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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

第5話 実践練習とお姉ちゃんの限界突破講座

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 前言撤回。誰かな?この人の事を甘過ぎるとか言ったの……。微塵も容赦ないんですけど。

「ほらほら~。どうしたのルーちゃん。動きが鈍くなってるよ」

 軽い調子でそう言いながら姉は魔法を放ってくる。魔法の種類は水を握り拳くらいの大きさに固めて無数に撃ち出す『水の礫アキュレット』、私も使える簡単な魔法だ。

 ただし、姉のそれは撃ち出す速度と数が尋常じゃなかった。

 さっきまで私がいた場所の地面は大きく抉れ、激しい雨が通り過ぎた後のような惨状へと変わる。

「っ少しは手加減してよ!」
「してるよ~?どこに当たっても私がすぐに治せるくらいまで威力を抑えてるもん」

 すぐに治せるって……当たったら軽く骨くらい折れそうな威力はあるけど……。まあ、でも、姉の事だから骨折程度なら簡単に治せるのかもしれない。……たぶん。

「でもルーちゃんはまだ叫ぶくらいの余裕があるみたいだね~。ならもうちょっと強くしてもいいかな」
「え……ちょっ」

 姉の不穏な言葉に慌てて駆け出すと、さっきよりも速度を増した無数の水塊すいかいが後を追い掛けてくる。

「逃げてるだけじゃ練習にならないよ~。ほらルーちゃんも魔法を使って反撃しないと」
「そんなっ……ことっ……言われてもっ……」

 容赦のない連弾を避けるのが精一杯で魔法の行使はおろか、まともに言葉を紡ぐ間もない。

 一応、魔法を行使するにあたって、無詠唱、あるいは詠唱を簡略化する技術があるにはある。

 しかし、どちらも非常に難しく、どうしたって威力は損なわれるし、無詠唱に至っては杖などの補助なしではまともに発動しない。

 ましてこの鬼のような魔法の雨の中では集中する事もままならず、難易度の高いそれらの技術を行使する隙もなかった。

「ん~……。流石に『水の礫これ』ばっかりっていうのもあれだし、別の魔法も使おうかな?」
「っ今!」

 水弾の雨が止み、姉が別の魔法を行使すべく詠唱を口にしようとした瞬間、私は思いっきり踏み込んで一気に距離を詰める。

「あら?」
「〝風よ〟━━『北風の戒めリヴェンカース』!」

 姉が唱えるよりも先に言霊を削った私の魔法が発動し、枝分かれした風が相手を捕らえようと手足に絡みついていく。

「む、これは……ふぅん、ルーちゃんは風の魔法が得意なのかな?」

 魔法で手足の自由を奪われてなお、姉は余裕な態度を崩さない。

 詠唱を省いた分の威力不足は距離を詰める事で補った。

 まだ口は動くだろうけど、この魔法は手足の自由だけでなく相手の体温も奪うのですぐに舌も回らなくなる。

 いくら余裕を見せようとこれで決着の筈だ。

「ふふっ、どうやらルーちゃんはこれで勝ったつもりみたいだね……っと」

 完璧に決まった筈の拘束魔法が姉の軽い掛け声と共に霧散した。

「……は?」

 いやいや、流石にこれは理不尽が過ぎる。詠唱を省いたとはいえ、これだけ近い距離で放ったこの魔法は弱い魔物くらいなら完全に動きを封じる事が出来る代物だ。

 実際試したわけではないが、それでも見るからに非力そうな姉が力ずくで破れるものじゃない。

「━━隙だらけだよ。『泥土の招き手アドロードイン』」
「っ……!」

 あまりの出来事に呆けてしまい、拘束を解いた姉から反撃がくる可能性を失念していた。

 姉はさっきの意趣返しと言わんばかりに詠唱を省いた拘束魔法を放ってくる。

『水の礫』によってぬかるんだ地面から水気をたっぷりと含んだ無数の泥の手がこちら目掛けて飛んできた。

「う、『暴風の微笑ウェンリース』!!」

