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誰もがうらやむ人生にも、悩みはあるものである。
美人で頭の回転が速くて実家も太い女子大生の安藤ですら、そうである。
何が悩みかというと、彼女は胸が小さいのである。別に胸が小さい程度、大した話ではない。彼女はこれまでそんなことを気にしたことがなかった。気にする必要がなかった。地元の進学校はお上品な人ばかり集まり、人の容姿や体型で誰かを揶揄するような人はいなかった。仮にいたとしても、彼女が悪しざまに言われることはなかっただろう。胸が小さいだけで、顔は美人だしパーツは整っているし色白だし髪はつやつやだし、要は好みの問題と言うだけで普通に美人なのである。
しかしながら彼女が好きな人は、巨乳が好きだった。結局のところ胸なんてのは、自分の好きな人に満足してもらえるかどうかが一番なのである。揉ませる恋人もいないのに巨乳自撮りでいいねを稼ぐことこと虚しいことはない。逆に貧乳でも、好きな人とのエッチで満足できればそれより重要なことはないのだ。
そういうわけで、彼女は人生で初めて貧乳を苦にしたのである。彼女がもう少し人生経験を積めば、胸の大きさよりも重要なことがあることがたくさん分かっただろうし、そうなる頃には彼女は優秀だから大手企業に就職して、東京でいい男を選び放題だっただろう。
けれどもそうはならなかった。
「まあ、危なくなったらやめるという判断をすればいいよね……」
彼女の目の前にあるのは、怪しげなサプリメントの瓶。胸が大きくなるという触れ込みで友人からもらったが、もちろん飲むだけで胸が大きくなるという都合のいい話を、優秀な彼女がまるっきり信じたわけではない。だいたいそんなものがあれば大手製薬会社が大量生産しているはずだ。けれども彼女は「無料で飲むだけなら」と思って最初の一粒を手に取った。もちろん無料と言うのは違法な薬物を勧める時の常套手段である。社会の落とし穴と言うのはそこかしこで口を開けていて、無知だったり初見殺しに引っかかったりした人を、飲みこんでは平然とした顔をしている。笑える失敗で学べた人はまだ幸せである。高い授業料を払った人はなお幸せである。一度で底なし沼に落ちた人の苦難はいかほどであろうか。
ともかく、彼女は飲み干した。
薬の詳しい機序を説明することはここでは必要ないだろう。この薬は脳細胞の量とシナプスの結びつきを破壊し、その代わりに胸を大きくするホルモンを分泌して「バカで胸が大きい女」を作り出す悪魔的違法薬剤であった。この薬の恐ろしいところは、途中でやめるという決断を非常に下しにくいところである。なぜなら効果が自覚できる頃には、論理的判断の能力がかなり低下しているからである。そうして惰性で飲み続けた先に何があるのかは、これからお見せしよう。ちなみにこれを飲むと男でも胸は大きくなる。
最初は些細な出来事だった。非常に骨が折れると言われているある単位を落とした。それ自体は特に珍しい現象ではなかった。その単位の不可率は半分もあった。しかし彼女を知る人は訝しがった。彼女は毎回真面目に授業に出ていたし、ノートもわかりやすくまとめていた。彼女は受かる側の半分だとみんなが思っていた。けれども彼女は笑って言った。
「たまにはそういうことだってあるわよ」
単位を落とす数は二個、三個、五個と増えていった。落とすことを見越して大目に取って何とかギリギリになっていた。彼女は日々神経質になっていった。友人たちは彼女のことを心配したが、常にカリカリしていた彼女に声をかけづらかった。人間だしそういうこともあるさ、と言えないぐらいにはおかしかった。時間に異常に神経質になり、そして他人の遅刻にも不寛容になった。真面目にやっていることだけが、結果が出ない間の心の支えになっていたからだ。サークルもやめた。授業だけに集中したが、それでも常に進級はギリギリだった。
