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番外編:革命前夜
王太子のやらかし
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現在の王太子は側室が産んだ第一王子マカーンである。王家の例にもれず、キラキラしい美貌を誇る王子だ。誇るものは美貌しかないのも王家の常である。
そんな彼には当然ながら婚約者がいる。王后アフクームと宰相ジャバルたち首脳部が徹底して選別した次代の統治者に相応しい見識と能力を持った素晴らしい令嬢だ。サフィーナ・ノーフ公爵令嬢。王家のキラキラしい美貌とは異なり、静謐な気品溢れる美しさを持つ、王国随一の淑女として王后と並び称される令嬢である。
王国の公爵家と侯爵家は国王が完全に傀儡となった数百年前から、王家の血を入れないことを至上命題として存続してきた。王家に嫁がせることはあるが、絶対に後嗣への降嫁降婿は受け入れなかった。
王家の血を入れてしまえば顔しか取り柄のない無能が生まれてしまう。それだけは避けなければならなかった。公爵家と侯爵家は王后を輩出する家柄だ。傀儡にしかなり得ない王太子に、愚かな娘など嫁がせるわけにはいかない。王后の役目は傀儡の王の操り人であり、為政者なのだ。
ゆえに公爵家と侯爵家の子女は皆厳しい教育を受けた。子息は閣僚として王国を支えるために、令嬢は王后として共同(実質は単独)統治者となるために。
勿論、王家の子供たちもきちんと王族教育、王太子教育を受けた。勉学には優秀さを発揮する者もいた。剣や武術に才を見せる者もいた。なのに何故か、それが為政者として活かされない。
これは呪いではないのかと神殿の神官たちは祭神にお伺いを立て、絶望した。主神殿の神官は始まりの神ビダーヤから神託という名の返事を受け取ったのだ。曰く『ディファーは白痴美がお気に入りなんだ。だから、頭脳明晰だったり武術に長けたりしてるやつはいらんのだと。つまり、呪いじゃなくてディファーの祝福だな』と。
神官は『そんなんいらんわぁぁあぁぁ』と叫び、絶望のあまり出家は出来ないので還俗した。そして、王城へ駆け込み、王后陛下と公爵家と侯爵家の当主と夫人に包み隠さず神託を告げ、教育の重要性を懇々と説いた。そうして決まったのが、王家の子供には『仕出かさない・やからさない』を旨とした教育を与えることだった。
王家は女神の加護を得るための生贄であり傀儡であり、完全なお飾りとなり下がった。実権は王后が握り、王后は四つの公爵家と六つの侯爵家から順繰りに出すこととなった。
公爵家・侯爵家は建国の際に賢臣であり忠臣であった者たちの子孫だ。私欲を捨てることは出来なくとも国を守るため、国民を守るため、協力し合うことを誓約したのである。数多ある貴族家の中でたった十家で王家を支配できるのだから、協力し合うというものだ。
なお、王位に就かない王家の子女は降嫁降婿すると祝福から解放された。殆どは解放されても無害な程度ではあったが、それなりに有能な者は能力を発揮することもあった。公爵家・侯爵家の後嗣と婚姻することはなく、公爵・侯爵位に叙爵され新たな家を興すこともなかった。これは呪われた(主神曰く祝福ではあるが)血筋を王后の実家に入れないために定められた隠れた法(優先順位激高)だった。
現王后アフクームはアライヒ公爵家の出身である。三つ年上に第一王子がいたため、生まれながらの王后候補だった。物心がつく前から同年代の公爵家・侯爵家の娘たちと王后教育を受けた。実質の帝王学である。そうして互いに切磋琢磨し、今では彼女たちは心強い側近でもある。互いの使命を理解し支え合ってきた仲間は、次代の王后候補たちの母親でもあった。
現王太子の婚約者サフィーナの母はアフクームの親友であり、王后候補時代の最大の好敵手でもあった。教育係や政府首脳ではどちらも甲乙つけがたいと最終判断は王太子(現国王イルカー)に任され、王太子がアフクームの容姿のほうが好みだというだけでアフクームが王后となったのである。
そんな母に英才教育を受けたサフィーナは、王后や首脳陣にとって希望の星だった。
今日まで何とか宰相たちがやってこられたのは、次代への期待があったからだ。サフィーナが王太子妃となり、将来は王后となり国の舵取りをすると思えばこそ、耐えてこられたのだ。なのに、今日、その希望が潰えた。
