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第三十七話……暗黒精霊デスサイズ

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――古城に戻った後。





「ガウ、世話になったな!」



 そう言ってくれるのは、今回助け出した団長のライアンさん。

 未だに重傷中で、痛々しく包帯が巻かれている。





「無理をしないでください。傷は浅くありませんよ」



 回復魔法を掛けてはいたが、不衛生な檻に長く入れ続けられたのもあって、傷の治り具合は悪い。

 助け出した他の9名の団員達も、概ね同じような状態だった。





「傭兵団は必ず再興して見せる……」



 絞り出すように、ライアンさんは呟いた。







☆★☆★☆



――三日後。



「では、たのんだよ!」



「はっ!」



 領都から借りてきた馬車3台に、傷ついた団員たちが分乗する。

 我々をケンタウロスの集落に案内してくれた団員を先導役に、王都にある傭兵団の隠れ家を目指すのだ。

 古城にいるより、そちらの方がゆっくり養生できるだろうとのことだったのだ。



「ガウ、またな!」



「はい、お元気で!」



 今や副団長のアーデルハイトさんに挨拶する。

 彼女の包帯もあちこち血がにじんでいた。





「出発!」



 馬車が古城を離れ、王都を目指す。



 武勇に優れたアーデルハイトさんでさえ、背後から不意をうたれれば、あのような姿になるのだ。

 やはり、味方の裏切りほど怖いものはない。



 ……深くそう思った、木漏れ日が漏れる昼下がりだった。







☆★☆★☆



「……で、どうする?」



 執務室にて、捕えていたケンタウロスの族長の息子、アルデバランJrに尋ねる。





「我々が降伏したら、処遇はどうなる?」



 私は席に座ったまま、スコットさんの方を見た。





「……こちらが、その条件になります」



 死霊がケンタウロスに、処遇の条件の書かれた羊皮紙を差し出す。

 ……書面には、ルカニのところのゴブリン達と同じように、労働力の供出など、ありきたりの条件が並ぶ。





「……はっ、これよりベルンシュタイン伯に忠誠を誓います」



 もう面倒くさいので、魔物相手にはベルンシュタイン伯を名乗ることにしている。

 アルデバランJrが指に傷をつけ、羊皮紙に血糊でサインを施すと、青白い光の魔法印が浮かび上がる。



 ……魔族の主従の契約の完了であった。







☆★☆★☆



 ケンタウロス征伐の知らせは、周囲の魔物たちに伝播した。

 そのことにより、領都北西の湿地帯に棲む、小型下級龍族であるリザードマンの族長、ルドルフがやってきた。





「ご機嫌麗しく存じます!」



「……ああ、遠い所ご苦労!」



 別に麗しくもなんともないが、『偉そうにしておけ』と、スコットさんに言われているのだ。

 前世の会社の社長を思い出し、できるだけ偉そうに椅子に腰かける。





「よろしければ、こちらをどうぞ!」



「なんですかな?」



 ……げぇ。



 彼等が持ってきたのお土産は、大量のカエルの干物だった。

 出来れば、魚とかのほうが嬉しいんだけどね……。





「大好きぽこ~♪」



 ……あ、リザードマンと価値観を共有するのはポココだった。

 どうやら、湿地帯の貴重な珍味らしい。







「……では我等も」



「よろしく頼む!」



 こうして、リザードマンの族長ルドルフも、血糊の主従の契約書にサインすることになった。



 このことにより、我々の勢力圏は湿地帯にも拡大。

 リザードマンが持っていた、河や湿地での漁業の技術も、順次手に入れることが出来たのだった。







☆★☆★☆



――ある日の晩。

 古城の裏庭にて……。





「旦那様、いきますぞ!」



「大丈夫かな?」



 火の精霊サラマンダーに続いて、契約する予定の新しい精霊を呼び出す。

 スコットさんが地面に描かいた魔法陣が青白く光り、漆黒の霧が噴出する。



 実際、それは精霊と呼べるものでは無かったかもしれないが……。





「我ヲ呼ビ出シタノハ、貴様カ?」



「いかにも!」



 喋る漆黒の霧に応じる。



 この霧の正体は、暗黒精霊デスサイズ。

 闇魔法を司る上級精霊だった。





「……用ハナンダ!?」



「我に、其方の力を全て与え給え!」



「……ヨウ言ウタ! 貴様ノ臓物、生キナガラ全テ、引キズリ出シテヤル!」



 精霊の力を手に入れるためには、力でねじ伏せなければならない。



 相手は霧状なので、剣などの物理的な攻撃は効かない。

 魔法の打ち合いだけが、お互いの攻撃手段となった……。





「出でよ、灼熱の火竜サラマンダー! 黒き霧を焼き払え!」

「ファイアストーム!」



 ……死闘のはじまりだった。







――魔法。

 この世界の魔法は、聖・火・土・風・水・闇の6つの属性から成る。

 これを司る精霊が各々存在し、ある一定以上の力を得るためには、精霊を召喚した後に打ち負かす必要があった。



 力関係は、火が土に強く、土が風に強く、風が水に強く、水が火に強いという4すくみの構図だった。



 さらに言えば、二種類以上の属性魔法を得るのは、体にかなりの負担がかかる。



 特に、聖と闇の魔法の共存は難しく、過去においても聖と闇の魔法を同時に使いこなすものは、神話の世界にもいなかったのだ。



 私はスコットさんの勧めにより、火属性の魔法の次は、闇属性魔法に目を付けた。

 なにしろ闇属性は、スコットさんの最も得意とする魔法分野だったのだ。





「……ククク、貴様。珍妙ナ盾ヲ使ウナ!」



 精霊を屈服させるためには、一人で戦わなければならない。

 しかし、火を噴いたり、喋る盾を使ってはいけない法はなかったのだ。



 デルモンドの加勢は大きかった。







――朝日が登るころ。



 死闘に決着がつく。

 遂に暗黒精霊デスサイズを屈服させることに成功した。





「見事ダ、我ガ力ヲモッテシテ、全テノ生キ物ノ血ヲ、凍ラセルガ良イ!」



 黒い霧が私の体に吸収されるのを感じた。





「お見事!」



 スコットさんの声が遠く聞こえる。





 ……が、眠い。



 私は意識を手放してしまう。

 一晩中戦ったので、疲れてその場で眠りこけてしまったのだった。
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