クゥクーの娘

章槻雅希

文字の大きさ
上 下
9 / 25

09.【夜会】愚か者の主張・家庭内虐待③

しおりを挟む
「フィエリテはいつもあたしに意地悪ばかりだわ! 取り巻きと一緒になってあたしのこと馬鹿にしてたじゃない!」
 メプリは悲劇のヒロインぶりを発揮して涙目でフィエリテを糾弾する。尤もそれに騙されるのは隣に立つブリュイアンだけだ。
「馬鹿になどしておりませんわ。あなたのマナー教育や教養の一助になればと私的なお茶会や朗読会に招いておりましたのよ。全てあなた自身が台無しにして恥をかいただけではありませんか。それに大切なわたくしの友人を取り巻きなどと無礼な呼び方をなさいませんよう」
 友人たちに協力してもらったお茶会はこの1ヶ月の間に3回行なった。ほぼ週に一度のペースで計画していたが、4回目以降はメプリが来なくなった。
 なお、初回に招いた友人たちがずっと協力してくれている。あの状態の自称公爵令嬢を多くの人に見せるわけにはいかないからと、参加者は初回のメンバーのみに限定した。
 流石に初回の無作法を執事や護衛に咎められたのか、2回目以降は多少はまともになった。尤も、やはり平民の10歳児程度のマナーでしかなかったが。
 令嬢たちもメプリが参加しやすい話題をと差し障りのないお菓子やファッション、芝居の話などをしていた。
 通常のこの4人であれば、様々な政治的な話も多かった。それぞれが領主夫人となり領を切り盛りする将来を見据えて学んでいたからだ。
 しかし、それを知らぬメプリは令嬢たちを馬鹿にした。『お菓子やドレスの話ばっかりで頭悪いわね。あたしみたいにたくさん本を読めばいいのに』と。
 フィエリテと令嬢方が自分の程度に合わせた話をしてくれていることに当然気付くはずもなかった。
 それに菓子やファッションの話は頭が空っぽのお花畑では出来ない。それぞれの領地の特産品や名産品、主要産業が頭に入っているからこそ、そしてその領主の政治的立ち位置を把握しているからこそ意味のある会話となるのだ。
 お茶会でその話題を出しているのは表面的な話であればメプリも会話に加わることが出来、他の4人はその裏にある情報交換という意味合いがあったのだ。
「では次回はお勧めの本の朗読会にいたしましょうか。そうですわね、お勧めの場面を朗読して、その本の魅力を紹介するの。自分が読んだことのない物語を知ることも出来るし、知っている物語でも持つ感想はそれぞれですもの、きっと新たな発見もあるでしょう」
 フィエリテがメプリの意見(ともいえない暴言)を容れて提案し、次回は朗読会となった。少しでもメプリが楽しめ、かつ貴族令嬢としての教養を身につけてくれればという、フィエリテや友人たちの配慮だった。しかし、メプリはそうは思わなかったため、こちらも散々な結果になったのだった。
「あたしのためじゃないでしょ! あたしが愛人の子供でろくな教育受けてないって馬鹿にするために難しい話してたんじゃない!」
 当時のことを思い出したのか、メプリは更にフィエリテを責める。それを抱きしめブリュイアンはフィエリテを非難の視線で睨む。
 しかし夜会には当然ながらフィエリテの友人である令嬢方もいる。彼女たちはわざとらしくない程度に当時のことをパートナーや家族と小声で話す。それには周囲の貴族も聞き耳を立てていて、当時のメプリの様子に呆れるばかりだ。
 友人たちは偶然にも・・・・会場のあちらこちらに散らばっていた。彼女たちの身近な者との細やかなはずの会話の内容は、会場全体に波及していった。
「朗読会だって、そうよ! 態と小難しい本読んで、馬鹿にして仲間外れにしたんだわ!」
 メプリが紹介したのは市井で人気の恋愛小説だった。フィエリテも令嬢方も誰も馬鹿にしたわけではない。普段触れることのない庶民向けの恋愛小説に興味を抱いた。
 だが、紹介するメプリのプレゼンテーションが全く興味をそそられないものだっただけだ。ヒーローがかっこいい、お金持ちで素敵、溺愛されるヒロインになりたいというばかり。しかもヒロインは自分に似ていると自分の自慢話をするだけだ。何処が面白いのかさっぱり理解できなかった。
 あまりに自分の話をするばかりだったために、主催のフィエリテが次の令嬢に朗読とプレゼンを願うと、メプリは不満げながらも一応黙った。
 令嬢方も会の意図を理解していたために基本的に恋愛物語を選んでいた。ただ、古典文学や詩歌だったため、表現が難しくメプリには理解不能だった。
 否、庶民の中等教育(貴族の初等教育)を終えているのであれば理解できる内容なのだ。ただ、フィエリテたちの想定よりもメプリの知識も教養も理解力も低かっただけだ。
 朗読会の後にはフィエリテと令嬢方は反省会をして、もっと易しい内容にすべきだった、市井の物語にすべきだったと話し合ったほどだ。
 彼女たちは決してメプリを馬鹿にしていたのではなく、少しでも貴族令嬢として恥をかかずに済むようにと真剣だったのだ。
「メプリ、重ねて申しますが、馬鹿になどしておりません。皆様、あなたが少しでも早く令嬢たちの社交に慣れるよう、ご協力くださっていたのですよ」
 そう、彼女たちは善意で協力してくれていたのだ。親友のフィエリテの義妹になったのだからと手助けしてくれていた。メプリが社交界に出て恥をかかぬよう、社交界に出ることが出来る日が来るようにと。
 これがまともな令嬢であれば、感謝し日々努力をしただろう。或いはその場で彼女たちの仕草や態度を学ぶことで成長も出来ただろう。
 フィエリテたち4人は同世代では最上の作法と教養を持った令嬢だった。社交界ではそれぞれが華に喩えられるほどの淑女だった。その彼女たちの薫陶を受ければ、メプリとてそうなれる可能性は大きかったのだ。
 だが、メプリは全てを自分を馬鹿にして意地悪して苛めているのだと解釈した。
 僻んでいただけのメプリは自ら『令嬢』となる機会を潰していただけなのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前は彼女(婚約者)に助けられている」という言葉を信じず不貞をして、婚約者を罵ってまで婚約解消した男の2度目は無かった話

