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第三話

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 学校は東京の街から離れた丘の上にあり、下まで階段で繋がっている。近くを通れば目立つ建物ではあるが、私立高校ということになっているので近寄る人はいない。

 校舎を出た結斗、川喜田と晴輝は、駅に向かっていた。東京の昼間は人であふれ返っている。

「何で今度は電車なんですか?」

 颯爽と前を歩く川喜田の姿を見失わないように、速足で歩きながら結斗が尋ねる。

「魔力をあまり消費したくないからです。ちなみにお金はありますか?」

 トイレから瞬快移動し、まだ教室に戻っていないので財布も携帯も持っていない。結斗は髪をポリポリと掻いて苦笑する。

「持ってません」
「ボクが出すよ」

 結斗に歩幅を合わせて歩いている晴輝が、ブランド物の財布をズボンのポケットから取り出す。

「わりぃ……家に着いたら返すよ」

 駅につき、三人は切符を購入して電車に乗った。勤務時間のため比較的人は少ないが、それでも観光客がたくさんいる。結斗と晴輝は隣同士で、その前に川喜田が椅子に座る。結斗は、何も言わずにただ前を見つめる晴輝に話しかけた。

「ベルトってどういう仕組みなんだ?」

 微笑をずっと浮かべたまま晴輝が丁寧に説明する。

「ランクには、太陽系の惑星にちなんだ名前がある。地球ランクは存在しないから、全部で七つのランク。細かい基準があるけど、そこは覚えなくていい。一番上の海王星ランクは黒ベルト。日本で六人ほど」

 川喜田春子、佐神涼真、四條智尋は三人とも黒ベルトだ。この半日で結斗は日本に六人ぐらいしか存在しない海王星ランクの内、三人と会っているのだ。

「そこから赤ベルトと白ベルトの人がいるんだけど、君が茶ベルトと知れば偉そうな態度をとるかもしれないから、適当に流してね」

 水《すい》、金《きん》、火《か》、木《もく》、土《ど》、天《てん》、海《かい》の順番にランクが上がっていく。下から三つの水星から火星まで茶ベルトらしい。

「晴輝は茶ベルトだけど何ランクなんだ?」

 結斗を襲った魔神との戦闘を見る限り、それなりに強そうではある。茶ベルトの中でも一番上の火星ランクのはずと人は思うだろう。

 晴輝は首を大袈裟に傾げて恍けた声で聞き返す。

「茶ベルトだけど?」
「うん、だから、その中でもどのランク?」
「うーん、茶ベルトのランク」
「うん。分かった」

 笑顔で誤魔化す晴輝としばらく見つめ合った後、結斗は大人しく引いた。質問の意味を理解していないようではなく、はぐらかすような言い方をしている。昔からしつこく聞くようなタイプではない結斗は話題を変えた。

「魔術師って魔術が使えるのか? 晴輝は使ってなかったようだけど」
「うん、でも十人十色。遺伝じゃない限り使える魔術が被ることは無い」

 どうやら魔術はコピーや血の繋がった家族でない限り、誰かと一緒になることは無いらしい。そして魔術師の家系に必ず魔術が使える子供が生まれるというわけでもない。

 先程情報収集関係の魔術が使える人がいると晴輝が言っていたが、似た物を持っている人がいても何かしら違う。

「晴輝が使える魔術は何だ?」

 再び晴輝は満面の笑みで首を傾げた。

「体術なら得意だよ」
「いや、それ魔術じゃないだろ」
「魔術じゃないね」

 この質問にも答える気がなさそうな晴輝は、戸惑う結斗を傍らに電車に貼られているポスターを眺めた。結斗も考えることを諦めたかのように天井を仰ぐ。電車に揺られること数十分、やっと結斗の家の近くの駅に着いた。

「じぃちゃんとばぁちゃん怒ってないと良いんだけど……」

 トイレに行ったきり学校から姿を消したことは彼らの耳にも届いているはずだ。

 数分ほど歩いて、町の一角にある色褪せた緑色のアパートまで来た。二階に上って深呼吸をしてから結斗は家のインターフォンを鳴らした。あいにく鍵も学校にある。

「はーい」

 祖母が呑気な声でドアを開ける。ドアの先にいる結斗を見た後に、うんうんと頷いた。

「やっぱりね。ほらあがってあがって」

 祖母の平然とした態度に結斗が唖然としていると「ほら早く」と祖母が急がせた。

「え……うん」

 三人が家に入ると、祖父が椅子に座って指先で机の上をトントンと叩いていた。結斗と視線を交わすと目を剥いで口を開けたが、後ろにいる川喜田と晴輝のことを見て口を閉じた。

