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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

第3話 筒抜けな秘密とお姉ちゃんの意外な一面

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「ルーちゃんは本当に本が好きだよね~。私は難しくてさっぱりだよ~」

 笑顔を浮かべながら入ってきた姉の言葉を無視するように私は目を細めて口を開いた。

「……ついてこないでって言った筈だけど?」
「言われたけどお姉ちゃんはうんって言ってないもん」

 私の険を込めた言葉なんてどこ吹く風と聞き流す姉。確かに返事も聞かずにその場を離れたのは私だが、まさか姉がここまで追い掛けてくるとは思ってなかった。

「それはそうだけど……別に用はないんでしょ?」
「うん、でもやっぱりルーちゃんが心配かなーって」

 曖昧な笑みを浮かべる姉の様子から察するに、先程の会話が原因だろう。

 私とあの人を重ねて、いなくなってしまうのではないかと危惧した結果、ここまで追いかけてきたに違いない。

「……私、もう行くから。今度こそついてこないでね」

 姉の横を通り過ぎ、扉に手をかけながらついてこないようにもう一度念を押す。正直、今日の姉に言っても無駄な気はするが、それでも言わずにはいられなかった。

「あ、ルーちゃん待って~」
「…………」

 案の定、姉が制止を聞かずに私の隣に並んでついてくる。

 この後、魔法の練習をしようと思っているので、このまま付きまとわれるのは非常に困る。

「ねぇねぇ、ルーちゃんどこいくの?」
「どこでもいいでしょ。お姉ちゃ……お姉さまこそ私に構ってばかりでいいの?」

 しつこく食い下がる姉に対し、私は質問を質問で返す。

 姉が私にあの人を重ねるのは勝手だ。

 けれどそれで無用な心配を抱き、私に付きまとうのは間違っている。

「うん。別に急ぐような用事もないし、今日はルーちゃんに付きっきりだよ!」
「……だからそれはやめてって言ってるでしょ」

あからさまに態度で表しているのにそれでも折れない姉が厄介過ぎる……。

 ここまでくると、いっそ全部を無視して一切の会話に応じないくらいでないと姉は諦めないだろう。

「あ、もしかして魔法の練習をするのかな?だったらお姉ちゃんがお手伝いしようか?」
「…………えっ」

 どうしようかと悩んでいるところに聞こえてきた姉の何気ない一言に私は思わず立ち止まり、呆けたような声を漏らしてしまった。

「ん?そんなに口をぽかんと開けてどうしたのルーちゃん」

 そんな私の様子に気付いたらしい姉が小首を傾げて訪ねてくるが、こっちはそれどころかじゃない。

 私の頭の中はずっと隠していた筈なのにどうして姉がその事を知っているのかという疑問でいっぱいいっぱいだったのだから。

「ど、どうして……」
「どうしてって、何が?」

 何を聞いているのか本当にわからないらしく姉は再度首を傾げて問い返してくる。

 我が姉ながらその仕草はとても可愛らしく、もしここがエルフの集落でなければさぞ持てはやされたにちがいない。

「…………私が魔法の練習してる事、知ってたの?」

 まあ、妹の私から見れば姉の可愛いらしさなんてイラッとくる要因でしかなく、おかげで幾分か冷静になることができた。

「知ってるも何も魔法を使ったら気配で分かるでしょ?」
「気配?」

 この姉は何を言っているのだろう。

 さも当たり前のように分かるでしょと言われても私にはわからないし、魔法を教えてくれたあの人からもそんな話聞いた事がない。

「うん。こう、ぼんやりとあ、あの人が魔法使ってるな~ってわかるんだけど……」
「……少なくとも私はそんな気配なんてわからないよ」

 え、本当にわからないの?と姉が困惑した視線を向けてくるが、わからないものはわからない。

 話から察するに姉は感覚で魔法を構成する力……いわゆる魔力を感じ取っているのだろう。

 これは本で得た知識だが、魔力という言葉が明確に出来たのはほんの百年ほど前。

 それ以前も魔力という言葉は存在していたものの、人々に広まり認知されたのは百年前にとある人間が生涯の研究を流布した事がきっかけらしい。

 まあ、エルフの間ではそれより前から魔力という言葉を使っていたようだが、それを今掘り下げてもしょうがない。

 ともかく本によれば魔力とは人に限らず全ての動植物に備わっている力でそれを変換して現象を操る、あるいは起こすのが魔法……だと私は解釈した。

 この解釈が正解なのかはわからないし、確かめる方法はないが、魔法を使うことで魔力が目に見える形で現れるのは確かだ。

 だからそれを感じとる事は不可能じゃないと思う。

 匂いや味、音、あるいは目に映る光景、五感で事象を感じる事が出来るのと同じように魔力が感じ取れてもおかしくない筈だ。

 とはいえそんな器用な真似、誰にでも出来るわけじゃない。

 魔力を探知する修練をするか、姉みたいに感覚でわかるような才能がなければまず無理だろう。

 少なくともこの集落にある数千冊の本の中には魔力を探知するすべなんて載ってなかったし、たぶん私に魔法を教えてくれたあの人もそういう技能がある事自体を知らなかった。