ある日彼女が気づくと、一番大事な単位の期末テストの時間だった。今から大学に行っても間に合うはずがなかった。留年が確定して、彼女は叫んだ。寝坊ではない。異常に知性が低下して、時間に間に合うように行動することも難しくなっていたのだ。飲み始めた薬と現状を結びつける論理的推論力など、欠片も残っているはずもなかった。
別に留年したって死ぬわけじゃない。実家に頭を下げて、ごめんなさいすれば再スタートは切れたはずだ。一年も留年できないほど金のない家でもなかった。けれども、彼女は根っこは真面目な女なのである。別に薬でバカになっても、性格まで変わるわけではないのである。彼女は未だに自分の中では真面目な優等生であり、その自己認識と現実とのギャップが彼女を苦しめた。彼女の中で留年とは怠惰な人間のやることであり、彼女はたった一回の失敗で過剰に自分を責め、恥じた。失敗の多い人間が立派だとは言えないが、失敗の少ない人間は脆い。そこで彼女は数日狂乱した上で、失踪した。
家を飛び出した学も金も知恵もない女が、風俗に流れつくまではたいして時間もかからなかった。薬を飲み始めて2年がたっていた。最初はデリヘルだったが、少し道が込み入った地域になると迷子になるようになって、デリヘルにも勤められなくなった。ピンサロは同僚とつまらない言い争いをして飛び出した。ソープはマットプレイが覚えられずに客に怪我をさせて追い出された。その後人の足りない0㎜オプション有のソープに流れ着いた。もちろん0㎜オプションの意味なんて、もう理解できる頭があるはずもないのだ。風俗の辛さを紛らわすために、注射を打って出勤することが増えた。0㎜なんて狂ったオプションを提供しているソープの店長は案の定ヤクザとつながりがあって、豊胸薬もキメセクの薬も、給料の天引きで売ってもらえた。もちろん相場の2倍は取られたし、そうすれば逃げ出さないと計算してのことだ。
風俗サイトでバストの順番に並び替えた時、彼女は一番上に来た。高校時代にテストの点数を張り出した時と同じように。結局彼女はここでも一番になったのだ。払う代償は大きかったけれど。
美人で頭の回転が速くて実家も太い女子大生の安藤ですら、そうである。
何が悩みかというと、彼女は胸が小さいのである。別に胸が小さい程度、大した話ではない。彼女はこれまでそんなことを気にしたことがなかった。気にする必要がなかった。地元の進学校はお上品な人ばかり集まり、人の容姿や体型で誰かを揶揄するような人はいなかった。仮にいたとしても、彼女が悪しざまに言われることはなかっただろう。胸が小さいだけで、顔は美人だしパーツは整っているし色白だし髪はつやつやだし、要は好みの問題と言うだけで普通に美人なのである。
しかしながら彼女が好きな人は、巨乳が好きだった。結局のところ胸なんてのは、自分の好きな人に満足してもらえるかどうかが一番なのである。揉ませる恋人もいないのに巨乳自撮りでいいねを稼ぐことこと虚しいことはない。逆に貧乳でも、好きな人とのエッチで満足できればそれより重要なことはないのだ。
そういうわけで、彼女は人生で初めて貧乳を苦にしたのである。彼女がもう少し人生経験を積めば、胸の大きさよりも重要なことがあることがたくさん分かっただろうし、そうなる頃には彼女は優秀だから大手企業に就職して、東京でいい男を選び放題だっただろう。
けれどもそうはならなかった。
「まあ、危なくなったらやめるという判断をすればいいよね……」
彼女の目の前にあるのは、怪しげなサプリメントの瓶。胸が大きくなるという触れ込みで友人からもらったが、もちろん飲むだけで胸が大きくなるという都合のいい話を、優秀な彼女がまるっきり信じたわけではない。だいたいそんなものがあれば大手製薬会社が大量生産しているはずだ。けれども彼女は「無料で飲むだけなら」と思って最初の一粒を手に取った。もちろん無料と言うのは違法な薬物を勧める時の常套手段である。社会の落とし穴と言うのはそこかしこで口を開けていて、無知だったり初見殺しに引っかかったりした人を、飲みこんでは平然とした顔をしている。笑える失敗で学べた人はまだ幸せである。高い授業料を払った人はなお幸せである。一度で底なし沼に落ちた人の苦難はいかほどであろうか。
