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青年貴族セレアル
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セレアル・セミリャ子爵子息は隣国ベヘタルからの留学生だ。
祖国ベヘタルでは、彼は将来有望な高位貴族の青年だった。今は子爵子息だが、数年後には公爵子息になる。父はラスチェーニエ公爵の嫡男であり、セミリャ子爵はラスチェーニエ公爵の嗣子が公爵位継承前に就く爵位なのだ。
尤もセレアルは次男であり、既に嫡男である兄が婚姻済みで嫡子も儲けている。そのため、将来は本人の自由に任されていた。実家の持つ従属爵位の一つを貰って分家を興すもよし、宮廷に仕えて文官になるもよし、騎士になるもよし、或いは商人になるもよし、と彼の選択に任された。
そんな彼が留学することになったのは、評判の悪い第一王女に目をつけられたことが原因だった。
第一王女ガリナは大層異性との交遊関係が密接な人物である。有体に言えば貞操観念に乏しく股の緩い女性だった。気に入った男は直ぐに寝所に引き込む。なまじ美しく艶めかしい豊満な肢体を持ち、外見だけは女性的魅力に富んでいたため、誘われた男もほいほいと王女に侍る者が多かった。何しろ王族なのだ、甘い蜜を吸えると思っても当然だろう。
しかし、そんな打算的な者ばかりではない。王女に目を付けられ苦しんだ者もいる。また、王女に侍る夫や婚約者の行いに苦しむ夫人や令嬢も少なくなかった。
そんなガリナが公爵家の孫で眉目秀麗なセレアルに目を付けた。当時セレアルは十四歳の紅顔の美少年、ガリナは王族としては行き遅れもいいところの二十二歳だった。セレアルは少年らしい潔癖さでガリナを嫌悪した。
セレアルに助けの手を差し伸べたのは年長の幼馴染である王太子だった。王太子は姉の所業に頭を悩ませており、その魔の手から嫌がる青年たちを逃していた。その一環としてセレアルも王太子によって、隣国オノールへの留学という形で救われたのである。
そうして、セレアルは隣国オノールへと留学した。非公式の後見は自国の王太子の国を超えた友人であるオノール国王太子ラウレルがなってくれた。
オノール王国の王立学院は貴族の子女が学ぶ学院で、平民や王族は通っていなかった。王族は王宮で教育を受けるため、王族の横暴が貴族に害を及ぼすことはなかった。その点はベヘタルと違って気楽だと思った。ガリナの被害は主に学園時代に端を発していることが多かったからだ。
王立学院は十三歳になる年の十月に入学し、十八歳になる年の三月に卒業する。十三歳から十五歳の三年間を中等科、十六歳からの三年間を高等科とし六年間を学院で学ぶが、下位貴族やあまり裕福でない貴族は高等科にしか通わない。実際にペルデルやアバリシアは高等科にしか通っていない。
また、学院は毎年四月から九月の社交シーズンは長期休暇となる。大抵の学生は中等科では領地に帰り、高等科の学生は社交界に出ることになる。
その長期休暇にも祖国へ帰ることはなかった。セレアルとしては厄介なガリナ王女が嫁ぐか王都を出て行くまで一時的にでも帰国するつもりはなかったのだ。
セレアルは中等科二年次に編入した。編入試験の結果、最上位クラスに編入され、そこで彼は運命の出会いを果たす。
エスタファドル伯爵令嬢マグノリア。彼女との出会いはごく普通のクラスメイトとしてのものだった。彼とて普通の健全な少年だったから、マグノリアの可憐な容姿にドキドキと胸を高鳴らせることはあったが、それがすぐに恋に変わったわけではない。
マグノリアは編入した彼がクラスに馴染むと、興味を抑えきれないように目を輝かせて声をかけてきた。ただ、それはセレアル自身への興味ではなく、彼の祖国ベヘタルへの興味だった。それが興味深く、また少々不満でもあり、セレアルはどんどんマグノリアと親しくなっていった。
当時、既にマグノリアは母の商会の仕事をしていた。既に十四歳にして彼女は商人であり経営者だった。マグノリアはベヘタルの様々な産物や流行を知りたがった。ベヘタルには他国にはない植物由来の染色技術や織物があった。彼女はそういったものに興味を示し、いずれ自分の商会で輸入して取り扱いたいと語った。
