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離婚後の計画
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貴族街の一角の瀟洒な邸宅には高貴な客人が訪れていた。身分は高貴ではあるが館の女主人マグノリアにとっては幼馴染で再従兄姉でもある、王太子ラウレルと第一王女オルキデアがお忍びで遊びに来ているのだ。なお、外交に長けている第二王子アギラは貿易協定を結ぶため隣国ベヘタルへと赴いており、近衛騎士団長という名ばかりの役職についている第三王子ジャバリーはその護衛隊長の名目で同行している。
「記録の魔導石を見たが、有り得ないな」
心底呆れたというようにラウレルは言う。エスタファドル伯爵家が婚姻前契約違反の証拠として提出した魔導石の映像を王太子ラウレルも見たのだ。勿論、国王も見ている。
「これも聞きましたけれど、これもあり得ませんわよ。本当にオルガサン家は貴族の責務を何も理解しておりませんのね」
同じく呆れ果てたという表情でオルキデアは言う。王族として淑女として普段はアルカイックスマイルを張り付け感情を表に出さない彼女も、親しい幼馴染の親族の前では仮面を外す。
記録の魔導石に収められている証拠映像はペルデルの高位貴族としては有り得ない知識と常識のなさを露わにしていた。貴族の義務も義務を果たすからこそ得られる権利も理解していなかった。義務を果たさず権利ばかりを主張する。高貴なる者の務めなど彼の中には欠片もなかった。
しかしある意味それは仕方のないことだったかもしれない。オルガサン侯爵家はその成り立ちから多くの貴族からは忌避された。初代の軍の上官だった下位貴族が寄子となり、それに不満を持っていたかつての上官たちは自分たちの利益のためだけに侯爵家という権威を利用しようとした。それには扱いやすい──つまり、無知であるほうが都合がよかった。
一部の良心的な、或いは常識的な貴族はオルガサン侯爵家に貴族としての務め、責務、責任、それを為すからこそ得られる権利について教え諭した。しかし、自分たちが無知な元平民であることを馬鹿にされたと勘違いし、結局、本当に彼らのためを思っている存在を忌避することとなった。その結果が今のオルガサン侯爵家だった。
「オルガサン侯爵家を生み出したのは王家だからな。先祖の愚行の尻拭いをこれ以上子孫に委ねるわけにもいかない。マグノリアには面倒をかけたのが申し訳ない」
ラウレルはマグノリアに謝罪する。非公式の場だからこそ出来ることだ。
「謝罪の必要はございませんわ、ラウ兄様。一応わたくしの祖先でもありますし」
かの愚かな王は祖母の祖父だ。マグノリアも王家の血を引いているのだから関係者といえなくもない。
「ねぇ、マグノリア。初夜に言われたこと、とっても腹が立ったのではなくて? あの場では反論していなかったけれど、言いたいことを我慢するなんてあなたらしくないわ」
すると話題を変えるかのようにオルデキアはそんなことを言い出した。
「キア姉様?」
一体何を言い出すのだろうとマグノリアは不思議そうにオルデキアを見る。
「あんなことを言われたあなたがどう思ったのかを知りたいの。だから、あの時の音声を流すから反論してみて」
オルデキアはそう言いながら、ちらりと兄の侍従として控えている青年に視線を向ける。この場にいるのはラウレルとオルデキア、マグノリアと兄エクリプセといった再従兄弟姉妹だ。そして、一人だけ王太子の侍従も同席している。尤も彼は座ることなく王太子の背後に控えているのだが。
その侍従は正確には侍従ではなく本来は宮廷に勤める文官で王太子の側近だ。何故か今日は侍従としてついてきている。
その人物のことをマグノリアはよく知っている。学院では同級生だった。セレアル・セミリャ子爵子息。隣国ベヘタルからの留学生は国に帰らず、オノール王国で仕官していた。マグノリアが自分の結婚相手にと考えていた人物だった。
