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魔術展覧会編

第7話

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そこには驚くべき鑑定結果が示されていた。

「解析できたか!どれどれ?….って、なんだよこれ?」


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 ◎ 鑑定対象者:チェス

 ■ 種族: 神霊 ■

 ■ 適性
 ・全属性適性
 ・全属性耐性 ・精神耐性 
 ・今後拡張の可能性あり

 ■ 特殊能力
 ・収納(マジカル・クローゼット)
 ・神の模倣御手(コピーキャット・ディバイン)
 ・今後スキルを新たに獲得する可能性あり

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解析は完了した。しかし、完全にこの結果を目にしたブライゼ含む一同は固まってしまった為、場を和ませる必要があった。ボクは適当に猫っぽく鳴いてみる事にした。

「にゃあん」

特に何も思いつかなかった。いや、これしかなかった。再び一同には沈黙が訪れる。

「えっと…チェスさんってもしかして….神様なんですか?」

ユーディットが呆然と呟いた。ボクは即座に否定をする。

「いやいやいや!!ボクが神様!?ナイナイ、それは絶対にないっ!!」

「でもよ、種族に神霊って出てるぜ?アンタもしかしてただのケットシーじゃなかったって事かよ!?」

「いやー、ボクには何の事かさっぱり…」

「でもチェスさん、羽の生えた猫さんにもなれますよね?」

「羽の生えた猫?」

「あっ、うん、それは….どうしようブライゼ…」

「(私に変われ。皆へ説明しよう)」

「お願いします!」

ボクはブライゼに身体の主導権を渡した。そして、ブライゼはいつものようにドラゴンの羽の生えた黒い猫へと変身する。

「やあ、諸君。初めましての方は初めまして。私はブライゼという」

「おお!羽が生えた猫ってこの事か!てか、ブライゼって誰だ?」

「それに関しても説明しよう」

ブライゼはエマに説明した時のように一同にボクの事、ボクが異世界から転成した事と、ブライゼが致命傷を負ったが故にボクのスキルによってボクの精神世界に匿われている事を説明した。

「なーるほどな。つまり、猫を助けて死んだけど、猫の転生枠が一つ空いたからこの世界に転成したと。そんで、アルカンシエル様にも会ってきたと」

「そうです、どうやらその女神様がボクに収納とか、まだ使ってませんけど神の模倣御手というスキルを与えてくれたんです」

「なあ、ちょっと気になる事があるんだけどさ」

「何だ?言ってみろ」

「アタシが作ったこの魔法の宝石のペンダントって、アンタの中に収納できるか?」

「わかりました。やってみます」

イルミナが差し出した赤い宝石が嵌め込まれたペンダントをボクが触る。肉球がペンダントに触れた。

「これで’’収納’’っと…」

ボクがそうイメージすると、ペンダントはすうっとイルミナ達の目の前で消えた。

「おおお!すっげー!本当に消えた!これでアンタの精神世界?に収納されたんだな!」

「もう一度ペンダントを出現させる事って出来ますか?その、チェスさんの中から取り出す、みたいな」

「あー、できるかな…やってみるね」

「チェスよ、今回は私の手助けはなしだ。お前が自分で取り出すのをやってみなさい」

「うう、わかったよ。いつまでもブライゼに甘えてちゃ駄目だもんね」

ボクは再びペンダントを思い浮かべた。すると、ブライゼが休んでいる青空の草原ではない、何処か別の空間が頭の中に浮かんできた。そう、それはまるで女性が着替える服を収納するような空間だった。

「あった!これだね!」

ボクはその空間の中の机の上に乗ったマネキンの首にかけられたペンダントを発見した。そのペンダントに意識を集中させるとーーー

「出た!」
ポンッという音と共に、ボクの手にはイルミナのペンダントが握られていた。

「すげー!!出し入れ可能なのか!」

「うん。でね、さっき説明したみたいに、ブライゼみたいなドラゴンも収納できるから、生き物とかも重さとか高さとか限界なく収納できるんだと思う」

「そして、私はその精神世界で傷を癒しているというわけだ。あれから1日ほど経過したが、ずいぶん傷も癒えてきた。この調子であればあと3日ほどで傷も完治するな」

「もうそんなに治ったの!?凄いや!」

「ふふ、ドラゴンの自然治癒力を舐めてもらっては困る」

そして、その会話にイルミナが割って入る。

「あー、すまん。チェスの解析も終わったし、アタシの話の続きをしていいか?」

「あっ、いいよ!ごめんね、話を大幅に逸らせちゃって!で、何の話をしてたんだっけ?」

「アタシが何でパトローナスの復権を狙ってるかって事と、シャルロットについてだよ」

「それか!ごめんね、話の続きをお願いします!」

「ああ!異世界から来たチェスの為にも説明するとだな、シャルロットっていうのはこの世界がまだ魔王アムダールが支配していた頃に、勇者一行に加わって魔王を倒した英雄さ!一向の中では魔法使いの役割を担っていたんだが、このシャルロットが攻撃魔法を使う傍ら、パトローナスという役職にも就いていてだな、勇者達のサポートに回っていたんだ」