 迫る泥の手を前に動揺していた私は反射的に威力も何も考えず、風の魔法を目の前で炸裂させた。

「ぐっ……!?」

 自分で発生させた暴風に身体を取られて宙を舞い、上下左右もわからないくらい景色が目まぐるしく変わる。

 やっぱり何も考えず、詠唱を省いたのは不味かった。本来なら省いた分、威力が衰えるはずなのに完全詠唱したさっきの『暴風の微笑』よりも明らかに強い。

やばい━━この高さから落ちたら━━どうする━━魔法で━━

「……ってむ、無理ぃぃぃっ!?」

 ここまで作り上げてきた人物像と大人ぶった口調が崩れるのも気にせずに恥も外聞もかなぐり捨てて叫ぶ。

 そこに考える余裕などなく、ただ落下とその先への恐怖で本能のままに叫ぶ事しか出来なかった。

「━━『そよ風の独奏ソーリズロ』」

 叫び声が空に響く中、姉の呟くような詠唱と共に風がふわりと舞い上がり、私の体を包み込む。

「う、へ……?」

 そのまま風に乗って緩やかに地面へと下ろされた私は落下の恐怖から解放された安堵のせいか、まともに思考が回らない。

「もう、ルーちゃんったら、さっき魔法を使う時は気を付けてって注意ばかりでしょ?」

 姉が怒ったように頬を膨らませ、片目を瞑りながらゆっくり近づいてくる。どうやら姉の魔法に助けられたらしい。

「あ、う……うん、ごめん……」

 ようやく落ち着き、回り始めた頭を働かせて謝罪を口にする。

 いや……確かに注意されたばかりでまた失敗した私が悪いし、助けてもらったからあれなんだけれど、あんな容赦のない追い詰め方をしてきた姉にも少しは非があると思う。

 まあ、それでも根本的に私の実戦経験不足が一番の原因であることは否めないけど。

「……自分でわかってるみたいだし、これ以上は言わないよ。でも、うん、そうだね。確かにルーちゃんは年の割にしっかり魔法を使えてる……けど、やっぱり問題は実戦経験の少なさかな~」

 さっきの実戦形式練習で姉も私の欠点に気付いたらしく、何かを考え込むようにウンウンと唸っている。

……どうにも嫌な予感がする。なんというか、姉の口からとんでもない言葉が出てくるようなそんな予感が。

「うーん……しょうがない。ルーちゃんはこれからしばらく私と実戦形式の練習だね」
「え……?」

 案の定、嫌な予感は的中したらしい。この一方的な追いかけっこがしばらく続くというのはちょっとした悪夢だ。姉には悪いが、ここは断らせてもらおう。

「えっと、お姉さま?その、ずっと練習に付き合ってもらうのも悪いし、後は自分で……」

 断りの言葉を言い切るよりも早く、姉が笑顔で私の手を掴んだ。

「じゃあ、とりあえず今日のところはもう二、三回続けてやろっか」
「つ、続けて?今から?」

 信じられない一言に思わず目を見開いてそのまま聞き返す。

 流石にそれは冗談だよね?さっきの攻防で魔力はともかく体力的に限界が近いから、もう姉の魔法を避けられる気がしないんだけど。

「うん、もちろん。だってまだ日が高いから時間はたっぷりあるでしょ?」
「そ、それはそうだけど……その、私が限界というか……」

 小首を傾げる姉から視線を逸らし、どうにか逃れようと理由を言い連ねるが、いまひとつ効果あるとは思えない。何を言っても聞き流されている、そんな気がした。

「大丈夫、大丈夫。自分で限界だって思っても意外と動けるものだから」
「いや、ちょっ、無理だから!ま、待って、引っ張らないで!」

 抵抗虚しく笑顔で押し切られ、その細腕からは想像できないくらい強い力でぐいぐいと引っ張られる。

「それに限界なら限界で、もっと追い込めばその限界を超えられるかもしれないよ?だから頑張ろー」
「い、いや、無理だってばぁぁぁっ!?」

 半ば引きられる形で連れていかれた私はその後、心身共に限界ぎりぎりまでボロボロにされては治されるを繰り返して一日を終える事になった。
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