でも今まで一度もなかったのにどうして」
「それはここまでの特訓でルーちゃんが無意識の内に魔力切れにならないよう抑えていたからだね」

 最初の実戦練習も穴掘りも五十回往復も自分では限界ぎりぎりのつもりだったが、今のように魔力切れを起こしていない以上、本当に抑えていたのだろう。

 しかし、それならどうして今日に限って魔力切れを起こしてしまったのかという疑問が生まれる。今日の特訓も昨日までの延長線上にある筈なのに。

「たぶん、今日こうして魔力切れになったのはルーちゃんの無意識よりも目標を達成しなきゃって気持ちの方が強くなったからだと思うよ」
「気持ち……」

 言われて見れば目標のあるこの特訓に変わってからは、どうにかしてそれを達成しようと必死だった。

 最初の内はしんどいからと少しずつ休憩を取ってから挑んでいたのに、慣れてからは失敗したら次、また次、と一日に挑む回数が増えていた気がする。

 そして今日、その回数が無意識に抑えていた限界を越えてしまい、魔力切れという事態を引き起こしたという事なのだろう。

「目標を達成しようと頑張るのは良いことだけど、無理は禁物。きちんと自分の魔力がどれくらい残っているのかは把握できるようにならないとね」
「……うん。気を付けるようにする」

 姉らしい優しく叱りつけるような言葉に対して私は素直に頷いた。
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