「サフィーナ・ノーフ公爵令嬢、俺は貴様との婚約を破棄する! そして、愛おしくて可愛くて甘えん坊な最愛の、真実の愛で結ばれたマラーク・モルサル男爵令嬢と新たな婚約を結ぶ!!」
今日は王立学院の卒業記念パーティだった。そこで何をとち狂ったのか、王太子マカーンがサフィーナに婚約破棄を突きつけた。マカーンは学院で出会った男爵令嬢マラーク・モルサルに容易く篭絡され、真実の愛を見つけたのだと妄言を吐いた。
学院では王太子の不貞行為は広く知られていた。これを不貞と認識する常識がないマカーンとマラークは堂々と学院のいたるところでイチャコラベタベタと睦み合っていたのだ。が、サフィーナはそれを放置していた。
己は共同統治者となるために王太子と婚姻するに過ぎない。後嗣については既に側室候補がおり、そちらに産んでもらうことになる。男爵令嬢であれば愛妾となるしかないが、貴族の令嬢として落第の振舞いしか出来ない彼女であれば丁度いいだろう。
だから、婚約者であるサフィーナも側室候補である令嬢たちもマラークに対して何を思うこともなく、当然何かをすることもなかった。ただ、後宮に入れる際には序列を叩き込む必要はあると確信していたが、それは自然と理解することになるだろう。
愛妾は与えられた小さな宮とその中庭以外の場所には行けないし、お茶会や夜会などの社交も許されない。社交をせず公務もないのだから、ドレスや宝飾品を必要とすることもない。使用人は宮の維持をする者が数人いるが、彼らはいくつかの愛妾の宮を兼任しているので専属でもない。国の予算がつくこともないので、生活の全ては実家からの化粧料頼りになる。もしくは王太子の私費から賄うしかない。
そんな未来が確定しているマラークに対して、未来の王后たるサフィーナが何かをする必要は微塵もなかった。なのに、マカーンもマラークもそれを理解していなかった。
それゆえ、二人は冤罪をでっちあげ、サフィーナを糾弾した。
「貴様は俺の寵愛を受けるマラークに嫉妬し、マラークを散々に苛めただろう! 知っているのだぞ」
そうしてマカーンはその苛めとやらを語った。挨拶を無視した、呼びかけを無視した、お茶会に招待しなかった、お茶会に参加しようとしたら警備兵に追い出された、お茶会に招待したら無視された、教科書やノートを破られた、ペンを壊された、制服に泥水を掛けられた、作法の授業でお茶を掛けられた、中庭の噴水に突き飛ばされた等々。
とても王族とは思えない戯言を言い立て、それが罪だとこれまた王族とは思えない汚い言葉で喚き、長年婚約者として自分の尻拭いをしてくれていたサフィーナを貶め、冤罪を吹っ掛けて断罪しようとしたのだ。
勿論、サフィーナは何もしていないし、マカーンがサフィーナの取り巻きと称する王后教育の同期たちも同様だ。
「聞くに堪えませんね。姉上、私が反論しても?」
既に相手にする気が失せてしまっているサフィーナにそう尋ねたのは弟であるモサーネドだ。彼の横には宰相の子息であるサディークと軍務卿の子息であるザミールがいる。
「そうね、あの状態の殿下だとわたくしの言葉など聞いてくださらないでしょうから」
サフィーナは頷いて弟に許可を与える。モサーネドはとてもいい笑顔で頷くと、マカーンに向き直った。マカーンを徹底的に叩き潰す気満々の笑顔のモサーネドである。その友人たちも同様の笑みを浮かべていた。
「さて、まず、殿下は王族であるのに貴族の基本的な決まり事も御存じないようですね。そこの殿下の愛人は男爵家の娘です。一方、我が姉上は公爵家の令嬢。我が国では下位貴族から上位貴族への声掛けは禁じられています」
初対面では絶対にやってはいけないことだと告げる。
「また、貴族間では名乗りをしなければ、仮令何度顔を合わせていても『知り合いではない』と見做します。そこの愛人は一度も姉上に名乗ったことはありませんから、当然『知り合いではない』ことになります。知り合いでもない下位貴族からの挨拶や呼びかけは単なる無礼ですから、無視することで不問に付したのは姉上の慈悲です。知り合いではないのだから、お茶会に招待することも招待を受けることも有り得ません。姉上は当然のことをしただけです。寧ろ、不敬を咎めなかったのは学院生だからと大目に見た姉上の慈悲ですよ」
意図的に周囲に冷気を漂わせながらモサーネドは説明する。そして、未だにマラークが在学できているのは姉の慈悲ゆえだと強調する。