そんなときのマグノリアの瞳はキラキラと輝き、それが彼女を更に魅力的に見せていた。だから、セレアルは実家の母や兄嫁に社交界や市井の流行を尋ねたり、父や兄や友人に産物のことを尋ねたりした。父や母には懇意の商会と繋ぎを取って貰って、時にはマグノリアを通じてセンテリュオ商会との仲立ちをしたりもした。
今まで商売になど興味もなかったはずの次男の変化に、実家の家族はピンと来たらしい。手紙には帰国する際には嫁を連れてくるのだろうと書かれたほどだった。
学院の卒業まで半年を切ったころ、両親に結婚したい女性がいること、センテリュオ商会の後継者である伯爵令嬢であることを告げ、求婚の許可を貰った。両親は次男が帰国しないことを残念がったが、長期休暇でオノール王国を訪れるたびに贔屓目なしに美丈夫へと成長する息子に危惧を抱いていた。セレアルが帰国すればまたガリナ王女に目を付けられるのではないかと。
セレアルも両親からその危惧を聞かされ、帰国せずにオノール王国で生きることを決めた。マグノリアと結婚するならばそのほうがいい。
だが、セレアルのそんな計画は頓挫することになった。後見であり友人でもある王太子ラウレルからマグノリアが王命によって結婚することを知らされたのだ。
「マグノリア嬢が結婚……」
ラウレルの言葉を呆然としてセレアルは聞いた。
マグノリアは商会の利となる相手を選ぶと常日頃から言っていた。だから、セレアルは実家の伝手も使いながら、まだオノール王国にはない物品の知識や、国交のない異国の情報などをマグノリアに適度に伝えてきた。マグノリアにとって自分は役に立つと示すように。
彼女も自分に対して友情と打算以上のものを持っているように感じていた。だが、彼女は自分以外の男を選んだ。自分では彼女の望む者には足りなかったということか。
「相手はオルガサン侯爵家嫡男ペルデルだって」
が、相手の名が出た途端、『はぁ?』と地を這うような低い声が出た。それにラウレルは可笑しそうに笑う。
セレアルもペルデルのことは知ってる。高等科で一年だけ在籍期間が重なっている。中等科と高等科は敷地が異なっているため、中等科と高等科の学院生が交流することはない。高等科にしか通わない学生は中等科があることすら知らない阿呆もいるという。そんな阿呆の代表がペルデルだ。
セレアルの知るペルデルは傲慢で低俗で愚かな貴族の代表のような阿呆だった。あれのどこに自分に勝る価値があるのか。
「この婚姻、王命なんだよね」
普段は殆ど表情を変えないセレアルの百面相に笑いながら、ラウレルは更なる情報を落とす。
王命の内容までは言えないものの、ある程度までは話してよいと父王からの許可は得ているのだ。
ラウレルはほぼ文通だけの親友から預かったセレアルのことを気に入っている。その明晰な頭脳も高位貴族らしい割り切った冷徹さも。再従弟のエクリプセとともに側近として自分を支えてほしいとも思っている。
セレアルが祖国ベヘタルに帰国する気がないことも知っていて、それが再従妹への思慕が理由と知ったときには『マグノリア、よくやった』と内心で可愛い再従妹を褒め称えたほどだ。
「リアの結婚は長くて半年くらいかなぁ。早ければ結婚式の翌日には離婚する」
「はぁっ!?」
セレアルの反応にくすくすと笑い、普段なら見せないセレアルの感情的な態度をラウレルは楽しむ。中々に悪趣味だ。
「流石に王命の内容は明かせないけどね。リアはエスタファドル伯爵と一緒になって嬉々として計画書を提出してきたよ。長期的な計画もあるけど、オルガサン侯爵家にペルデルだからね。多分短期間で片が付く」
「結婚から離婚までが王命で、マグノリア嬢はそれを納得しているということでしょうか」
それにあっさりと頷くラウレルにセレアルは複雑な気分になる。
マグノリアが他の男を選んだわけではなく、何らかの使命を帯びて結婚するということは解った。それはセレアルにはある意味朗報だ。しかし、たとえ王命であっても恐らく表には出せない系統の王命だ。
オノール王国の歴史を見るに、この国にはそういう王命を果たす家がいくつかある。恐らく公爵家に数家と伯爵家や子爵家に数家。片手の指の数で足りるほどの少数が、王家の真の腹心として存在している。エスタファドル伯爵家もそういった家ではないか。祖国の実家がそういった役割を担っているセレアルはそう予測していた。