マグノリアは婚約して彼との将来が消えてから彼への恋情を自覚した。商会のために有益な人物だと思ったから結婚相手に考えたと思っていたが、それだけではなかった。それだけなら家を継ぐこともない下位貴族の次男だ。商会に勤めるようスカウトするだけでよかったのだ。自分でも気づかぬ仄かな恋情があったからこそ、結婚相手と考えたのだ。
その彼に、あんな馬鹿にされた言葉を聞かせたくはなかった。その一方で、それを聞いたら彼がどんな反応をするのか知りたかった。
まもなく離婚が成立する。この国では婚姻しない女性は馬鹿にされる傾向があるが、未亡人や夫有責で離婚した女性には比較的寛大だ。元々女性にも王位継承権や家督相続権があることもあって、そんな風潮があるのだ。
だから、再婚はマグノリアが望まなければ両親も兄も強制はしないだろう。だったら、今ここで彼の反応を見てみたい。そして、それをこれからに活かしてみせようではないか。マグノリアはそう思った。
「判りましたわ、キア姉様。そうね、あのときはわたくしもあまりの暴言に呆然としてしまって、何も言い返せませんでしたもの。直接ではなくとも多少は気が晴れるかもしれませんわね」
ちらりとセレアルを見れば、何やら複雑そうな表情をしている。表面上は無表情に見えるが、伊達に(無自覚だったとはいえ)恋して彼を観察していたわけではない。僅かな眉の角度の変化からマグノリアはそれを見抜いた。
オルデキアが録音の魔導石に魔力を流すのを、セレアル以外の男性陣は面白そうに見ている。王太子も兄もどうやらマグノリアの秘かな恋心に気付いていたらしい。マグノリア以外はそれだけではないことを知っている。セレアルがなぜ卒業後も祖国に帰らず異国の地で仕官したのか、その理由を知っているのだ。
そうして妙に静まり返った室内に、ペルデルの品位の欠片もない声が流れた。
『俺が貴様を抱くことはない!』
そこで音声は止められる。オルキデアに目で促されたマグノリアは録音の声に反論した。
「わたくしだって好きで抱かれるわけではありませんわ。後継者を作る義務がなければあなたなんて御免被ります」
マグノリアの返答に聴衆たちはくすくすと笑う。
『俺に愛されるなどと期待するな!』
「別に愛されたいなどと思ったことはありません。こちらも愛していませんし」
『貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ!』
「お飾りなのは貴方であることを理解しておられませんのね。いいえ、お飾りにもなれない次代を作るためだけの種馬に過ぎませんのに。あら、下品でしたわね、失礼いたしました、ラウ兄様、キア姉様、お兄様、セレアル卿」
『俺の愛を期待するな』
「だからあなたの愛など初めから必要ございません。欲しいとも思いません。そもそもあなたの愛に価値などござませんのに、自己評価が異様に高いのですね。どうして自分が愛されて当然だと思えるのか不思議でなりませんわ」
『俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!』
「どうぞご勝手に。あなたが誰を愛そうと興味はございませんもの。但し、我が家の資産を一ギルでもその女性に使うことは許しません。ご自身で工面したお金で遊んでくださいね」
そこで録音された音声は終わった。聴衆となった三人はずっと笑っていた。ペルデルの愚かさを嗤い、ばっさり切り捨て時に毒舌を揮うマグノリアの快活さを愛でたのだ。
そしてもう一人の聴衆──彼こそが最も聞かせたい人物であるセレアルは怒りを滲ませていた。今にも館を飛び出しオルガサン邸へ殴りこみに行きそうだとラウレルが思うほどに。
セレアルは主君であるラウレルに視線で問いかけ許しを得ると、マグノリアの前に跪いた。
「マグノリア嬢。本来ならばマグノリア夫人とお呼びすべきでしょうが、敢えてマグノリア嬢と呼ばせていただく」
「ええ、かまいませんわ。数日のうちには夫人ではなくなりますもの」
目の前の跪いたセレアルに胸を高鳴らせマグノリアは微笑んだ。
「今はまだ、何も申せません。今申し上げればあなたの瑕疵になりかねない。ですが、無事に離婚がなった暁には是非お話したいことがあります。会っていただけますか」