「それから、残りは全部殿下の愛人の自作自演ですよ」
呆れたように言うのはモサーネドの親友でもあるサディークだ。父の宰相が王家に苦労させられていることもあり、馬鹿王子への視線は冷たい。
「王族が通う学院ですから、安全対策と警備のためにあらゆるところに監視映像保存の魔道具が仕掛けられてまして、全部、愛人がやった記録が残ってますよ」
将来の騎士として学院でも既に警備に携わっているザミールが補足する。呆れ切った表情を隠してもいない。
なお、学院の厳重な警備体制の対象はマカーンではなくサフィーナである。お飾りの次期国王よりも実質女王となるサフィーナのほうが優先度は高いのだ。
側近三人に責められ、マカーンは蒼白になる。マラークも自分の取り巻きだと思っていた三人がサフィーナの味方をしているのが信じられないといった表情だ。尤も彼ら三人はマカーンの側近ではなくお目付け役だったし、お目付け役ゆえにマカーンの側にいたせいでマラークとも一緒にいることになってしまっただけである。
元々お目付け役とはいえ、それは他の生徒に被害が出ないようにすることが役目であり、それ以外でマカーンの行動を制限することはなかった。だから愛人を作ることも黙認した。
今回の断罪茶番はモサーネドたちには内密に行われた。いや、パーティの最中に『ここで婚約破棄すれば、取り澄ました気にくわないサフィーナを馬鹿にすることが出来る』と思いついたマラークの提案でマカーンが急遽実行した、本人たちにも突発的な出来事だった。何気に実行力はあったらしい。それが褒められるものかは別として。
「殿下のお考えはよく判りました。謹んで婚約破棄、承ります」
それまで無言だったサフィーナは慇懃に礼をすると、にっこりと微笑んでそう応じた。その内心は『もうヤダ、この馬鹿王子』である。
こんなのと結婚して子作りするなんて御免だし、優秀な側室候補たちも勿体なさすぎる。第一王子だから王太子になっていただけで、別に第二王子に挿げ替えたとしても問題はない。どっちも似たような能力だ。問題を起こしていないだけ第二王子のほうがマシだ。
サフィーナはそう考え、粛々と(内心は嬉々として)婚約破棄を受け入れたのである。
(もう、この王家、見捨てても良いのではないかしら。こんな王家に国民を任せてはおけないわ)
秘かに簒奪を決意した瞬間でもあった。
そんな彼には当然ながら婚約者がいる。王后アフクームと宰相ジャバルたち首脳部が徹底して選別した次代の統治者に相応しい見識と能力を持った素晴らしい令嬢だ。サフィーナ・ノーフ公爵令嬢。王家のキラキラしい美貌とは異なり、静謐な気品溢れる美しさを持つ、王国随一の淑女として王后と並び称される令嬢である。
王国の公爵家と侯爵家は国王が完全に傀儡となった数百年前から、王家の血を入れないことを至上命題として存続してきた。王家に嫁がせることはあるが、絶対に後嗣への降嫁降婿は受け入れなかった。
王家の血を入れてしまえば顔しか取り柄のない無能が生まれてしまう。それだけは避けなければならなかった。公爵家と侯爵家は王后を輩出する家柄だ。傀儡にしかなり得ない王太子に、愚かな娘など嫁がせるわけにはいかない。王后の役目は傀儡の王の操り人であり、為政者なのだ。
ゆえに公爵家と侯爵家の子女は皆厳しい教育を受けた。子息は閣僚として王国を支えるために、令嬢は王后として共同(実質は単独)統治者となるために。
勿論、王家の子供たちもきちんと王族教育、王太子教育を受けた。勉学には優秀さを発揮する者もいた。剣や武術に才を見せる者もいた。なのに何故か、それが為政者として活かされない。
これは呪いではないのかと神殿の神官たちは祭神にお伺いを立て、絶望した。主神殿の神官は始まりの神ビダーヤから神託という名の返事を受け取ったのだ。曰く『ディファーは白痴美がお気に入りなんだ。だから、頭脳明晰だったり武術に長けたりしてるやつはいらんのだと。つまり、呪いじゃなくてディファーの祝福だな』と。
神官は『そんなんいらんわぁぁあぁぁ』と叫び、絶望のあまり出家は出来ないので還俗した。そして、王城へ駆け込み、王后陛下と公爵家と侯爵家の当主と夫人に包み隠さず神託を告げ、教育の重要性を懇々と説いた。そうして決まったのが、王家の子供には『仕出かさない・やからさない』を旨とした教育を与えることだった。