とはいえ、それによってマグノリアは『離婚した女』という貴族社会においては瑕疵が付く。
それがセレアルには不満だった。
祖国ベヘタルでは、彼は将来有望な高位貴族の青年だった。今は子爵子息だが、数年後には公爵子息になる。父はラスチェーニエ公爵の嫡男であり、セミリャ子爵はラスチェーニエ公爵の嗣子が公爵位継承前に就く爵位なのだ。
尤もセレアルは次男であり、既に嫡男である兄が婚姻済みで嫡子も儲けている。そのため、将来は本人の自由に任されていた。実家の持つ従属爵位の一つを貰って分家を興すもよし、宮廷に仕えて文官になるもよし、騎士になるもよし、或いは商人になるもよし、と彼の選択に任された。
そんな彼が留学することになったのは、評判の悪い第一王女に目をつけられたことが原因だった。
第一王女ガリナは大層異性との交遊関係が密接な人物である。有体に言えば貞操観念に乏しく股の緩い女性だった。気に入った男は直ぐに寝所に引き込む。なまじ美しく艶めかしい豊満な肢体を持ち、外見だけは女性的魅力に富んでいたため、誘われた男もほいほいと王女に侍る者が多かった。何しろ王族なのだ、甘い蜜を吸えると思っても当然だろう。
しかし、そんな打算的な者ばかりではない。王女に目を付けられ苦しんだ者もいる。また、王女に侍る夫や婚約者の行いに苦しむ夫人や令嬢も少なくなかった。
そんなガリナが公爵家の孫で眉目秀麗なセレアルに目を付けた。当時セレアルは十四歳の紅顔の美少年、ガリナは王族としては行き遅れもいいところの二十二歳だった。セレアルは少年らしい潔癖さでガリナを嫌悪した。
セレアルに助けの手を差し伸べたのは年長の幼馴染である王太子だった。王太子は姉の所業に頭を悩ませており、その魔の手から嫌がる青年たちを逃していた。その一環としてセレアルも王太子によって、隣国オノールへの留学という形で救われたのである。
そうして、セレアルは隣国オノールへと留学した。非公式の後見は自国の王太子の国を超えた友人であるオノール国王太子ラウレルがなってくれた。
オノール王国の王立学院は貴族の子女が学ぶ学院で、平民や王族は通っていなかった。王族は王宮で教育を受けるため、王族の横暴が貴族に害を及ぼすことはなかった。その点はベヘタルと違って気楽だと思った。ガリナの被害は主に学園時代に端を発していることが多かったからだ。
王立学院は十三歳になる年の十月に入学し、十八歳になる年の三月に卒業する。十三歳から十五歳の三年間を中等科、十六歳からの三年間を高等科とし六年間を学院で学ぶが、下位貴族やあまり裕福でない貴族は高等科にしか通わない。実際にペルデルやアバリシアは高等科にしか通っていない。
また、学院は毎年四月から九月の社交シーズンは長期休暇となる。大抵の学生は中等科では領地に帰り、高等科の学生は社交界に出ることになる。
その長期休暇にも祖国へ帰ることはなかった。セレアルとしては厄介なガリナ王女が嫁ぐか王都を出て行くまで一時的にでも帰国するつもりはなかったのだ。
セレアルは中等科二年次に編入した。編入試験の結果、最上位クラスに編入され、そこで彼は運命の出会いを果たす。
エスタファドル伯爵令嬢マグノリア。彼女との出会いはごく普通のクラスメイトとしてのものだった。彼とて普通の健全な少年だったから、マグノリアの可憐な容姿にドキドキと胸を高鳴らせることはあったが、それがすぐに恋に変わったわけではない。
マグノリアは編入した彼がクラスに馴染むと、興味を抑えきれないように目を輝かせて声をかけてきた。ただ、それはセレアル自身への興味ではなく、彼の祖国ベヘタルへの興味だった。それが興味深く、また少々不満でもあり、セレアルはどんどんマグノリアと親しくなっていった。
当時、既にマグノリアは母の商会の仕事をしていた。既に十四歳にして彼女は商人であり経営者だった。マグノリアはベヘタルの様々な産物や流行を知りたがった。ベヘタルには他国にはない植物由来の染色技術や織物があった。彼女はそういったものに興味を示し、いずれ自分の商会で輸入して取り扱いたいと語った。
そんなときのマグノリアの瞳はキラキラと輝き、それが彼女を更に魅力的に見せていた。だから、セレアルは実家の母や兄嫁に社交界や市井の流行を尋ねたり、父や兄や友人に産物のことを尋ねたりした。父や母には懇意の商会と繋ぎを取って貰って、時にはマグノリアを通じてセンテリュオ商会との仲立ちをしたりもした。
