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第三話……総大将勝頼

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 犬居城に入城した武田軍は軍議を開く。

 遠江の名城、二俣城の攻略についてだった。





「御館様、二俣城は難攻不落。包囲して糧道を断つが定石でしょう」



 と述べるは、もはや老将の域に達した馬場信春。





「しかし、それでは時間がかかりすぎまする」



 山県昌景が苦言を呈する。

 確かに、こんなところで時間を無駄にしているようでは、京への上洛はおぼつかない。





「まずは周辺の城や砦を落として、その後に降伏勧告しては如何でしょう?」



 と、勝頼が諸将に提案する。

 この提案に対して、信玄は、





「よし、その策でいくとしよう。これより二俣城攻略の総大将は勝頼、其方が行え!」



「はっ!」



 信玄は若い勝頼に、少しでも総大将として経験を積ませたかったであろう判断だった。





 信玄の思惑とは別に、勝頼は烈火のごとく、二俣城周囲の城や砦を陥落させる。

 囲めば一か月かかりそうな城を、僅か三日に一つのペースで落とし続けたのだ。



 途中、野戦を挑んできた本多忠勝の軍をも、簡単に撃破することに成功。

 ……後日、勝頼は信長をして、『強すぎる大将』と評されることとなるのである。





 しかし、二俣城は周辺の城が落ちても、降伏の使者を拒み続けた。

 武田勢は鉄砲除けの竹束を押し出し、城に迫るが、城は断崖絶壁の上にあり、無理攻めは不可能に近かった。

 しかも、兵糧は十分であるようで、さらには濠の役目をする川から、櫓にて水を組み上げる備えまであったのだ。





「はや、この城を囲んで二か月。このようなところで、無駄に時間を潰すわけにはいかぬ!」



 勝頼は軍議でイラつく。

 信玄は隣の部屋で休んでいるので、勝頼が最も上座にて軍議を仕切っていた。





「されば、このような策は如何でしょう?」



 山県昌景が献策した策とは、川の上流から木材を大量に流し、二俣城の水を組み上げる水上施設を壊してしまうというものだった。

 結果的にこの策が当たり、水の手を切られた二俣城は、その日のうちに降伏した。



 こうして、遠江の要衝二俣城は陥落し、徳川方の掛川城や高天神城を戦略上無力化することに成功。

 家康の居城である浜松城を守るモノは無くなったのだった。





 家康は浜松城の防備を固め、籠城の準備をしていた。

 徳川勢8千に加えて、織田の援軍5千。

 堅い守りを誇る浜松城に、1万3千の軍で立て籠もるのである。

 防備は誰の眼にも万全に見えた。



 しかし、武田勢は浜松城の近くを素通りする。

 その様子は、浜松城の家康からも見えた。





「くそっ! 信玄坊主め、ワシのことなど眼中に無いのか?」

「この屈辱許せん! 出陣じゃ!」



 しかし、家臣たちが諫める。



「殿! なりません! 武田軍は野戦にては日ノ本無双。ここは我慢なさいませ!」



「くそう」



 耐える家康。



 ……が、そんな折、伝令が入ってきた。





「武田勢、祝田の坂を坂を下りました!」



「全軍がか?」



「はい!」



 祝田の坂の下は、狭い隘路だった。

 そこでは大軍では身動きが出来ない。

 これを急襲すれば、必勝が望めたのだ。





「信玄入道め、油断が過ぎたな! 出陣だ!」



「「「おう!」」」



 流石の武田勢も狭い窪地に入っては、まともに戦えないと、徳川方の老将たちも出陣に賛成。

 徳川勢は城を出て、急いで武田勢の後を追った。





 そのころの勝頼。



「徳川方、城を出ました!」



「良し! 合図の鉄砲を放て!」



 武田勢は急遽反転。

 後備えの小山田隊を先頭に、先ほど降った祝田の坂を全力で登った。





「急げ! 急げ!」



 武田、徳川両軍は急いだ。





 徳川軍が台地である三方ヶ原に着いたころには、武田勢は坂を登り切り、一糸乱れぬ隊列を整え、待ち構えていたのだった。





「くそっ! 謀られたか!?」



 このことは全て、浜松城を落とすのに時間がかかると見た、武田方の計略だったのだ。





「鶴翼の備えに改めぃ!」



 徳川勢は武田勢よりも少ないが、乾坤一擲の意気込みで、両翼を伸ばした鶴翼の陣形を選択。

 対して、武田の備えは守りが重厚な魚鱗の構えだった。




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 人物コラム『武田信玄』



通称・甲斐の虎。

父信虎を追放し、甲斐国主となる。

川中島にて上杉謙信との死闘はあまりにも有名。



最盛期には、周辺7か国にまで支配地を拡げる。

戦国最強の騎馬隊を整備したほかに、金山開発、分国法制定。

さらには、信玄堤など、内政手腕も高かった。
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