王家は女神の加護を得るための生贄であり傀儡であり、完全なお飾りとなり下がった。実権は王后が握り、王后は四つの公爵家と六つの侯爵家から順繰りに出すこととなった。
公爵家・侯爵家は建国の際に賢臣であり忠臣であった者たちの子孫だ。私欲を捨てることは出来なくとも国を守るため、国民を守るため、協力し合うことを誓約したのである。数多ある貴族家の中でたった十家で王家を支配できるのだから、協力し合うというものだ。
なお、王位に就かない王家の子女は降嫁降婿すると祝福から解放された。殆どは解放されても無害な程度ではあったが、それなりに有能な者は能力を発揮することもあった。公爵家・侯爵家の後嗣と婚姻することはなく、公爵・侯爵位に叙爵され新たな家を興すこともなかった。これは呪われた(主神曰く祝福ではあるが)血筋を王后の実家に入れないために定められた隠れた法(優先順位激高)だった。
現王后アフクームはアライヒ公爵家の出身である。三つ年上に第一王子がいたため、生まれながらの王后候補だった。物心がつく前から同年代の公爵家・侯爵家の娘たちと王后教育を受けた。実質の帝王学である。そうして互いに切磋琢磨し、今では彼女たちは心強い側近でもある。互いの使命を理解し支え合ってきた仲間は、次代の王后候補たちの母親でもあった。
現王太子の婚約者サフィーナの母はアフクームの親友であり、王后候補時代の最大の好敵手でもあった。教育係や政府首脳ではどちらも甲乙つけがたいと最終判断は王太子(現国王イルカー)に任され、王太子がアフクームの容姿のほうが好みだというだけでアフクームが王后となったのである。
そんな母に英才教育を受けたサフィーナは、王后や首脳陣にとって希望の星だった。
今日まで何とか宰相たちがやってこられたのは、次代への期待があったからだ。サフィーナが王太子妃となり、将来は王后となり国の舵取りをすると思えばこそ、耐えてこられたのだ。なのに、今日、その希望が潰えた。
「サフィーナ・ノーフ公爵令嬢、俺は貴様との婚約を破棄する! そして、愛おしくて可愛くて甘えん坊な最愛の、真実の愛で結ばれたマラーク・モルサル男爵令嬢と新たな婚約を結ぶ!!」
今日は王立学院の卒業記念パーティだった。そこで何をとち狂ったのか、王太子マカーンがサフィーナに婚約破棄を突きつけた。マカーンは学院で出会った男爵令嬢マラーク・モルサルに容易く篭絡され、真実の愛を見つけたのだと妄言を吐いた。
学院では王太子の不貞行為は広く知られていた。これを不貞と認識する常識がないマカーンとマラークは堂々と学院のいたるところでイチャコラベタベタと睦み合っていたのだ。が、サフィーナはそれを放置していた。
己は共同統治者となるために王太子と婚姻するに過ぎない。後嗣については既に側室候補がおり、そちらに産んでもらうことになる。男爵令嬢であれば愛妾となるしかないが、貴族の令嬢として落第の振舞いしか出来ない彼女であれば丁度いいだろう。
だから、婚約者であるサフィーナも側室候補である令嬢たちもマラークに対して何を思うこともなく、当然何かをすることもなかった。ただ、後宮に入れる際には序列を叩き込む必要はあると確信していたが、それは自然と理解することになるだろう。
愛妾は与えられた小さな宮とその中庭以外の場所には行けないし、お茶会や夜会などの社交も許されない。社交をせず公務もないのだから、ドレスや宝飾品を必要とすることもない。使用人は宮の維持をする者が数人いるが、彼らはいくつかの愛妾の宮を兼任しているので専属でもない。国の予算がつくこともないので、生活の全ては実家からの化粧料頼りになる。もしくは王太子の私費から賄うしかない。
そんな未来が確定しているマラークに対して、未来の王后たるサフィーナが何かをする必要は微塵もなかった。なのに、マカーンもマラークもそれを理解していなかった。
それゆえ、二人は冤罪をでっちあげ、サフィーナを糾弾した。
「貴様は俺の寵愛を受けるマラークに嫉妬し、マラークを散々に苛めただろう! 知っているのだぞ」
そうしてマカーンはその苛めとやらを語った。挨拶を無視した、呼びかけを無視した、お茶会に招待しなかった、お茶会に参加しようとしたら警備兵に追い出された、お茶会に招待したら無視された、教科書やノートを破られた、ペンを壊された、制服に泥水を掛けられた、作法の授業でお茶を掛けられた、中庭の噴水に突き飛ばされた等々。
