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第一話……冷凍睡眠

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「敵艦見ゆ! 方位A63-B。画像詳細は圧縮通信で送る!」

『了解! 帰投せよ! 幸運を祈る!』

 長い歴史的に見て、敵を捜索するレーダーと、それを阻害する妨害電波の技術は常に鎬を削る。
 私が生きている時代は、妨害電波の技術が上位に位置する世界だった。
 それゆえに敵情偵察は、わざわざ敵へ近づく必要があったのだ。


「……よし、帰るか!」

 母艦へのデータ送信を終え、私は愛機である亜光速戦闘機の操縦桿を握りなおす。
 フライ・バイ・ライトの柔らかい感触を得て、私は機を翻した。


「うん!?」

 頭上の暗闇を確かめると、斜め後ろから二筋の光条が曳航している。
 どうやら敵の警戒機に見つかったらしい。

 私は勢いよくフットペダルを踏んで、愛機の動力炉に追加のエネルギーを送る。
 一気に推力を上げて、敵を振り切りにかかるのだ。


 ……しかし、

【警告】……『敵射撃管制システムに捕捉されました』

 愛機に連動された私の機械製の副脳にアラームが響く。
 どうやらロックオンされたようだった。

 刹那、後ろからレーザー機銃が五月雨のように襲って来た。


「ちぃ……、南無さん!」

 私は操縦桿を力一杯に捻り倒し、それに忠実に従う機体は急旋回Gに悲鳴を上げる。


「……よしよし、お利口さんだ」

 私は幾度かの急旋回の後、敵機を引きはがした愛機に御礼を呟く。
 すぐさま敵機の後ろに回り込み、照準サイトの中で逃げ回る敵機にも同じ言葉を呟く。


 愛機のレールガンのトリガーを引くと、タングステン榴弾が敵機に次々に吸い込まれる。
 刹那、敵機は四方に爆散した。


【報告】……『撃墜確実』

 副脳の声が脳に直接響く。

 さらにその後、私は二機を撃墜。
 生涯の通算撃墜スコアの998に伸ばし、帰投の途に就いた。


「……ふぅ」

 敵警戒網を離脱した後、自動飛行システムに切り替える。
 息を吐きだし、安堵したところで、足元の収納にしまっていたサンドイッチを手に取った。

 ……が、なんとも言えない不快感が沸き上がる。


「奴め! マスタードを入れ忘れたな!?」

 私は間食を用意してくれた馴染みの若いコックに憤る。
 スパイスの足りなさに、私の疲れた体が満足しないのだ。
 食べるという刺激は、戦闘の後の私にとって、欠かすことのできない大切な報酬だった。


【警告】……『燃料バルブが破損しています』

 食後から来る眠気を吹き飛ばすかのように、副脳の警告システムが煩く喚きだした。
 しかし、困ったことに私は焦らない。
 敵と交戦すれば、どこかにある程度ガタがくるものである。
 戦闘後にはよくある軽微な故障だったのである。


――ドン!

 警告システムのスイッチを切ろうとした際。
 ひと際大きい振動が走った。


【非常警告】……『機体重度破損』

「……痛ッ!?」

 アラームと共に背中に激痛が走る。
 どうやら背中の大きな筋が切れたらしい。

 グラスファイバーでできた筋膜も裂けているようで、わき腹から酸素をたっぷりと含んだ鮮やかな色の血が、勢いよく溢れ出る。

 きっと、生身の人間だったら即死だっただろう。
 アンドロイドである自分の体は、生身に比べ抗堪性に優れる。

 医療用の冷凍スプレーを横腹に吹き付け、モニターで被害を確認。


「……」

 不幸なことに、えらく丈夫な宇宙ゴミと激突したらしかった。
 艦艇の装甲板だろうか?
 私は愛機の自動航行システムの能力にイラつきつつも、応急修理に手を尽くす。


 ……が、無駄だった。

 動力炉をはじめとした機体中枢への深刻なダメージが復旧せず、母艦への帰投の可能性は絶望的であった。
 それだけではなく、破孔から漏れ出た燃料と酸素の残量も絶望的だったのだ。


「ついてないなぁ……」

 ぼやきつつも、緊急信号を母艦に向けて発信。
 不時着時に危険な燃料ユニットを切り離した。

 ちなみに、撃墜されて遭難するのは、これで64回目だった。
 撃墜され慣れた古参兵といったところだろう。
 慣れたもので、今回も落ち着いて事に当たったのだ。


「……奇麗な星だな」

 作業をしながら外を見ると、だんだんに青い星が見えてくる。
 航行不能になった愛機は、その惑星に引き寄せられていく。

 愛機のモニターで確かめると、知的生命が住んでいる情報は無い星であった。
 しかし、水と大気があるようではある。


 ……が、どうやら、この星が私の墓標になるようであった。

 今回は幸運の女神に見放されたのだろうか?
 現状を確認したところ、愛機の損害はおもったより酷く、この星の大気圏への突入に耐えられそうにないのだ。

 私はコックピット区画を冷凍睡眠モードに切り替える。
 万一の救助に備え、生命活動を抑えておくのだ。
 私はアンドロイドとは言え、生体パーツの多いバイオロイドであった。


「……あと、2機だったなぁ」

 通算撃墜記録が、あと2機でキリが良かったのだ。
 ……今際のきりで、そんなことを考えるのは、生まれながらに兵器として生まれた定めなのだろうか?
 死ぬと言うことが、あまり怖く感じられない。


 大きな衝撃と共に、愛機が大気圏に突っ込み、赤熱に身を焦がしていた頃合い。
 私は冷凍睡眠モードに誘われ、低体温になる体とともに深い睡眠についたのだった。




☆★☆★☆

【通知】……『生命活動を再開します!』

 脳内に埋め込まれた人工物である副脳が、やんわりと私の意識を揺り起こす。

 ……どれくらい眠ったのだろうか?
 幸運なことに、体に大きなダメージは無いようである。
 概ね自動回復用のナノ装置が治してくれていた。

 ……ここは、どこだろうか。
 軍のベッドにしては、過度にフカフカとしていた。

 ゆっくりと目を開けると、そこは天井や壁が木でできている。
 いかにも古風な部屋だった。
 さらに言えば、私は天蓋があるベッドに寝かされていたようであった。

 寝たままに見渡すと、壁には立派な絵画が彩り、家具の上には壺がおかれていた。
 絵に描いたような趣のある貴賓室だった。


「ふあぁ~」

 私は周囲の観察に飽き、上体のみを起こし大きくあくびをした。
 すると、小さく扉がノックされる。


「……ん、眼を覚ましたようだな?」

 そう言って部屋に入ってきたのは、歳が70歳くらいの上品な風の老人であった。


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