ラララキヲ
ファンタジー
 ロメロには5歳の時から3歳年上の婚約者が居た。侯爵令息嫡男の自分に子爵令嬢の年上の婚約者。そしてそんな婚約者の事を両親は 「お前は彼女の力で助けられている」 と、訳の分からない事を言ってくる。何が“彼女の力”だ。そんなもの感じた事も無い。  そう思っていたロメロは次第に婚約者が疎ましくなる。どれだけ両親に「彼女を大切にしろ」と言われてもロメロは信じなかった。  両親の言葉を信じなかったロメロは15歳で入学した学園で伯爵令嬢と恋に落ちた。  そしてロメロは両親があれだけ言い聞かせた婚約者よりも伯爵令嬢を選び婚約解消を口にした。  自分の婚約者を「詐欺師」と罵りながら……──  これは【人の言う事を信じなかった男】の話。 ◇テンプレ自己中男をざまぁ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。 <!!ホットランキング&ファンタジーランキング(4位)入り!!ありがとうございます(*^^*)!![2022.8.29]>

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

愛しいあなたが、婚約破棄を望むなら、私は喜んで受け入れます。不幸せになっても、恨まないでくださいね?

珠宮さくら
ファンタジー
妖精王の孫娘のクリティアは、美しいモノをこよなく愛する妖精。両親の死で心が一度壊れかけてしまい暴走しかけたことが、きっかけで先祖返りして加護の力が、他の妖精よりとても強くなっている。彼女の困ったところは、婚約者となる者に加護を与えすぎてしまうことだ。 そんなこと知らない婚約者のアキントスは、それまで尽くしていたクリティアを捨てて、家柄のいいアンテリナと婚約したいと一方的に破棄をする。 愛している者の望みが破棄を望むならと喜んで別れて、自国へと帰り妖精らしく暮らすことになる。 アキントスは、すっかり加護を失くして、昔の冴えない男へと戻り、何もかもが上手くいかなくなり、不幸へとまっしぐらに突き進んでいく。 ※全5話。予約投稿済。

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです

くまのこ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、王子から婚約破棄された辺境伯令嬢は…… ※息抜きに書いてみたものです※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています※

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

処理中です...