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第二話
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「……はい?」
結斗の口から素っ頓狂な声が出る。
晴輝の言っていることが全く伝わっていないのを見て、川喜田が一歩前に出た。
「この世界には魔神というモノが存在します。弱いのは人に手を出しませんが、強いのは人を殺してより強くなろうとします。それを止めるのが私達、魔術師の仕事です。さっきの魔神は比較的弱い方でしたが、貴方があれを見ることができるのは貴方もこちら側の人間ってことです。なので、魔術師になりませんかって話です」
適度に相槌を打ちながら、結斗は川喜田の話を最後まで聞いた。
結斗が今まで「妖怪」と思っていたモノは、実は「魔神」で彼はそれが見えるから魔術師になれる。
「ちなみに君が魔術師になるって言うなら、ボクと一緒の魔術師育成高等学校に通うことになるよ」
今まで学校に特に不満は無かったが、かといってここが自分の居場所なのか、結斗にはよく分からなかった。他の人と仲良くできても、心ここにあらずといったような。もしかしたら自分は魔術界に向いているのでは、と思い結斗は言い切った。
「魔術師になります。さっきみたいに一人の時に襲われたら嫌なので、自分で自分の身を守る術を身につけたいです」
早い決断だったが、結斗の顔はしっかり前を向いている。
「それでいいでしょう。では時短のために少々荒い手を使います」
川喜田が晴輝と結斗の肩に手を乗せる。晴輝が身を強張らせたのを見て、結斗は眉間に皺を寄せた。
「今から――」
「瞬間移動」
男子トイレの空間がぐにゃりと歪み、三人は何もない暗闇に吸い込まれていった。どこを見ても黒で唯一見えるのはお互いの姿。結斗が何かを言おうとするが、言葉は音を出すことなく暗闇に吸収される。二、三秒ほど漂っていると、今度は全方位から光が迫り三人を飲み込んだ。目も開けていられないほど眩しい光が収まると、そこには男子トイレと全く別の世界が広がっていた。
目の前には丸太で作られた立派な建物。窓から学生が見えることから、校舎なのだと分かる。学校の眼下には見晴らす限り高層ビルと、せわしなく動き回る観光客とサラリーマンが見える。草の匂いが風に乗って運ばれ、校舎の方からは生徒の笑い声がする。結斗はその絶景に目が釘付けになる。
「すげぇ……」
結斗と晴輝の肩から手を離した川喜田は、校舎に向かって歩き出す。
「ようこそ魔術師育成高等学校、東京校へ」
晴輝が川喜田について行くと、結斗も我に返って彼らの後を追った。
学校は中央の応接室と両サイドにある二階建ての大きな校舎ででてきており、後ろには体育館、運動場と校長室がある。右側には四階建ての寮がずっしりと立っており、その窓は初夏の空を映し出している。
川喜田が応接室に二人を案内すると、中では既に二人の男性がソファに腰を掛けていた。部屋の中心にはガラスで囲われた吹き抜けがあり、幹がぐねぐねと曲がった木が一本生えている。男性二人は真剣な面持ちで話し込んでおり、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
右側に座っている男性は水色の髪が特徴的で、筋肉質な体である。顔も整っており、一重の目はクールな印象を与える。
一方で左側に座っている男性は右側と比べて、糸目のせいか知的に見える。
この学校の制服である白シャツと黒ズボンに加えて、男性二人は紫色のジャケットを羽織っている。
「佐神《さがみ》先生、四條《しじょう》先生、例の人を連れてきました」
晴輝に呼ばれた右側にいる佐神と、左側にいる四條が会話を止めた。二人とも結斗のことを黙ったまま凝視している。
「座りましょう」
川喜田が男性二人の向かい側にあるソファに座ると、結斗と晴輝も続けて座った。
「君、名前は?」
「枳殻結斗です」
広くはっきりした声色の佐神の問いに、緊張してやや震えている声で結斗が答える。佐神は何も反応しなかったが、四條はほとんど閉ざされているように見える目を少し開けた。
「君に――」
「待て、今はそれじゃない」
四條が何かを言いかけたが、もう一人の男性が手で制した。
「俺の名は佐神《さがみ》涼真《りょうま》。こっちが四條《しじょう》智尋《ちひろ》。ここにいるってことは、学校に入るつもりだよね?」
結斗が頷いたのを確認して、佐神が続ける。