今まで商売になど興味もなかったはずの次男の変化に、実家の家族はピンと来たらしい。手紙には帰国する際には嫁を連れてくるのだろうと書かれたほどだった。
学院の卒業まで半年を切ったころ、両親に結婚したい女性がいること、センテリュオ商会の後継者である伯爵令嬢であることを告げ、求婚の許可を貰った。両親は次男が帰国しないことを残念がったが、長期休暇でオノール王国を訪れるたびに贔屓目なしに美丈夫へと成長する息子に危惧を抱いていた。セレアルが帰国すればまたガリナ王女に目を付けられるのではないかと。
セレアルも両親からその危惧を聞かされ、帰国せずにオノール王国で生きることを決めた。マグノリアと結婚するならばそのほうがいい。
だが、セレアルのそんな計画は頓挫することになった。後見であり友人でもある王太子ラウレルからマグノリアが王命によって結婚することを知らされたのだ。
「マグノリア嬢が結婚……」
ラウレルの言葉を呆然としてセレアルは聞いた。
マグノリアは商会の利となる相手を選ぶと常日頃から言っていた。だから、セレアルは実家の伝手も使いながら、まだオノール王国にはない物品の知識や、国交のない異国の情報などをマグノリアに適度に伝えてきた。マグノリアにとって自分は役に立つと示すように。
彼女も自分に対して友情と打算以上のものを持っているように感じていた。だが、彼女は自分以外の男を選んだ。自分では彼女の望む者には足りなかったということか。
「相手はオルガサン侯爵家嫡男ペルデルだって」
が、相手の名が出た途端、『はぁ?』と地を這うような低い声が出た。それにラウレルは可笑しそうに笑う。
セレアルもペルデルのことは知ってる。高等科で一年だけ在籍期間が重なっている。中等科と高等科は敷地が異なっているため、中等科と高等科の学院生が交流することはない。高等科にしか通わない学生は中等科があることすら知らない阿呆もいるという。そんな阿呆の代表がペルデルだ。
セレアルの知るペルデルは傲慢で低俗で愚かな貴族の代表のような阿呆だった。あれのどこに自分に勝る価値があるのか。
「この婚姻、王命なんだよね」
普段は殆ど表情を変えないセレアルの百面相に笑いながら、ラウレルは更なる情報を落とす。
王命の内容までは言えないものの、ある程度までは話してよいと父王からの許可は得ているのだ。
ラウレルはほぼ文通だけの親友から預かったセレアルのことを気に入っている。その明晰な頭脳も高位貴族らしい割り切った冷徹さも。再従弟のエクリプセとともに側近として自分を支えてほしいとも思っている。
セレアルが祖国ベヘタルに帰国する気がないことも知っていて、それが再従妹への思慕が理由と知ったときには『マグノリア、よくやった』と内心で可愛い再従妹を褒め称えたほどだ。
「リアの結婚は長くて半年くらいかなぁ。早ければ結婚式の翌日には離婚する」
「はぁっ!?」
セレアルの反応にくすくすと笑い、普段なら見せないセレアルの感情的な態度をラウレルは楽しむ。中々に悪趣味だ。
「流石に王命の内容は明かせないけどね。リアはエスタファドル伯爵と一緒になって嬉々として計画書を提出してきたよ。長期的な計画もあるけど、オルガサン侯爵家にペルデルだからね。多分短期間で片が付く」
「結婚から離婚までが王命で、マグノリア嬢はそれを納得しているということでしょうか」
それにあっさりと頷くラウレルにセレアルは複雑な気分になる。
マグノリアが他の男を選んだわけではなく、何らかの使命を帯びて結婚するということは解った。それはセレアルにはある意味朗報だ。しかし、たとえ王命であっても恐らく表には出せない系統の王命だ。
オノール王国の歴史を見るに、この国にはそういう王命を果たす家がいくつかある。恐らく公爵家に数家と伯爵家や子爵家に数家。片手の指の数で足りるほどの少数が、王家の真の腹心として存在している。エスタファドル伯爵家もそういった家ではないか。祖国の実家がそういった役割を担っているセレアルはそう予測していた。
とはいえ、それによってマグノリアは『離婚した女』という貴族社会においては瑕疵が付く。
それがセレアルには不満だった。
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