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~南方編~
第九十八話……激突! ハンスロルの戦い【中編】
しおりを挟む小雨が落ちる。
その日のことは忘れない。
「進め!!」
モロゾフの口上に腹を立てたヘンシェル伯爵は、本隊に左右両翼部隊を一直線に配した横陣を編成し、数を頼みにした力攻めにて渡河を敢行した。
それを迎え撃つブタ勢も川の上流側である左翼にザムエル、モロゾフが指揮する本隊、ヴェロヴェマが備える右翼と並ぶ横陣で迎えうった。
【11:30頃】
アーベルム港湾自治都市にその人ありと謳われる勇者、オーキンレック男爵が率いるアーベルム右翼が渡河を試みるところから開戦の口火を切られた。
「貴様ら進まんか!!」
金箔を施したフルプレートアーマーに身を包んだオーキンレックはイラついていた。昨日までの雨により川が思ったよりも深く、兵士たちの膝までが水に浸かり進撃を妨げていた。
「カッカッカ。元気な奴らよの!」
ブタ勢最強と目される獣人指揮官ザムエルが率いる屈強なオーク達が、その強靭な腕を活かした弓による射撃を行う。
川の水に足を取られているアーベルムの兵士たちに、鈍い音を響かせる矢が次々に襲ってくる。
大きな盾を持つ重騎士たちが足を射抜かれ次々に倒れた。いわんや軽装備の一般兵士たちの惨状は悲惨の極みだった。
今の我々の世界は銃が一般的で、あまり語られない武器である弓だが、実際はその貫徹力は剣や槍をはるかに凌ぐ。有名な中世イングランドのロングボウ部隊の有効殺傷距離は100mを優に超え、現代のフライパンを簡単に射貫くと言われる。当時の低い精錬技術で作られたプレートメイルで防げるかについては説明する必要はないであろう。
【11:45頃】
アーベルム側総大将ヘンシェル伯爵の指示に基づき、アーベルム左翼も渡河を開始。しかし下流に位置することもあってか水深は深く、兵士の腰まで水に浸かった。
これを迎え撃つのは骸骨部隊を指揮するヴェロヴェマ。彼も戦上手で通っていたが、アンデッドモンスターである骸骨兵たちは夜戦が得意で、昼間はむしろ動きが鈍かった。
昼間の骸骨兵は人間に力は劣るのだが、とにかく抗堪性が高かった。また腹が減るわけでもなく、咽喉が渇くこともない。
ヴェロヴェマは彼らの特性を活かし、水際での死守に拘ることなく、時には退き、好機には前へ出た。
アーベルム側からすれば、兵力を投入しても崩せそうで崩せない、もどかしいタフな戦いを要求された。
【12:15頃】
「両翼は何をしておる!?」
ヘンシェルは当初、腕自慢の下級貴族や騎士たちを両翼に配置し、あわよくば半包囲を目論んでいた。
しかし両翼による攻勢だけでは進展がないと悟ったヘンシェル伯爵は、中央部前衛にも攻勢を命じた。
ブタ側は今回すべての弓兵に対し、コダイ・リューたちが捕獲する貴重な海獣を材料とする高性能の弓を支給していた。
大盾持ちの後ろから、ブタ勢の射手たちは遠距離から次々と敵を射すくめた。
……が、数の力は強く、ダースが指揮するブタ勢中央部は段々と劣勢になっていった。
【12:30頃】
開戦より一時間がたったころ。アーベルム右翼を指揮するオーキンレック男爵は部下の制止を聞かず、最前線に身を投じていた。
「くっ!?」
突然、鋭い痛みがオーキンレックの右膝を襲う。気が付けば一本の矢がオーキンレックの右膝を撃ち抜いていた。
駆けよる部下がオーキンレックの足から矢を引き抜こうとするが、鋭い返しが邪魔をして抜けない。
「カッカッカ! 腰抜けどもが逃げるぞ。追え!!」
部下の肩を借りて後ろに下がるオーキンレックの姿を捉えた獣人ザムエルは、射撃を主軸とする防戦から、白兵戦主軸の攻勢へと転じていった。
【13:30頃】
――ドドーン。
ブタ勢の本営から退き太鼓が戦場全体に轟く。
「む? 退き太鼓か!? 残念だが退くぞ!」
戦いを優勢に進めるザムエルであったが、麾下の部隊にすぐさま後退を指示する。
ザムエルの率いる部隊と違い、ブタ勢の中央部隊はトリグラフ帝国からの移民で構成されていた。
彼らは日ごろ農村で働く開拓民である。そのような人たちに、大軍を相手に長い間戦線を維持させるのは不可能だった。
ザムエルと同じく戦いを優勢に展開していたヴェロヴェマ部隊の援護の下、ダースが指揮するブタ勢中央部隊は後退に成功した。
【14:30頃】
ブタ勢は川より少し離れた台地に布陣しなおした。無事に川を渡ったアーベルムの諸侯は総大将であるヘンシェル伯爵の指示を待たず次々に攻勢にでた。