その回りくどさに少しばかりがっかりしながらもマグノリアはこれが彼の誠実さと優しさなのだと思い直した。今言われてしまえば自分は喜んで受けてしまうだろう。そうなれば離婚が成立していない現在、確かにマグノリアに瑕疵が付く。
「ええ、その日をお待ちしております」
だから、マグノリアはまもなくやってくるその日を楽しみに待つことにした。
「記録の魔導石を見たが、有り得ないな」
心底呆れたというようにラウレルは言う。エスタファドル伯爵家が婚姻前契約違反の証拠として提出した魔導石の映像を王太子ラウレルも見たのだ。勿論、国王も見ている。
「これも聞きましたけれど、これもあり得ませんわよ。本当にオルガサン家は貴族の責務を何も理解しておりませんのね」
同じく呆れ果てたという表情でオルキデアは言う。王族として淑女として普段はアルカイックスマイルを張り付け感情を表に出さない彼女も、親しい幼馴染の親族の前では仮面を外す。
記録の魔導石に収められている証拠映像はペルデルの高位貴族としては有り得ない知識と常識のなさを露わにしていた。貴族の義務も義務を果たすからこそ得られる権利も理解していなかった。義務を果たさず権利ばかりを主張する。高貴なる者の務めなど彼の中には欠片もなかった。
しかしある意味それは仕方のないことだったかもしれない。オルガサン侯爵家はその成り立ちから多くの貴族からは忌避された。初代の軍の上官だった下位貴族が寄子となり、それに不満を持っていたかつての上官たちは自分たちの利益のためだけに侯爵家という権威を利用しようとした。それには扱いやすい──つまり、無知であるほうが都合がよかった。
一部の良心的な、或いは常識的な貴族はオルガサン侯爵家に貴族としての務め、責務、責任、それを為すからこそ得られる権利について教え諭した。しかし、自分たちが無知な元平民であることを馬鹿にされたと勘違いし、結局、本当に彼らのためを思っている存在を忌避することとなった。その結果が今のオルガサン侯爵家だった。
「オルガサン侯爵家を生み出したのは王家だからな。先祖の愚行の尻拭いをこれ以上子孫に委ねるわけにもいかない。マグノリアには面倒をかけたのが申し訳ない」
ラウレルはマグノリアに謝罪する。非公式の場だからこそ出来ることだ。
「謝罪の必要はございませんわ、ラウ兄様。一応わたくしの祖先でもありますし」
かの愚かな王は祖母の祖父だ。マグノリアも王家の血を引いているのだから関係者といえなくもない。
「ねぇ、マグノリア。初夜に言われたこと、とっても腹が立ったのではなくて? あの場では反論していなかったけれど、言いたいことを我慢するなんてあなたらしくないわ」
すると話題を変えるかのようにオルデキアはそんなことを言い出した。
「キア姉様?」
一体何を言い出すのだろうとマグノリアは不思議そうにオルデキアを見る。
「あんなことを言われたあなたがどう思ったのかを知りたいの。だから、あの時の音声を流すから反論してみて」
オルデキアはそう言いながら、ちらりと兄の侍従として控えている青年に視線を向ける。この場にいるのはラウレルとオルデキア、マグノリアと兄エクリプセといった再従兄弟姉妹だ。そして、一人だけ王太子の侍従も同席している。尤も彼は座ることなく王太子の背後に控えているのだが。
その侍従は正確には侍従ではなく本来は宮廷に勤める文官で王太子の側近だ。何故か今日は侍従としてついてきている。
その人物のことをマグノリアはよく知っている。学院では同級生だった。セレアル・セミリャ子爵子息。隣国ベヘタルからの留学生は国に帰らず、オノール王国で仕官していた。マグノリアが自分の結婚相手にと考えていた人物だった。
マグノリアは婚約して彼との将来が消えてから彼への恋情を自覚した。商会のために有益な人物だと思ったから結婚相手に考えたと思っていたが、それだけではなかった。それだけなら家を継ぐこともない下位貴族の次男だ。商会に勤めるようスカウトするだけでよかったのだ。自分でも気づかぬ仄かな恋情があったからこそ、結婚相手と考えたのだ。
その彼に、あんな馬鹿にされた言葉を聞かせたくはなかった。その一方で、それを聞いたら彼がどんな反応をするのか知りたかった。