 でなければ魔法を教えようとする時、姉から隠れるようにこそこそしていた意味がない。

「そっか~……私でも分かるから賢いルーちゃんならそれくらい分かると思ってたよ~」
「あ?」

 この姉は人の事を小馬鹿にしているのだろうか。

……いや、天然なのはわかってる。けれど言葉の選び方、使い方がいちいちこちらを煽るように聞こえるのは私の気のせいだろうか。

「え……ルーちゃんどうしたの?なにか怒ってる?」
「……別に怒ってないし」

本当に怒ってない。イラッときたけど大丈夫、私は我慢出来る子だ。姉がこうなのは今に始まった事じゃない。大丈夫、大丈夫……。

「そ、そう。ならいいけど……まあでもルーちゃんなら大丈夫。すぐにわかるようになるよ!」
「…………お姉さまはいつからその気配がわかるようになったの?」

 心を落ち着けて色々と言いたい事を呑み込み耐えた私は胸の内に沸いた疑問を解消すべく姉へと尋ねた。

「んー……確か三年くらい前だったかな?魔法の練習をしてたらこう……うっすらと何かを感じるような気がしてね。そこからかな」

 三年前……それならあの人が生きている時に姉が何も言わなかったのも頷ける。

 もし、五年よりも前……あの人が生きている時に姉が気付いていたのなら私は魔法を学ぶ事が出来なかっただろう。

「……ん?待って、じゃあお姉さまは三年前から私が魔法の練習をしてることに気付いてたの?」
「そうだよ?」

 つまり姉は七才の私が魔法の練習をしているのを知りながら止めなかったという事になる。

 姉の性分を考えれば意外……というか十才の今ですらバレたら絶対に止められると思っていただけに驚きを禁じ得ない。

「ルーちゃんったらそんなに驚いた顔してどうしたの?」

 どうやら思っていたよりも驚きが顔に出ていたらしい。姉が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。

「いや、別に……」

 逃げるように顔を逸らした私の反応を見て、姉は唸りながら眉を寄せ難しげな表情を浮かべた。

「むむむ……もしかしてルーちゃんってば私に止められるって思ってたの?」
「えっと、それは……」

 ここまでの会話の流れを考えれば姉に言い当てられても不思議はない。しかし、わかっていても動揺はするもので、つい口ごもってしまう。

「まあ、普段の私を見てたらそう思うのも無理ないかもだけど」
「じ、自覚あったんだ……」

 何度やめてと言っても聞かなかった姉に自分が過保護だという自覚があった事を知り、思わず素直な感想が漏れる。

「自覚……というか、周りを見てたら、ね。他の人と比べて私は心配し過ぎかなって」
「そう、なんだ」

 少し俯き気味にらしくない愛想笑いを浮かべる姉。

 確かに姉は過保護だと思う。

 けれどそれを他の……あのエルフ達と比べて自覚するのはどこか納得がいかなかった。

「……でも、私は変わらないよ。他の人がどうでも私はルーちゃんの事が心配なんだもん。だから迷惑かもしれないけど我慢して付き合ってね。ルーちゃん?」

 さっきの似合わない愛想笑いとも普段見るふわふわした笑顔とも違う悪戯っぽい笑みを浮かべる姉に見て、私はようやく自分が勘違いしていた事に気付いた。

「……お姉さまって見かけによらず我が儘だよね」
「む……我が儘なのは否定しないけど、見かけによらずってどういう意味かな~?」

 頬を膨らませて詰め寄ってくる姉を適当にあしらいつつ、私は止めていた足を動かして、いつも魔法の練習をしている場所に向かって歩き始める。

「あ、ルーちゃん待ってよ~」

 慌てて後を追ってくる姉。先程のやり取りから、ここで再びついてこないでと言ったところで姉には無意味だろう。

「……ついてくるならきちんと魔法の練習に付き合ってよ」
「え、いいの!?」

 止めても無意味ならいっそ姉の言う通りにしようと思い、ぼそりとそう口にする。

 まあ、そもそも魔法の練習をしている事が姉に知られると困るからと同行を断っていただけなので、すでに知られているなら特に拒否する理由もない。

「良いも何もどうせついてくるつもりだったんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……まさかルーちゃんが許してくれるとは思わなくて」

 余程驚いたのか、あたふたしている姉の姿が何故だか少し可笑しくて思わずくすりと笑いを溢してしまった。

「っルーちゃんが笑った!」
「……そりゃ、私だって笑う事くらいあるよ」

 なんてない事なのに、ただ笑っただけで子供のようにはしゃぐ姉の反応を見ると何故だか少しばつが悪くなり、無意識の内に口を尖らせる。

「ふふっ……ルーちゃんってば可愛い」

 そんな私の様子を見て目を細めて微笑む姉。

 さっきまであたふたしたり、はしゃいだりと子供じみた行動していたくせして、急に姉らしい大人びた表情を見せるのだからたちが悪い。

「…………そうやって私の事からかうならおいていくからね」
「ええっ!?待って~」

 ふわふわしてぽわぽわして子供っぽくて姉らしい姉の事が私はやっぱり苦手だ。
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