なにしろ台地に布陣するブタ勢前面にリーリヤらしき姿が見えたのだ。リエンツォ政権を支持する貴族たちからすれば、危険な火種になりえるリーリヤを討ち取る好機だった。
「畜生である蛮族どもを、文明が栄えるアーベルムの地より叩き出せ!!」
「「「おう!!」」」
右膝に包帯を巻いたオーキンレックは、麾下の下級貴族たちを鼓舞し、愛馬を躍らせて騎乗する配下の騎士たちとともにリーリヤらしき姿めがけて突撃した。
しかし、騎兵に続くはずの槍兵たちの動きは鈍い。2時間以上も川の中で戦ったため、疲れ以外にも気化熱が体力をそぎ取っていた。
【15:30頃】
「オーキンレック殿に、敵を迂回し回り込むよう伝えよ!」
リーリヤの姿がなまじ見えるため、アーベルムの攻撃はブタ勢中央部に集中。ブタ勢は優れた射手を集中配置することで効率の良い対応が出来ていた。
「他の者にも戦線を拡げ、敵を包囲するように伝えよ!!」
ヘンシェル伯爵は全軍の両翼を拡げ、ブタ勢を半包囲するべく再攻勢を開始。それに応じてブタ勢の両翼であるヴェロヴェマとザムエルの部隊も、中央からだんだんと離れる形で包囲を妨げるよう動いた。
「不味いな……」
「ブヒ?」
ブタ勢の本営で全体を俯瞰し、今回のブタ勢全軍を指揮するモロゾフは珍しく不安を口にした。
大軍を擁するアーベルムに合わせて少数のブタ勢が両翼を拡げた結果、ブタ勢の戦線は薄い絹のような布陣になっていった。
それを眺めていたヘンシェル伯爵は剣を抜き、天に突き上げた。
「勝ったぞ!! 我に続け!」
ヘンシェル伯爵は自ら2000名のアーベルムが誇る親衛隊を引き連れ、ブタ勢のど真ん中に突っ込んできた。
「下がるな! 押し返せ!!」
ブタ勢中央部の前衛部隊を統括するダースは必死に防戦を指揮。ダースが指揮する農民兵に、アーベルムが誇る煌びやかな精鋭騎士たちが馬に跨り何度も踊り込む。
しかし農民兵たちは逃げたい気持ちを必死に抑えて踏みとどまった。彼らはトリグラフ帝国では自らが耕す農地を持たない次男以下の者たちだった。
彼らはモロゾフに従いブタ領に移り住んだが、当初は不安な気持ちで一杯だった。そこに現れた領主であるブタは、威厳があるわけでも聡明であるわけでもなかった。しかしよそ者である彼らにも、とても優しい施策を行う領主だった。
もしここでブタが殺されてしまえば、彼らが耕した土地は奪われ、再び根無し草になる恐れがあった。
よって彼らは恐怖に良く耐え、ここにおいて予想外の強靭な防戦を展開していた。
「あの川がうっすら見える部分がわかりますかな?」
モロゾフがブタにアーベルムの布陣の一角を指さした。そこはアーベルムの左翼部隊と中央部隊との連携がうまくいかず、ぜい弱になっていた部分であった。
「わかるブヒ!」
布陣が薄い部分と言われてもブタは分からなかったであろうが、人数がすくなく『うっすらと背景が見える部分』というモロゾフの指示は的確だった。
「あそこを突破し、敵の左後ろへ回り込んでくだされ」
「わかったブヒ」
ブタが乗る村一番の俊足牛【月影】が牽く荷車に、モロゾフはリーリヤを抱きかかえ乗せた。
「頼みましたぞ!」
「!?」
それだけ言うと、モロゾフは愛用の鞭で【月影】の尻を思いっきり引っぱたいた。ブタ達が乗る車が突然敵陣に乗り出したので、アーデルハイトを含む警護兵やポコやウサも敵陣に踊り込んでいった。
それと前後して、ダースが支える中央部前衛がついに突破された。
ブタ勢に残された数少ない戦略予備を使い果たしたモロゾフ。彼がどっしりと構えるブタ勢の本営には、彼を守備する兵士は一人も残っていなかった。
「……!?」
モロゾフが気付くと彼の胸当てには矢が二本刺さっていた。
「名のある将と見た!!」
床几にどっかりと座る老将モロゾフを目指してアーベルムの騎士が馬に乗ったまま突っ込んでくるが、老将は足元に隠しておいた手槍で座ったまま騎士の胴を貫いた。
「次は誰だ!?」
低い威厳のある声があたりに響く。
それを見ていたヘンシェルは周囲に命令する。
「誰か、あやつを討ち取り功とせよ!」
それを聞いた兵卒が進み出ようとするが、
「我こそは、トリグラフ帝国大将軍モロゾフ。一騎打ちを所望いたす!!」
大音声で言い放ち、剣を向け指名した相手はヘンシェルその人であった。
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