 祖母は結斗の部屋から彼の勉強椅子を取ってくると、黙ったまま結斗を睨んでいる祖父の隣に置いた。

「お座りになって」
「「ありがとうございます」」

 客人が座った後に祖母も腰を掛けた。結斗は祖父から離れて祖母の隣に立つ。

「魔術師の話でしょう?」

 微笑みながら誰も予想していなかったことを言い出す祖母。結斗と祖父は目を丸くしているが、川喜田と晴輝はやはり反応が薄い。

「そうです。本日は勝手に結斗さんを学校から連れ出してすみません。大丈夫でしたか?」

 川喜田が頭を下げると、祖父は大きく息を吐いた。

「電話がかかってきたが、ばぁちゃんの冷静な判断でどうにかなった。鞄も部屋にあるぞ、結斗」

 祖父の落ち着いた返事を聞いて、結斗はホッと胸を撫で下ろした。

「魔術師の学校に転入することになりますが……本校のことはご存じで?」
「ええ、でも詳しくはないわ。ちょっと話を聞いたことがあるだけ」

 今まで一度も魔術師の話をしたことが無いのに、祖父母は魔術が存在することを知っていたらしい。

「そうですか。では、結斗さんが転入することには同意しますか?」

 祖父母は同意する前に結斗に意見を聞いた。

「俺は……正直魔術界が面白そうだと思うんだ。それに、自分で自分のことを守れるようになりたい」
「魔術界は危険だぞ。面白半分で飛び込んでもロクなことにならない」

 目を輝かせていた結斗に祖父が冷たく言い放つ。彼の言葉に川喜田が頷いた。

「その通りです。魔術に興味を持つのは悪いことではありませんが、全てがキラキラしているわけではないのですよ」

 彼女の警告に、結斗はごくりと唾を飲み込んだ。魔術界は童話に出てくる魔法のように美しいものばかりではないらしい。魔神も襲ってくるのがいる様に、必ずしも身の安全が保障されるわけではない。

「それでも俺は行きます。そっちの世界の方が俺に合ってると思うんです」

 祖父母は顔を見合わせると、祖父が仕方なさそうに肩を竦めた。

「いいだろう」
「分かりました。では結斗さんは寮に行けるように準備してください」

 結斗は自分の部屋に向かおうとしたが、祖父に呼び止められた。

「……作ると約束してたプラモデルはどうする」
「あー、夏休み……が存在すれば一緒に組み立てよう」

 川喜田が満面の笑みで、「ありますよ」と言った。祖父は満足したのか結斗に部屋に行くように促す。一方の祖母は目を伏せており、一言も発しない。彼女の異変にいち早く気付いたのは祖父で、彼女の背中を優しくさすった。

「結斗の両親が亡くなって以来、ずっと一緒に暮しているんだ。また会えるって分かっていても寂しい」

 祖父の言葉に頷き、祖母は川喜田のことを真っすぐ潤んだ目で見た。

「彼の両親がいればもっと良かったでしょうに。結斗の父親は凄い人だったのにねぇ……枳殻直人なおとはご存じで?」

 川喜田の笑みが一瞬にして消えた。

「枳殻先生……のことですか?」
「ええ、彼は教師……ってあら嫌だ私、極秘情報を漏らしちゃったわ」

 わざと言ったようにも聞こえるが、彼女の心理は誰にも分らない。

 川喜田はしばらく視線を泳がせた後、頭を横に振って笑顔を戻した。

「他人には言わない方が良いですか?」
「そうね、結斗が最強の魔術師に言うか、もしくは一生言わないか。そういう約束を直人と交わしたので」

 祖母の意志を川喜田がくみ取り、彼女は「承知いたしました」と言って頭を下げた。
 祖父はやれやれ、と言って首を横に振る。晴輝は窓の外の景色を静かに眺めている。

 その後、結斗が部屋で準備をしている間に川喜田は魔術師育成高等学校の詳しい説明をした。大きめのスーツケースとリュックを持った結斗が部屋から出てくると、お別れの時間が来た。

「これは生活費。失くさないように」
 祖母は現金が入った分厚い封筒を結斗に手渡しした。直後に、祖父が中まで透き通って見える紫色の石を持ってくる。

「これは魔除けだから大事にして持ち歩くんだぞ、いいな?」

 家に魔神がいなかったのは、この魔除けのお陰だったらしい。

 結斗はさきほど着替えたトレーナーパンツのポケットに魔除けを入れると、二人にお礼を言った。

「ありがとう。夏休みに来るから待っててな」

 そうして、結斗、川喜田と晴輝は家から出て、学校へ向かった。
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