「勇者や戦士が筋力を強化したり、賢者が使う回復魔法の効果を底上げしたりと勇者達を助けた縁の下の力持ちだったんだ。何よりも魔王を倒すきっかけになったのが、パトローナスの支援魔法だな。あの魔法がなきゃ魔王の攻撃だって防げなかったし、魔王に致命傷を与えることもできなかった。今じゃクラフトの魔法が発達した影響で適正なんかでも何もマジックアイテムを生み出せないハズレ枠って言われてるけど、アタシがクラフトの魔法使い達のトップになって、もう一度パトローナスの復権を狙うんだよ!」

「そうだったんだ….シャルロットって凄い魔法使いだったんだね」

「そうだぜ!そして何を隠そう、アタシらがこの魔術展覧会に出す予定のこの人形の名はニアリー・シャルロット!あのシャルロット・クローリーの使う魔術や動作を完全にコピーした魔造人形(ゴーレム)さ!」

「じゃあ、外見なんかも完全にシャルロットその人に似てるって事?」

「そうだな!幸いな事に肖像画とか写真は残ってたから、それを元に造ったって感じだな!で、最後にアンタらが拾ってきてくれたこのアメジストハートを胸部に埋め込んで完成するってわけさ」

イルミナはそう一同へ告げると、チェスから渡された魔法の紫色の宝石をシャルロットを模した人形の胸部へと嵌め込んだ。嵌め込まれた宝石は、淡い光を放ちながらイルミナの手を離れる。

「よし!セット完了だ!さあこれで動き出すぞ」

ゆっくりと、シューという蒸気が発生するような音と共に、シャルロット・クローリーを模した人形、ニアリー・シャルロットは動き出した。そして、ニアリー・シャルロットは言葉を発した。

「ご命令を。ご主人様」

おおーと湧き立つ一同。イルミナとユーディットは手を叩き合った。エマもミルテも興味津々にニアリー・シャルロットを見つめている。

「あの、イルミナちゃん。ニアリー・シャルロットは確か音声を発する機能は付いていたけどさ、ここまで滑らかな、まるで本物の人が話してるかのようには話せなかったよね?どうしてここまで音声の機能が向上してるのかな?」

「わっかんねぇ。けど、なんかしら奇跡が起きたんだよきっと!そう、アタシらのシャルロットを思う気持ちがな!」

「ねえブライゼ、まさか…」

「(ああ、そのまさか、だ。竜眼でニアリー・シャルロットを観察したところ、どうやら動力源であるアメジストハートという宝石がケットシー達に盗まれて、用水路に落ちてただろう。チェス、お前がその用水路で用を足した時に流れた尿が宝石に当たり、魔力が増幅した。その宝石が嵌っているからこそ今回のようにまるで人間のように動き、流暢に喋れて、かつ人間とコミュニケーションがとれるほど魔術品としてのランクが上がったのだろう)」

「汚いから言うべきじゃないよね…」

「(ああ。私だったらショックを受けるな)」

「ご命令を、か!ならさ、ちょっと魔法を使ってみろよ!火の魔法でも、水の魔法でもなんでもいいからさ!」

「かしこまりました、イルミナ様。それでは、火の魔法、一の節、炎撃(フィアンマ)」

ニアリー・シャルロットはイルミナの命令を受け取り、魔法を発動した。ゴウッという音ともに、シャルロットの手に火球が浮いた状態で出現した。

「おおお!基本的な攻撃魔法はしっかりと使えるんだな!しかもかなりの精度で!ほんとどうしちゃったんだろう、アタシらが作ったばかりの時はそんなに大きな火球は出せなかったのに。なんか、なんかあるんかな…」

「ゴーレムはわたしが作るような土で作り上げ、知性が最低限のものから、今回のニアリー・シャルロットさんのような人間と意思疎通が可能なものまで幅広いですが、戦闘力に振ると知性が落ち、逆に意思疎通や感情理解の方に振ると戦闘力が落ちます。戦闘力、そして知能をここまで兼ね備えたものはわたしは見るのは初めてです…」