「結斗にちょっと質問したいけど、時間あるかな?」
頼まれたら断れないキラキラした佐神の笑みに結斗は押されて、考える前に頷いた。
「魔術って使えたりする?」
「使えません」
佐神は神妙な顔で顎を撫でた。
「魔神は見えるかい?」
「はい、一応」
「春子先生」
物音一つ立てずに座っていた川喜田に、佐神が体を向ける。彼女は笑顔で、「何でしょう」と尋ねた。
「彼のことで学んだことは?」
「魔術界について何も知らないみたいです。でも、魔神たちが噂しているのは彼で間違いありません」
自分が魔神の間で噂になっていると聞き、目を丸くする結斗。隣に座っている晴輝が結斗に耳打ちする。
「ここには情報収集関係の魔術が使える人がいて、彼女からの情報。でも大丈夫、学校《ここ》にいれば安全だから」
納得のいかない表情の結斗だったが、晴輝の優しい話し方には説得力があった。一方、川喜田と話し終えた佐神は結斗の方を向いた。
「この学校は政府が学費を払っているからいいけど、寮は自費だよ。大丈夫かな?」
「寮に入らないといけないんですか?」
結斗がわずかに顔を顰めて聞くと、佐神は落ち着いた声で説明した。
「うん。結斗くんの場合は保護者が魔術師じゃないだろうから、彼らの安全のためにも君には寮に入ってもらう。もちろん、休暇の時には会いに行けるよ」
祖父母と会えなくなることは嫌だ、と思っていた結斗だが彼らが安全に暮らすには寮に入るしかない。加えて、神奈川から東京の学校に毎日通うとなると交通費がかさんでしまう。
「……分かりました。寮に入ります」
少し暗い声で結斗が承諾すると、佐神は楽しそうな顔で両手を叩いた。
「今から君の保護者の家に春子先生と行って、彼らに報告してくれ。あと必要な物を準備して、今日から寮に入れるようにすること。君達がいない間に俺と四條先生は入学と魔術師の登録の手続きをしてくる。晴輝くんは結斗くんに同行してくれる?」
「了解です」
晴輝が歯切れのよい返事をすると、佐神が立ち上がって大きく伸びをした。
「あと結斗くん」
「はい?」
「魔力の使い方から勉強しないといけないから、君は最低ランクから始まるよ。ランクは違うけど晴輝くんと一緒の茶ベルトだ。んじゃ、また」
そうして、枳殻結斗は魔術師のランクで下層三ランクが付ける茶ベルトをつけることになった。しかも下層三ランクの中でも最低ランクである。
結斗の口から素っ頓狂な声が出る。
晴輝の言っていることが全く伝わっていないのを見て、川喜田が一歩前に出た。
「この世界には魔神というモノが存在します。弱いのは人に手を出しませんが、強いのは人を殺してより強くなろうとします。それを止めるのが私達、魔術師の仕事です。さっきの魔神は比較的弱い方でしたが、貴方があれを見ることができるのは貴方もこちら側の人間ってことです。なので、魔術師になりませんかって話です」
適度に相槌を打ちながら、結斗は川喜田の話を最後まで聞いた。
結斗が今まで「妖怪」と思っていたモノは、実は「魔神」で彼はそれが見えるから魔術師になれる。
「ちなみに君が魔術師になるって言うなら、ボクと一緒の魔術師育成高等学校に通うことになるよ」
今まで学校に特に不満は無かったが、かといってここが自分の居場所なのか、結斗にはよく分からなかった。他の人と仲良くできても、心ここにあらずといったような。もしかしたら自分は魔術界に向いているのでは、と思い結斗は言い切った。
「魔術師になります。さっきみたいに一人の時に襲われたら嫌なので、自分で自分の身を守る術を身につけたいです」
早い決断だったが、結斗の顔はしっかり前を向いている。
「それでいいでしょう。では時短のために少々荒い手を使います」
川喜田が晴輝と結斗の肩に手を乗せる。晴輝が身を強張らせたのを見て、結斗は眉間に皺を寄せた。
「今から――」
「瞬間移動」
男子トイレの空間がぐにゃりと歪み、三人は何もない暗闇に吸い込まれていった。どこを見ても黒で唯一見えるのはお互いの姿。結斗が何かを言おうとするが、言葉は音を出すことなく暗闇に吸収される。二、三秒ほど漂っていると、今度は全方位から光が迫り三人を飲み込んだ。目も開けていられないほど眩しい光が収まると、そこには男子トイレと全く別の世界が広がっていた。
目の前には丸太で作られた立派な建物。窓から学生が見えることから、校舎なのだと分かる。学校の眼下には見晴らす限り高層ビルと、せわしなく動き回る観光客とサラリーマンが見える。草の匂いが風に乗って運ばれ、校舎の方からは生徒の笑い声がする。結斗はその絶景に目が釘付けになる。