ともかく、彼女は飲み干した。
薬の詳しい機序を説明することはここでは必要ないだろう。この薬は脳細胞の量とシナプスの結びつきを破壊し、その代わりに胸を大きくするホルモンを分泌して「バカで胸が大きい女」を作り出す悪魔的違法薬剤であった。この薬の恐ろしいところは、途中でやめるという決断を非常に下しにくいところである。なぜなら効果が自覚できる頃には、論理的判断の能力がかなり低下しているからである。そうして惰性で飲み続けた先に何があるのかは、これからお見せしよう。ちなみにこれを飲むと男でも胸は大きくなる。
最初は些細な出来事だった。非常に骨が折れると言われているある単位を落とした。それ自体は特に珍しい現象ではなかった。その単位の不可率は半分もあった。しかし彼女を知る人は訝しがった。彼女は毎回真面目に授業に出ていたし、ノートもわかりやすくまとめていた。彼女は受かる側の半分だとみんなが思っていた。けれども彼女は笑って言った。
「たまにはそういうことだってあるわよ」
単位を落とす数は二個、三個、五個と増えていった。落とすことを見越して大目に取って何とかギリギリになっていた。彼女は日々神経質になっていった。友人たちは彼女のことを心配したが、常にカリカリしていた彼女に声をかけづらかった。人間だしそういうこともあるさ、と言えないぐらいにはおかしかった。時間に異常に神経質になり、そして他人の遅刻にも不寛容になった。真面目にやっていることだけが、結果が出ない間の心の支えになっていたからだ。サークルもやめた。授業だけに集中したが、それでも常に進級はギリギリだった。
ある日彼女が気づくと、一番大事な単位の期末テストの時間だった。今から大学に行っても間に合うはずがなかった。留年が確定して、彼女は叫んだ。寝坊ではない。異常に知性が低下して、時間に間に合うように行動することも難しくなっていたのだ。飲み始めた薬と現状を結びつける論理的推論力など、欠片も残っているはずもなかった。
別に留年したって死ぬわけじゃない。実家に頭を下げて、ごめんなさいすれば再スタートは切れたはずだ。一年も留年できないほど金のない家でもなかった。けれども、彼女は根っこは真面目な女なのである。別に薬でバカになっても、性格まで変わるわけではないのである。彼女は未だに自分の中では真面目な優等生であり、その自己認識と現実とのギャップが彼女を苦しめた。彼女の中で留年とは怠惰な人間のやることであり、彼女はたった一回の失敗で過剰に自分を責め、恥じた。失敗の多い人間が立派だとは言えないが、失敗の少ない人間は脆い。そこで彼女は数日狂乱した上で、失踪した。
家を飛び出した学も金も知恵もない女が、風俗に流れつくまではたいして時間もかからなかった。薬を飲み始めて2年がたっていた。最初はデリヘルだったが、少し道が込み入った地域になると迷子になるようになって、デリヘルにも勤められなくなった。ピンサロは同僚とつまらない言い争いをして飛び出した。ソープはマットプレイが覚えられずに客に怪我をさせて追い出された。その後人の足りない0㎜オプション有のソープに流れ着いた。もちろん0㎜オプションの意味なんて、もう理解できる頭があるはずもないのだ。風俗の辛さを紛らわすために、注射を打って出勤することが増えた。0㎜なんて狂ったオプションを提供しているソープの店長は案の定ヤクザとつながりがあって、豊胸薬もキメセクの薬も、給料の天引きで売ってもらえた。もちろん相場の2倍は取られたし、そうすれば逃げ出さないと計算してのことだ。
風俗サイトでバストの順番に並び替えた時、彼女は一番上に来た。高校時代にテストの点数を張り出した時と同じように。結局彼女はここでも一番になったのだ。払う代償は大きかったけれど。
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