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第三十八話……魔将ラムザ誕生

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「司令官代理殿!」



「おう、なんだ!?」



 俺様の名は、ラムザ。

 日々功を立てて、いまやこのマッシュ要塞の司令官代理だ。





「南側の城壁の補修工事ですが、あと3日で完了は難しそうです。あと2週間ほど頂ければ……」



 ペコペコと工事担当者の下級貴族が頭を下げて来る。





「何を言ってやがんだ! この無能! ぺっ」



「奴隷と農民を寝がさずに働かせるんだよ、このボケェ!」



「はっ!」



 工事担当者の下級貴族に、唾を吐きかけてやった。

 平民上がりの俺様に、悔しそうな顔……、いい気味だ。



 ……やはり、出世はいいもんだ。

 このためにこそ、俺様の才能と努力はあるってもんだぜ。





「……ら、ラムザ殿、あまりに過酷だと、民衆の反乱を招きませんかな?」



 無能で有名な上流貴族の司令官様が、心配そうに後ろから助言してくれる。





「いえいえ、閣下におかれましては、何もご心配なさいますな」

「全て、このラムザめに、お任せあれ!」



「そうか、では、よきにはからえ!」



「ははっ!」





――1か月後。

 この無能の左遷が決まり、俺様が司令官となった。







☆★☆★☆



「司令官殿! 敵影です!」



 下級参謀が部屋に入って来る。

 我が方の斥候が、敵を見つけてきたようだった。





「おおそうか、王都に至急伝令を出せ!」



「はっ!」



 王都からの援軍が来るまで、この要塞を持ちこたえることが、ここでの俺様の仕事だった。

 敵方であるズン王国の領域は、ここより南側に広がる。

 よって、きまって敵は南側から現れるのが、通例となっていた。





「敵影、約500名の騎兵です!」



「……よし、投石器部隊に射撃を命じろ!」



「はっ!」



 下士官が旗で射撃命令を伝える。

 城壁の上で投石器がしなり、大きな石を次々に敵騎兵に投げつける。





「敵騎兵、離脱!」



「騎兵の背後から歩兵部隊。数、約3000!」



「弓兵と魔法使いに迎撃させよ!」



「はっ!」



――数時間の戦いの後。

 敵は散を乱して潰走し、マッシュ要塞での俺様の初陣は勝利を飾った。







 戦勝の席にて。





「あはは、司令官殿! このままいけば、次はご領主様ですな!」



「……ああ、そうかもな」



 次々に戦功を立てれば、次は城持ちの貴族様への出世も見えてくる。

 城の壁は白亜の大理石が良いかな、と夢が広がりやがる……。



 しかし、俺様は酒を控えめにしていた。

 昼間の敵の攻勢が、やけに生ぬるかったからだ……。





「司令官殿! 夜襲の様ですぞ!」



「……きたか、迎え撃つぞ!」



「はっ!」



 ……予想通りだった。

 ズン王国軍もそろって単純な奴らだ。

 ……くくく、これで俺様の勲章がまた増えるな。



 俺様は笑いながら、城壁の一段高いところにある塔に登る。





「夜の闇を照らすよう、魔法使い達に伝えよ!」



「はっ!」



 空高くに、辺りを真っ赤に照らしだす、火の魔法が上がる。





「!?」



 ……闇から浮かび上がる。

 が、敵の様子がおかしい。



 やはり、人間では無いな。

 魔物を戦に使うことは、よくあることだったのだ。





 土煙の下から、盾と剣を構えた2足歩行の爬虫類が、整然と列をなして行軍してくる。





「……これはおかしいぞ?」



「いやいや、司令官殿。ただのリザードマンではありませんか?」



 ……そうじゃない。

 小型下級龍族のリザードマンが怖いんじゃない。



 怖いのは、奴等が整然と進んでくることだった。

 人間が魔物を使役すると、もっと雑な感じになるはずだったのだ。





「司令官殿! 敵歩兵の後ろ側に、きょ、巨影が!!」



 遠眼鏡を覗く下士官が騒ぐ方向を見る。

 100mもありそうな巨塔のようなものが、土煙を上げて歩いてくるのが見えた。





「……こ、これは、古代竜族!?」



 初めて見る巨竜だった。

 ……というか、今生きている人間は、書物の中でしか見たことがない魔物だったのだ。





「司令官殿! どういたしましょう!?」

「全軍を撤退致しますか?」



「馬鹿かお前! 逃げるなんて選択ある訳ないだろ!」



 若い下士官を励ます。



 ……な~んてな。

 俺様だけが逃げるんだよ、このボケェ。





 俺様は司令官用の貴賓室に戻ると、運べそうな分量の宝石と金貨を漁る。





「……地獄の沙汰も、金次第ってな。くくく!」



「いい心がけだな」



 俺様の後ろから、腹の底に響きそうな低い声が響く。

 大男!?

 ……いや、女とも思えるような不思議な音色だった。



 振り返ると、そこにいたのは、羊の角が生えた麗人の様な魔物だった。





「お、お前はだれだ?」



 まだ、城門は突破されていないはず。

 一体、どこから現れやがった?





「何を怯えているのだ?」



「……」



 確かに俺様は怯えていた。

 何故ならこの要塞には、魔法使いの侵入を阻むために、強力な結界が張られているのだ。



 ……しかし、こいつの気配は明らかに魔法使い。

 つまり、結界をものともしない、人知を超えるほどの強力な魔法使いだったのだ。





 怯えながら振り返ったときには、俺様の頭は胴から音もなく切り離され、床の上を転がっていたのだった。



 ……く、くそう。

 俺様はここで死ぬのか……。





「人間にしては、素晴らしい闇を感じるな、貴様名を名乗れ!」



 ……我が名はラムザ。

 力にて人間の王を目指す者。



 心の声にて答える。





「ほう……、よき心がけじゃ」

「……よし、貴様に2度めの命を授けてやろう!」





 ……不思議なことに、地面にころがる俺様の頭から、徐々に体が生える。

 気が付いたころには5体満足な体に戻っていたのだ。





「ラムザとやら、我が僕として再び生きよ! そして人間を滅ぼすのじゃ!」



「……ははっ、御意のままに!」



 俺は再び生を受けた。

 魔物の体を得て。

 魔王アトラスの僕として……。



 ……魔王アトラスの参謀、魔将ラムザの誕生だった。







――その翌朝。



 ズン王朝は滅び、代わりに王として、魔王アトラスが君臨したことが、シャルンホルスト大盆地全土に伝わった。

 マッシュ要塞以南は、かくして魔族の治める地となったのだ。

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