まもなく離婚が成立する。この国では婚姻しない女性は馬鹿にされる傾向があるが、未亡人や夫有責で離婚した女性には比較的寛大だ。元々女性にも王位継承権や家督相続権があることもあって、そんな風潮があるのだ。
だから、再婚はマグノリアが望まなければ両親も兄も強制はしないだろう。だったら、今ここで彼の反応を見てみたい。そして、それをこれからに活かしてみせようではないか。マグノリアはそう思った。
「判りましたわ、キア姉様。そうね、あのときはわたくしもあまりの暴言に呆然としてしまって、何も言い返せませんでしたもの。直接ではなくとも多少は気が晴れるかもしれませんわね」
ちらりとセレアルを見れば、何やら複雑そうな表情をしている。表面上は無表情に見えるが、伊達に(無自覚だったとはいえ)恋して彼を観察していたわけではない。僅かな眉の角度の変化からマグノリアはそれを見抜いた。
オルデキアが録音の魔導石に魔力を流すのを、セレアル以外の男性陣は面白そうに見ている。王太子も兄もどうやらマグノリアの秘かな恋心に気付いていたらしい。マグノリア以外はそれだけではないことを知っている。セレアルがなぜ卒業後も祖国に帰らず異国の地で仕官したのか、その理由を知っているのだ。
そうして妙に静まり返った室内に、ペルデルの品位の欠片もない声が流れた。
『俺が貴様を抱くことはない!』
そこで音声は止められる。オルキデアに目で促されたマグノリアは録音の声に反論した。
「わたくしだって好きで抱かれるわけではありませんわ。後継者を作る義務がなければあなたなんて御免被ります」
マグノリアの返答に聴衆たちはくすくすと笑う。
『俺に愛されるなどと期待するな!』
「別に愛されたいなどと思ったことはありません。こちらも愛していませんし」
『貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ!』
「お飾りなのは貴方であることを理解しておられませんのね。いいえ、お飾りにもなれない次代を作るためだけの種馬に過ぎませんのに。あら、下品でしたわね、失礼いたしました、ラウ兄様、キア姉様、お兄様、セレアル卿」
『俺の愛を期待するな』
「だからあなたの愛など初めから必要ございません。欲しいとも思いません。そもそもあなたの愛に価値などござませんのに、自己評価が異様に高いのですね。どうして自分が愛されて当然だと思えるのか不思議でなりませんわ」
『俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!』
「どうぞご勝手に。あなたが誰を愛そうと興味はございませんもの。但し、我が家の資産を一ギルでもその女性に使うことは許しません。ご自身で工面したお金で遊んでくださいね」
そこで録音された音声は終わった。聴衆となった三人はずっと笑っていた。ペルデルの愚かさを嗤い、ばっさり切り捨て時に毒舌を揮うマグノリアの快活さを愛でたのだ。
そしてもう一人の聴衆──彼こそが最も聞かせたい人物であるセレアルは怒りを滲ませていた。今にも館を飛び出しオルガサン邸へ殴りこみに行きそうだとラウレルが思うほどに。
セレアルは主君であるラウレルに視線で問いかけ許しを得ると、マグノリアの前に跪いた。
「マグノリア嬢。本来ならばマグノリア夫人とお呼びすべきでしょうが、敢えてマグノリア嬢と呼ばせていただく」
「ええ、かまいませんわ。数日のうちには夫人ではなくなりますもの」
目の前の跪いたセレアルに胸を高鳴らせマグノリアは微笑んだ。
「今はまだ、何も申せません。今申し上げればあなたの瑕疵になりかねない。ですが、無事に離婚がなった暁には是非お話したいことがあります。会っていただけますか」
その回りくどさに少しばかりがっかりしながらもマグノリアはこれが彼の誠実さと優しさなのだと思い直した。今言われてしまえば自分は喜んで受けてしまうだろう。そうなれば離婚が成立していない現在、確かにマグノリアに瑕疵が付く。
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