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~南方編~
第九十三話……ボルドーの復活 【三顧の礼・前編】
しおりを挟む――降りしきる雨の中。ハリコフ王国領ハンスロルの城主の館にて。
「貴方様は、きっと偉大な王になれますよ」
「……、そうかな?」
天蓋付きの寝具に寝そべり、天井を見つけるボルドー上級伯爵。
彼は自領ハンスロルの統治に行き詰まり、自信を無くしていた。
今までの彼は民衆の前では自信あふれる支配者であり、交渉相手からすれば鋭い眼力と威圧感を放つ難敵だった。
ここ最近、彼にはそれが全くなくなっていった。
それどころか、彼の横顔からは老成した温かさえ感じられるようになっていった。
「民衆が元気な貴方様をお待ちしていますわ」
「そういう時代もあったやもしれぬ……」
政務ではボルドーの秘書を務め、寝所でも寄り添い、公私にわたりボルドーを必死に励ますコンスタンスだったが、糠に釘といった感じだった。
「貴方様は民の期待を一身に受ける英雄ではありませんか!?」
「そ……そうだな」
コンスタンスの熱意が、もはや彼にとって迷惑であるような節もあった。が、彼女は必死に励まし続けた。自信のない今の彼は、彼女の愛した人ではなかったからだ。
それから毎日、彼女は彼女の主を励まし続けた。
ボルドーはそのかいあって、酒浸りの生活から脱却し、天気が良い日に外で乗馬を楽しむようになった。
ようやくコンスタンスの愛するボルドーが戻ってきたようだった。
――その翌日。
転がり込むように伝令が駆け込んできた。
「上級伯爵さま! ローレンス辺境伯爵が兵をあげました。その数おおよそ5000」
「そうか! ご苦労。下がって休め!」
ローレンス辺境伯爵は、ボルドーが支配しているハンスロルに居する有力な豪族である。以前はボルドーに付き従っていたが、ハリコフ王の死に伴い反旗を翻したのだ。
ローレンスに同調しボルドーに反旗を翻す在地領主はさらに増えると予想されたが、このときのボルドーの目には既に野心溢れる若々しい生気が蘇っていた。
ボルドーは白銀の鎧を従卒に手伝わせながらに着こむと、重代に伝わる愛剣を握りしめる。
「ふふふ……、ローレンス! 貴様の汚らしい御首をあげ、ハリコフの王女レオンティーヌ様の俺への降嫁を確実にして見せるわ!!」
――その日、軍旗が掲げられ、兵卒は列をなして進発した。
コンスタンスはボルドー上級伯爵の執務室の窓から、意気揚々と出陣するボルドーを見送った。しかし彼女の両目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
――同時期。
ボルドーが治めるハンスロル以外でもハリコフ王の崩御の影響はいかんともしがたく、各地で反乱の火が上がった。
ハリコフ王国王都ルドミラの政庁の要請に基づき、ブタ領では反乱討伐への援軍の任を軍務役アガートラムに任せた。
アガートラムの麾下の兵士は皆魔物である。この時期においては、それだけ王都に余裕がなかったものと思われた。
アガートラム達の進発を見送ったブタは、山狩りからもどったポコ達と近くの海で釣りをしていた。
「餌はこうしてつけるポコ」
「は……はい、頑張ります」
体長30cmのポコが、体高3mの若きサイクロプスに小さな餌の付け方を教えていた。流石にサイクロプスは手が大きくて苦戦していた。
「つけてあげるブヒ」
「甘やかしたらだめポコ!」
「二人とも喧嘩したらだめでち」
サイクロプスをはさんで喧嘩する二匹の仲裁をするリーリヤ。そのとき彼女の肩が優しく叩かれた。
「だぁれですか?」
「某、グスタフと申すもの。アイスマン様にお目通りを願いたい!」
リーリヤに相対し、胸を張る小さな男。齢40といったところだろうか。ブタがそれに応じる。
「拙者はここブヒ! 何か用ですか?」
「某は、世界に名だたる名軍師グスタフと申す! 是非お見知りおきを!!」
「あ、これは御丁寧にどうも」
ブタは笑顔で応じたが、海に浮かぶ浮きが鋭く沈んだため、すぐにブタは釣りに戻った。
……(´・ω・`) 小癪なブタめ。
困った小さな男は、将を落とすにはまずは馬といった具合にポコに話しかけた。
「世界を制するには軍師が必要です。それは三顧の礼で迎えられるべきであり、それに能うる知恵者は某だけなのです!!」
などとポコに熱弁をふるう自称知恵者に、
「でも、お給金とかお高いポコ?」
小難しいアピールに対して、ポコが心配したのはお金だった。
「世界に名だたる軍師が、月給金貨300枚のところ、いまなら銀貨300枚ですぞ!」
「本当ポコ!?」
ポコが『今しかないよ!』といった目線をブタに向ける。
ちなみにこの世界の金貨300枚は現在の日本で3000万円、銀貨300枚は30万円に相当します。確かに99%OFFという凄い割引価格だったのです。
「え~、安いけど。勝手に雇うと爺に怒られちゃうブヒ!」
こんな感じでなかなか就職が大変そうな、自称知恵者のグスタフ。
彼は軍師の職を得るために、この後に何度もブタのもとを訪れ、逆三顧の礼を実施することになってしまうのであった。
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