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第十五話……殿(しんがり)

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――ダダーン





「……む!?」



 味方を逃がすために、自隊の兵を纏めて殿の任についていた山県昌景隊は、織田徳川連合軍の鉄砲の集中攻撃を浴びる。

 竹束等を盾にしていたが、それでもすべてを防ぐには至らない。



 昌景を守る郎党たちも、次々に銃弾に倒れていった。





「退け!」



 時には立ち止まり刀を合わせ、時には機を見て退くを繰り返す。

 勢いに乗る敵の追撃を受け止める殿とは、かように辛い持ち場であった。



 さらに言えば、戦いの前半を優勢に推移した分、山県隊は敵陣深くに入りすぎ、撤退は困難を極めていた。





――ダダーン





「がはっ!」



 遂に銃弾が昌景の右腕を貫く。

 愛馬も銃弾を受け落馬。

 昌景は持っていた軍配を落としそうになるも、口にくわえてそれを堪えた。





『……これは亡き御屋形様に頂いた形見。決して地に落とすわけには参らぬ』



 昌景の兄は、信玄嫡男の太郎義信の守役を仰せつかるくらいの大身であった。

 しかし、その後、兄は信玄に対し反乱を起こす。



 昌景も兄と共に処断されるところだったが、信玄の恩情によって今の立場があったのだ。

 その恩に報いるため、彼は今まで武田の最精鋭として必死に戦ってきたのだ。



 昌景はその後も必死に孤軍奮戦。

 郎党と共に、群がる徳川勢を散々に蹴散らした。



 ……しかし、衆寡敵せず、群がる徳川軍の雑兵の槍によって体を貫かれた。





『……む、無念』



 昌景の大切にする軍配も、雑兵によって無残に踏みにじられた。

 最強を称する武田の赤備えが、地上より消えた瞬間でもあった。







☆★☆★☆



「山県三郎兵衛様、お討ち死に!」



 その報は、同じく戦いながらに退いていた馬場信春の耳に入る。





「やむなし! これより我が隊も殿とならん!」



 山県隊が崩れた以上、誰かが敵を受け持ち、味方を逃がす必要があったのだ。

 しかし、山県昌景の無敵の赤備えを倒した織田徳川連合軍の勢いは増す一方であった。





「もう敵を防ぐなど無理です! 一刻も早く逃げましょう!」



「ならぬ! 勝頼様を少しでも安全に逃がすのじゃ!」



 信春は撤退を進言する郎党を、鞭で殴りつける。

 しかし、その郎党も主人を決して見捨てはしなかった。



 信春は必至に戦い、そして逃げた。

 しかし、郎党ことごとく討ち取られ、信春一人となってしまう。





「我こそは、馬場美濃守信春じゃ、我と思わん者は掛かってこい!」



 その大音声の名乗りに、周囲の織田勢は色めきだつ。





「大賞首じゃ! 討ち取れ!」

「手柄首じゃ!」



 信春の首を求めて、遠くの織田勢の雑兵までもが殺到。

 信春に無数の刀や槍が刺さる。



 更に集まってきた雑兵たちは、信春の首を奪い合って同士討ち。

 ……その体まで、味方の撤退の為の時間稼ぎとした。





 馬場信春、享年63。

 山県昌景と並び、武田の飛車角ともいえる名将の最後だった。

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