「すげぇ……」
結斗と晴輝の肩から手を離した川喜田は、校舎に向かって歩き出す。
「ようこそ魔術師育成高等学校、東京校へ」
晴輝が川喜田について行くと、結斗も我に返って彼らの後を追った。
学校は中央の応接室と両サイドにある二階建ての大きな校舎ででてきており、後ろには体育館、運動場と校長室がある。右側には四階建ての寮がずっしりと立っており、その窓は初夏の空を映し出している。
川喜田が応接室に二人を案内すると、中では既に二人の男性がソファに腰を掛けていた。部屋の中心にはガラスで囲われた吹き抜けがあり、幹がぐねぐねと曲がった木が一本生えている。男性二人は真剣な面持ちで話し込んでおり、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
右側に座っている男性は水色の髪が特徴的で、筋肉質な体である。顔も整っており、一重の目はクールな印象を与える。
一方で左側に座っている男性は右側と比べて、糸目のせいか知的に見える。
この学校の制服である白シャツと黒ズボンに加えて、男性二人は紫色のジャケットを羽織っている。
「佐神《さがみ》先生、四條《しじょう》先生、例の人を連れてきました」
晴輝に呼ばれた右側にいる佐神と、左側にいる四條が会話を止めた。二人とも結斗のことを黙ったまま凝視している。
「座りましょう」
川喜田が男性二人の向かい側にあるソファに座ると、結斗と晴輝も続けて座った。
「君、名前は?」
「枳殻結斗です」
広くはっきりした声色の佐神の問いに、緊張してやや震えている声で結斗が答える。佐神は何も反応しなかったが、四條はほとんど閉ざされているように見える目を少し開けた。
「君に――」
「待て、今はそれじゃない」
四條が何かを言いかけたが、もう一人の男性が手で制した。
「俺の名は佐神《さがみ》涼真《りょうま》。こっちが四條《しじょう》智尋《ちひろ》。ここにいるってことは、学校に入るつもりだよね?」
結斗が頷いたのを確認して、佐神が続ける。
「結斗にちょっと質問したいけど、時間あるかな?」
頼まれたら断れないキラキラした佐神の笑みに結斗は押されて、考える前に頷いた。
「魔術って使えたりする?」
「使えません」
佐神は神妙な顔で顎を撫でた。
「魔神は見えるかい?」
「はい、一応」
「春子先生」
物音一つ立てずに座っていた川喜田に、佐神が体を向ける。彼女は笑顔で、「何でしょう」と尋ねた。
「彼のことで学んだことは?」
「魔術界について何も知らないみたいです。でも、魔神たちが噂しているのは彼で間違いありません」
自分が魔神の間で噂になっていると聞き、目を丸くする結斗。隣に座っている晴輝が結斗に耳打ちする。
「ここには情報収集関係の魔術が使える人がいて、彼女からの情報。でも大丈夫、学校《ここ》にいれば安全だから」
納得のいかない表情の結斗だったが、晴輝の優しい話し方には説得力があった。一方、川喜田と話し終えた佐神は結斗の方を向いた。
「この学校は政府が学費を払っているからいいけど、寮は自費だよ。大丈夫かな?」
「寮に入らないといけないんですか?」
結斗がわずかに顔を顰めて聞くと、佐神は落ち着いた声で説明した。
「うん。結斗くんの場合は保護者が魔術師じゃないだろうから、彼らの安全のためにも君には寮に入ってもらう。もちろん、休暇の時には会いに行けるよ」
祖父母と会えなくなることは嫌だ、と思っていた結斗だが彼らが安全に暮らすには寮に入るしかない。加えて、神奈川から東京の学校に毎日通うとなると交通費がかさんでしまう。
「……分かりました。寮に入ります」
少し暗い声で結斗が承諾すると、佐神は楽しそうな顔で両手を叩いた。
「今から君の保護者の家に春子先生と行って、彼らに報告してくれ。あと必要な物を準備して、今日から寮に入れるようにすること。君達がいない間に俺と四條先生は入学と魔術師の登録の手続きをしてくる。晴輝くんは結斗くんに同行してくれる?」
「了解です」
晴輝が歯切れのよい返事をすると、佐神が立ち上がって大きく伸びをした。
「あと結斗くん」
「はい?」
「魔力の使い方から勉強しないといけないから、君は最低ランクから始まるよ。ランクは違うけど晴輝くんと一緒の茶ベルトだ。んじゃ、また」
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