上 下
61 / 73

第六十一話……奇襲、再びの黒騎士。

しおりを挟む
――月が煌めく夜半。





「ぐっ!」



 暗闇をドラゴの引く幌付きの荷車で御者をしていると、突然に矢が左ひざに刺さる。

 矢を調べると黒塗りの毒矢だった。

 明らかに殺害目的の攻撃といえよう。





「ガウ、どうかしたの?」



「どうしたポコ?」



 マリーとポココに尋ねられるが、





「敵だ! 頭を低くして!」



 と、注意喚起する。

 そして、急いでドラゴの手綱を操り、皆が乗る荷車を、路肩の木々の中へと隠す。





「誰だ!?」



 最初は強盗目的の山賊かと思ったのだが、矢ばかりが飛んでくるだけで、相手が一向に姿を現しては来ない。





「出てこい、臆病者め!」



 そう挑発してみるも、返答は黒塗りの毒矢ばかりであった。





「スコットさん、相手がだれか見て来てくれない?」



「了解です!」



 そもそも幽体で、毒矢に耐性がありそうなスコットさんに偵察を頼む。



 ……が、スコットさんはすぐに戻ってくる。





「旦那様、矢を抜いて下さい。痛い!」



 スコットさんに刺さっていたのは、アンデッドモンスター対策が施されていた銀矢だった。



 ……これはただの山賊じゃないな。

 ひょっとして、此方のパーティーの構造までわかっている確信犯的な襲撃かもしれなかった。





「……痛いですがな!?」



 矢を剣で払わず、ワザとしゃべる盾で矢を受ける。

 盾に刺さった矢の方角向けて、矢を撃ち返した。





「グァ!?」



 何度かそのようなことを続けていると、敵に矢が当たったようだった。





「スコットさん、みんなを頼む!」



「了解です!」



 スコットさんに荷車の守りを頼むと、矢が当たったであろう敵の場所まで疾駆する。





「なんだこれは!?」



 驚くべきことに、矢を受け絶命していた敵は、姿を消せる魔法の衣を被っていた。



 衣を剥ぐと、中から現れたのは、着こんだ甲冑まで黒色に塗られた、魔族の射手であった。

 しかも、弓から剣から鎧まで、一級品の装備をしていた。





「……くそう!」



 これは明らかに、我々に対する暗殺目的だ。

 装備からするに、相手はきっとただものじゃない。



 私は急いで荷車まで戻った。





「……こ、これは、難敵ですな!」



 敵が持っていた身を隠す魔法の品を見せると、スコットさんも唸る。



 敵が身を隠したまま遠距離の物理攻撃に徹するのは、私が近接攻撃である剣技に強いことや、マリーやスコットさんが魔法を得意なのを下調べしているのだろう。



 ……どうしたらいいのだろう?

 皆で顔を合わせて対応を思案していると、





「……でも、私の情報は無いんじゃないです?」



 そう言ったのは、今回の旅のメンバーに入っていた、古代竜の孫娘アイリーンだった。







☆★☆★☆



「出でよ、僕たる火竜! 周囲の敵を焼き尽くせ!」



 アイリーンがそう唱えると、上空に全長10mクラスのレッドドラゴンが現れた。

 ……そう、彼女の特技は、様々なドラゴンを召喚できるとのことだった。



 レッドドラゴンは我々の周囲の木々に向けて、高温の炎のブレスを吐きかける。





「ギャァァア!」



 あちこちの木々の影から、火に包まれた暗殺者の姿が現れる。

 その姿めがけて、私の矢やマリーの必殺の魔法が襲った。



 此方はさらに、スコットさんやポココが炎対策の結界を展開。

 敵にだけ、一方的にレッドドラゴンの炎が浴びせられた。



 しばらくこちらに有利な展開が続くと、突然に暗闇からレッドドラゴンに飛び掛かる黒い影が、月の光の逆光に浮かび上がる。



 敵がしびれを切らし、こちらの攻撃のキーであるレッドドラゴンを狙うであろうことが、今回の作戦の要だった。





「今だ!」



 私はその黒い影めがけて飛び掛かり、そして斬りかかる。



――ザシュ

 眼で確認できたわけではないが、確かな手ごたえがあった。





 『ドサッ』という音とともに、黒い影が血を迸らせながらに、地面に倒れ込む。



 その姿は見たことがある。

 以前にパール伯爵を倒すよう依頼してきた、黒騎士エドワードの姿であった。







☆★☆★☆



「殺せ!」



 脇腹にできた深手の傷口を抑え、倒れたエドワードは観念したように口を開く。

 大量に流れ出た血が、周囲の地面に光る。



 その様子と同時に、周囲から気配が減っていく。

 彼の部下が逃げ去ったようだった。





「何の恨みがあって、襲って来た!?」



「恨みはない! 主の命令こそが全て!」



 敵とは言え、騎士らしい発言だった。

 こういう奴に、主が誰かと聞くのも失礼だろう。



 私は彼の首筋に、静かに剣をあてる。

 剣は月明かりで妖しく光る。





「……」



「……なぜ、止めを刺さぬ?」



「……、刺したくないからかな?」



「……」







☆★☆★☆



 私達は気を取り直し、ドラゴの曳く荷車で、魔王ベリアルの居館へと急いでいた。

 夜間でも、竜族であるドラゴの足並みは速く力強い。





「ガウ、なんで止めを刺さなかったの?」



 再び荷車の客となるマリーが、御者台に座る私に問いかけてきた。





「じゃあ、マリーが刺したければ刺せばよかったじゃない?」



「ガウのいじわる」



「あはは……」



 確かに止めを刺した方がよかったのかもしれない。

 そんな気もする。

 ……でも、そうしない方が良い気が、私たちの中ではあったのだ。





「エンケラドゥスさんもお元気かな?」



「そういや、しばらく連絡がなかったね。お忙しかったのかな?」



 しばらく連絡のない岩石王の話もしながら、朝方には森を抜ける。

 魔王ベリアルの居館がある山々は、もうすぐそこであった。
しおりを挟む

処理中です...