エマは真剣な眼差しで、そしてうっとりしながらシャルロットのゴーレムを見つめた。

「あ!イルミナちゃん、そろそろ作品を提出しに行く時間が来たよ!」

「おっそうだな!でもどうする、コレ運ぶの」

「自分で歩けます。ご心配なく」

「おお、そうか…」

ニアリー・シャルロットは人間となんら変わらない滑らかな動きで歩き始めた。

「あ、そうだ、わたしもゴーレムの作品を提出しなきゃいけないんだった。チェス、ミルテちゃん、ブライゼさん、一旦わたしのブースに帰ろう?」

「(うむ、そうだな。では、一度帰るとするか)」

「なんか宝石返しに来ただけでしたが、結構長話しちゃったなぁ。話してくれてありがとうね、イルミナさん、ユーディットさん!」

「本当にお世話になりました、イルミナさん、ユーディットさん」

「ああ!ところでアンタらも何かマジックアイテムを提出したりするのか?」

「あ、ボクらはエマの付き添いで来たから、実際にマジックアイテムを提出するのはエマだけだね」

「そうなのか!じゃあ、また優秀作品発表会で会おうぜ!」

「うん!」

チェス達はイルミナとユーディットと別れ、エマの展示ブースへと戻った。

「良かったー、ブースは無事だ。誰にも荒らされてない…」

エマは自分の展示ブースが何事もない事を知り、安堵の息をついた。

「失礼致します。魔術展覧会の運営の者です。作品のご提出をお願い致します」

「そうですね、では、こちらのゴーレムを提出します」

「見事なゴーレムですね。土の質も素晴らしい。わたくしも地属性の魔法を専攻しているのでよくわかります。タイトルはなんというのですか?無題でも構いません」

「警備もできるお掃除エメスくんです」

「ふふ、可愛らしいお名前ですね!では、こちらの作品を運び…あ、自動的に着いてくるんですね」

「そうなんです!だから持ち運びに労力を割かなくて良いんです!人工の魔石を動力源として組み込んでいるので、本来は術者からある程度離れてしまうと土に還ってしまうゴーレムも、これで自立が可能になるのです!」

「素晴らしい出来栄えです。あなたは見たところ10歳ほどですが、ここまでの魔術品を造り出せるだなんて…素晴らしい才能をお持ちですね。この魔術展覧会が終わったら、是非ともうちのエデン魔術協会に所属してみませんか?」

「エデン魔術協会って、あのオラクルハイトで有名な?い、良いのですか?」

「ええ、無理にとは言いません。まだまだあなたは成長過程にあり、魅力的な選択肢がたくさんあるでしょう。他にスカウトされた組織があるのであれば、そちらに行く事も構いません。全てはあなたの選択にかかっています」

「ありがとうございます!ああ、わたし、魔術を磨いて良かった…!」

エマは思わず涙をこぼしていた。

「(ふふ、良かったな、エマ)」

「エマも願いが叶ったみたいだね。ボクも嬉しいよ」

「エマさん、良かったですね・・・!」

「はい…!本当に…!これでお父さんの敵討ちが出来るかもしれない…!」

ボクはそこで、そっか、エマには夢があるんだなとぼんやり思った。エマだけじゃない、イルミナも。ユーディットも。みんな、それぞれ夢がある。ボクは今までの人生、そこまで不幸だったわけじゃないけど、何の目的も目標もなく生きてきた。親が教育熱心だったから高校までは偏差値60くらいのところに行って必死で勉強してたけど、それは親に行かされたようなものだ。自分で望んで行ったわけじゃない。大学に入ったのも、周りの人達がみんな大学に進学するからだとか、高卒は人生詰むだとか言われてたからそれが怖くて行った。数学が苦手だったから偏差値を落として文系の大学に。で、そんなだから面接で人事を満足させられるような回答ができずに、学生時代に力を入れたことはなんですかみたいな質問にも答えられず。気付けばブラック企業に就職していた。それもこれも、ボクに目標とか目的が無かったからだ。

「なんか…ボクって目標も目的もなく生きてきちゃったなってさ。エマとかイルミナには目的とかがあったじゃないか。輝く宝石みたいな目標とか目的がさ。ボクは…何にもないんだよ」

「ならば、ここで、この世界で。目的や目標を見つけようではないか。私も協力するぞ」

「ブライゼが…?」

「(ああ。チェスよ、この魔術展覧会が終わったら、恐らくエマとはもう別れるな。その後どうするか考えてるのか?)」

「あ、考えてなかった。ブライゼにオラクルハイトに行こう!って言われたから一緒に来ただけで、ここに行きたいとかなかったよ」

「(まあ、別の世界から来たばかりだから無理もないな。ならば、こうしよう!私とお前でこの街の治安を乱すケットシー達を懲らしめるのだ。そうすれば猫としての居場所もできよう)」

「それもいいかもね。でも、それだってブライゼがまた提案してくれただけで、ボクにはそういう閃きとかが無いんだよ」

「そうか….私としては付き合いやすいが、どうしたものかな…」

「私にできる事って何かありますか?掃除とか洗濯ならできますが・・・」

「まず住む家を探さなきゃじゃないかな。ここら辺って家賃高いのかな。というかボク、この世界のお金とか持ってないや・・・」

ブライゼとミルテと会話をしていると、遠くの会場の中心のドーム型の建物からアナウンスが聞こえた。

「ただいまより、魔術展覧会の作品に与えられる賞与の結果発表をします!展示場にいる皆様は是非とも中心の会場にお集まりください!」

「(む、そろそろ展覧会の賞与発表が始まるか。ここまで来たんだ、最後まで見ていこうじゃないか)」

「うん、そうだね!」

「行きましょ!もしかしたらエマさんやイルミナさんの作品もあるかもしれません!」

ボクらは中心の会場へと移動した。
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