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第四十七話……政治家と経営者

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「ほう、これが新しい船ですな」

「そうだよ、乗り心地はあまりよくないけどね」

 晴信はカンスケにケツアルコアトルの艦内を案内した。
 そしてエレベータに乗り、艦の食堂へと向かう。


「む? コックなどどこにいるのですかな?」

 カンスケは戸惑う。
 案内された食堂にはコックのような人物どころか、人っ子一人いない寂しい環境だったのだ。

「いやいや、新しいコックは機械だよ。この船の自動フードメーカーが優秀なんだ。特に中華料理が絶品だよ」

 晴信はアールと書かれた自動調理機械を、優しく叩きながらに言う。

「ほぉ」

 カンスケと晴信は、この新しいフードメーカーに好みの料理を注文。
 暫し待つと、機械の取り出し口から料理が出てきた。

 二人が頼んだのはラーメンと炒飯と餃子。
 香ばしい湯気が立ち上る。


「社長! この餃子は逸品ですな」

「でしょ?」

 餃子は皮の中から、沢山の肉汁がしたたり落ちて来る逸品だった。
 こんがりとした卵炒飯に、こってりとした豚骨ラーメンも舌がとろけそうに美味しかった。


「確かにこの船のコックは優秀ですな」

「あはは、AIの本体は艦橋に設置されているんだけどね。今度直接褒めてあげて」

 この料理を作っている電算機は、艦橋に備え付けられている艦制御システムAIのアールであった。
 本職が太古の超文明の人間たちの料理人であり、その腕は一級品だったのだ。



☆★☆★☆

 食事を終えた晴信は、一人通信室に入った。
 彼は超高速通信の映像システムを立ち上げる。
 相手は惑星コローナにいるブリュンヒルデであった。


「おかえりなさいませ」

 映像に映るブリュンヒルデは恭しく挨拶をした。

「ただいま。話をしたいと思っている件は薄々感づいているとは思うけど……」

「アリーマーや工場設備などの件ですわね?」

 彼女は少しうつむいて、そう返事をする。

「そうなんだ。ウチは企業だからある程度の利益を出さないといけない。得たものを勝手に獲り上げる政府の下にはつけないよ!」

 晴信は意図的に厳しく糾弾した。
 惑星コローナには、ミハタ社の工場などが従業員3000名以上を抱えていた。
 彼等の給料など生活に関わる責務を、晴信は負っているのであった。


「……でも、政府としては資金がいるのです。貧しい住民たちへの水や食料を確保しないと。でも今の臨時政府にはお金が無いのです。税収もわずかしかありませんし……」

「その資金源の為にアリーマーを売ったの?」

「……ええ」

 ブリュンヒルデの話によると、貧困者対策の財源が足らず、そのためにミハタ社の工場や気圏戦闘艦アリーマーを軍閥など傭兵たちに売却したというのだ。
 惑星コローナにおいての正規軍はわずかであり、ゼノン王率いるゲルマー王国軍に対抗するため、傭兵団など軍閥の戦力にも頼っていたのだった。


「理由は分かったけど、タダという訳にはいかないよね?」

 晴信は惑星コローナに沢山いる貧困者対策と聞けば譲歩の考えを示し始めた。
 それに応じて、ブリュンヒルデの顔色がだんだんと戻る。


「……わかりました。相応額の利払い付50年満期の公債をお渡しします」

 意外なことに、素早い対応策を提示するブリュンヒルデ。
 対応策については、事前にザムエルと協議されているらしかった。

「じゃあそれで手を討とう」

 こうして一人の政治家と、一人の経営者という話し合いが終わる。
 残りは私人としての会話だった。


「晴信様は、いつになったらお戻りになります?」

 笑顔のブリュンヒルデが晴信に問う。

「ええと、新しい船の改修があるから、もうしばらくかかると思う……」

 ……その後、和やかな会話が30分ほど続いたのだった。



☆★☆★☆

――翌日。
 晴信はいつもより早く起きて、工場の設計室に籠っていた。

「おはようです」

「おはよう」

 そこへディーがやって来る。
 ディーは晴信の作っていた改造試案を、横からのぞき見るとビックリした。
 ケツアルコアトルを全長800mの巨艦にするという内容だった。

「ええ……、大きすぎませんかね?」

「そうかな?」

 創作未来SFの本などには、全長数キロにわたる巨艦がたしかに登場する。
 だが、この世界は文明が失われた地なのだ。
 全長800mでも十分大きく、停泊する泊地設備を選ぶ船となってしまうのである。


「でもさぁ、艦内にドレッドノートを収納したいんだ。そう考えるとこの大きさになっていくんだよなぁ……」

「ああ、なるほど……」

 晴信が留守中に、気圏戦闘艦アリーマーが没収された。

 ……今度はドレッドノートの番かも?
 ディーにはそんな晴信の杞憂が見て取れた。


「……で、この大きな格納庫は何なのです?」

「ああ、艦載機用なんだよ」

「艦載機?」

 ディーは不思議に思う。
 ここには艦載機にのる搭乗員などどこにもいなかったからだ。

「今回は空母にしたいんだ。搭乗員はこれから募集する。偏った国籍になると拙いから、傭兵を雇おうと思う」

「……へぇ」

 ディーに晴信の趣味はあまりよく分からない。
 むしろ、少ない人員で回せる船の方が面倒くさくないのになぁ……。
 そう思ったが、口にはださないで黙っておくことにした。


 今回の改修は長く続き、一か月を超える日にちを必要とした。
 ある程度、改修工事のめどが立つと、晴信は現場をディーに任せることにした。

「晴信、どこへ行くの?」

「ああ、例の搭乗員探しにね。宇宙ステーションのタイタンあたりに行こうかと思うんだ」

 そう言って、晴信は一人、小さな連絡艇にのって、タイタンを目指すのであった。
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