とても王族とは思えない戯言を言い立て、それが罪だとこれまた王族とは思えない汚い言葉で喚き、長年婚約者として自分の尻拭いをしてくれていたサフィーナを貶め、冤罪を吹っ掛けて断罪しようとしたのだ。
勿論、サフィーナは何もしていないし、マカーンがサフィーナの取り巻きと称する王后教育の同期たちも同様だ。
「聞くに堪えませんね。姉上、私が反論しても?」
既に相手にする気が失せてしまっているサフィーナにそう尋ねたのは弟であるモサーネドだ。彼の横には宰相の子息であるサディークと軍務卿の子息であるザミールがいる。
「そうね、あの状態の殿下だとわたくしの言葉など聞いてくださらないでしょうから」
サフィーナは頷いて弟に許可を与える。モサーネドはとてもいい笑顔で頷くと、マカーンに向き直った。マカーンを徹底的に叩き潰す気満々の笑顔のモサーネドである。その友人たちも同様の笑みを浮かべていた。
「さて、まず、殿下は王族であるのに貴族の基本的な決まり事も御存じないようですね。そこの殿下の愛人は男爵家の娘です。一方、我が姉上は公爵家の令嬢。我が国では下位貴族から上位貴族への声掛けは禁じられています」
初対面では絶対にやってはいけないことだと告げる。
「また、貴族間では名乗りをしなければ、仮令何度顔を合わせていても『知り合いではない』と見做します。そこの愛人は一度も姉上に名乗ったことはありませんから、当然『知り合いではない』ことになります。知り合いでもない下位貴族からの挨拶や呼びかけは単なる無礼ですから、無視することで不問に付したのは姉上の慈悲です。知り合いではないのだから、お茶会に招待することも招待を受けることも有り得ません。姉上は当然のことをしただけです。寧ろ、不敬を咎めなかったのは学院生だからと大目に見た姉上の慈悲ですよ」
意図的に周囲に冷気を漂わせながらモサーネドは説明する。そして、未だにマラークが在学できているのは姉の慈悲ゆえだと強調する。
「それから、残りは全部殿下の愛人の自作自演ですよ」
呆れたように言うのはモサーネドの親友でもあるサディークだ。父の宰相が王家に苦労させられていることもあり、馬鹿王子への視線は冷たい。
「王族が通う学院ですから、安全対策と警備のためにあらゆるところに監視映像保存の魔道具が仕掛けられてまして、全部、愛人がやった記録が残ってますよ」
将来の騎士として学院でも既に警備に携わっているザミールが補足する。呆れ切った表情を隠してもいない。
なお、学院の厳重な警備体制の対象はマカーンではなくサフィーナである。お飾りの次期国王よりも実質女王となるサフィーナのほうが優先度は高いのだ。
側近三人に責められ、マカーンは蒼白になる。マラークも自分の取り巻きだと思っていた三人がサフィーナの味方をしているのが信じられないといった表情だ。尤も彼ら三人はマカーンの側近ではなくお目付け役だったし、お目付け役ゆえにマカーンの側にいたせいでマラークとも一緒にいることになってしまっただけである。
元々お目付け役とはいえ、それは他の生徒に被害が出ないようにすることが役目であり、それ以外でマカーンの行動を制限することはなかった。だから愛人を作ることも黙認した。
今回の断罪茶番はモサーネドたちには内密に行われた。いや、パーティの最中に『ここで婚約破棄すれば、取り澄ました気にくわないサフィーナを馬鹿にすることが出来る』と思いついたマラークの提案でマカーンが急遽実行した、本人たちにも突発的な出来事だった。何気に実行力はあったらしい。それが褒められるものかは別として。
「殿下のお考えはよく判りました。謹んで婚約破棄、承ります」
それまで無言だったサフィーナは慇懃に礼をすると、にっこりと微笑んでそう応じた。その内心は『もうヤダ、この馬鹿王子』である。
こんなのと結婚して子作りするなんて御免だし、優秀な側室候補たちも勿体なさすぎる。第一王子だから王太子になっていただけで、別に第二王子に挿げ替えたとしても問題はない。どっちも似たような能力だ。問題を起こしていないだけ第二王子のほうがマシだ。
サフィーナはそう考え、粛々と(内心は嬉々として)婚約破棄を受け入れたのである。
(もう、この王家、見捨てても良いのではないかしら。こんな王家に国民を任せてはおけないわ)
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