SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~

黒鯛の刺身♪

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~南方編~

第九十一話……月明かりの脱走

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今日の天気は雨になるかもしれない。
朝焼けが奇麗だ。




「起きろ! このブタ!」

「ブヒ!?」

 惰眠をむさぼるブタを、鞭を片手に持つ男が蹴り起こした。

「今日から学校だっけ?」

「訳のわからないことを言いやがって! 寝ぼけてやがんじゃねぇ! 今日も明日も明後日も有難い労働だ!!」

 ブタとポコは他の労働者ともに、木こりが木を切り倒しているような現場につれてこられた。

「木を切るブヒ?」

「馬鹿か! 木を切るのは技術がいるんだよ。おまえみたいな奴らにはこれだ」

 ブタ達は鋤のような道具を手渡され、切り株を掘り起こす作業についた。
 木を切れば農地が広がるイメージがあったブタだったか、確かに切り株は邪魔だ。
 この切り株を掘り起こす作業は思ったより捗らず、一つ掘り越すだけで疲れて尻もちをついた。

「疲れたブヒ」
「疲れたポコ」

 早々に音を上げる二匹に鞭を持った男は笑った。

「お前たちは役立たずだな。あれを見ろ」

 現場監督といった風の男が指さしたのは、ロバだった。


「ロバかぁ」

 ブタの隣で休む労働者の一人が嘲笑めいたセリフを吐くと、現場監督の男は怒った。

「貴様のような役立たずが、ロバを笑うな!」

 大声にビックリしたブタとポコだったが、男は憤りが収まらない。

「ロバはな、餌も水も少なくても頑張って働くんだぞ! なんなら今日のお前の昼飯を少なくするぞ!」

 ロバは実際に乾燥した環境や山道などの不整地に強く、馬に比べてタフである。また家畜としては、比較的少ない餌で維持できる。
……ということを、現場監督が偉そうに教えてくれた。


「おい、そこのブタ! 馬の世話をしろ!」

 ブタは馬のブラッシングでもするのかと思ったのだが、

「これで水を汲んで来い!」

 と言われ、木製の桶を渡された。

 近くの小川で水を汲み、よたよたと運んでくると、

「次!」

 新しい桶を渡され、結局何往復も水汲みに行かされた。
 その水を美味しそうに飲む馬。
 
「次は餌だ!」
 
 ブタは納屋から大量の飼葉も運ばされ、疲れて地面にへたり込んだ。
 美味しく飼葉を食べる馬の愛くるしい姿が、なんだか悪魔に見えてくる。

 ちなみに馬は一日に約10メートル四方の草原の草を食べつくす。もし1万の騎兵部隊なら一日で東京ドーム17個分以上の草原が必要な計算である。
 水なら一日に約40リットル飲む。牛乳パック40本分である。もし1万の騎兵部隊なら一日に40万リットル、重量で言えば400トンで、一か月従軍したなら1万2000トンにも上る。これを考えれば水源から遠い行軍はおそらく無理である。
 今、我々は蛇口を捻れば水が出るので考えが及ぶのが難しいが、この世界では水を運ぶのも馬などが運ぶのだ。当然その馬にも水も飼葉も必要である。
 中世の戦争において機動性はとても大切なことだったが、当時に機動性を担う馬を扱うには補給事情も綿密に計算されなければならない。
 騎乗兵のみならず、軍馬は長い訓練期間が必要で、綿密な育成計画も必要とされた。
 
 結局は機動力を誇る用兵家とは、こまめな計算と邪魔くさい計画を立てられる人だったのである。


「はいよぉ~♪」

 水汲みと飼葉運びで疲れるブタはポコ達と昼食を摂っていたが、現場監督は馬にまたがり楽しそうにそこら辺を駆けていた。

「あいつらを蹴散らせ!」

 現場監督は馬にまたがったまま、突如昼食をとるブタ達に突っ込んできた。

「ぎょぇぇええ!!」

 ブタ達はチリジリになって逃げた。
 ちなみに馬とは体重が300キロはある。軽トラがこっちに向かって走ってくるようなものであり、凄まじい運動エネルギーを誇る。
 それは遠くから見る分には恐怖を感じないが、実際目の前だと信じられないような怖さだろう。
 よく騎兵は槍を構えている歩兵に弱いと言う人がいるが、きっとそれは突っ込んでくる騎兵を体験したことがない人だろう。よほど強い動機がなければ普通は逃げるだろうし、筆者なら間違いなく恐怖で逃げる自信がある。よしんば倒したとしても、その莫大な運動エネルギーで重傷を負うのは避けられないだろう。



――ブタとポコはそれより七日の日を重労働で過ごした。

そして、月が明るいその日の晩。

「もうやってられん。俺は逃げるぞ!」
「ならワシも」

 ブタと寝食をともにした労働者たちは、晩御飯の後に逃げることを決意したようだった。確かに歯向かうことも選択肢だが、現場監督は馬に乗っており鉄剣を腰に帯びていた。

 馬に乗れるということは、当然武芸もできるだろうということである。それより大きなことは鉄剣だった。
 この世界では、ハリコフ聖教会に認められないと鉄の剣を帯びることはできない。鉄の斧や鉄の槍とは異なり、それ相応の身分でないと帯びることはできなかったのだ。
 それによって、無難な選択肢は逃げることだった。

 見張りの小者が用を足しにいった時を見計らい、ブタ達は一斉に丸太小屋を出て逃走した。目指すは小川が流れる近くの森だった。


「逃げたぞ!」

 見張りをしていた別の小者が叫んだ。
 後ろを振り返ると、無数の松明が追いかけてくる。
 ブタ達は暗闇の中、必死に逃げた。


――
「そちら側へ行くな! 小川に沿って逃げろ!」

 逃亡者の中でも年長者の者がブタに注意した。生き物は食料がなくてもしばらく生きることができるが、水は常に必要なことをブタは彼から教わった。
 むしろ下手に逃げて、水がなく死ぬのは精神的にも残酷だった。

 小川のそばを、月明かりの下走る。
 皆は松明を持ってないので、よくこけて擦りむいたが、捕まる怖さで気にならなかった。

 途中モンスターにも出くわし、隠れてやり過ごすこと数回。ついには森を抜けた。


 既に目の前には朝日が昇っていた。
 逆光できちんと見えないが、水車小屋のようなものが見える。目の前には畑も広がっており、鶏の声が聞こえた。

「やったぞ~!」
「おお~!!」

 ブタ達は喜んだ。感涙しながら再び走り出し、この地の住民に助けを求めた。
 彼らは、力が全ての不毛地帯を脱出し、概ね法が支配する文明の地に戻ったのだ。


 ブタ領で司法を担うンホール教教団騎士2名がやってきて、聞き込みの後、周辺の村々に動員がかかった。
 翌朝にはンホール騎士の指揮の下、地域住民が犬も連れて総がかりで山狩りを行ったが、既に悪徳開発業者は逃げた後だった。


――更に翌日。

「たのしかったぽこ~♪」
「ぇ~。あんなのもう嫌ブヒ!!」

 ニャッポ村への帰りの馬車で、ブタの隣に座るポコはご機嫌のようだった。


 ……が、ポコはこの後、友人の巨大サイクロプスであるビットマンも連れて、猛然と山狩りを敢行する。
 そして不正開発業者を次々と摘発していったのだった。
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