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~南方編~
第九十話……ハリコフ王崩御
しおりを挟む今日の天気は豪雨。
お空は真っ暗で、ときたま稲光が叫んだ。
――英雄王レーデニウス3世崩御。
それは外部の周辺各国よりも、よりハリコフ王国内部に激震が走った。
ブタ達が住まう南部はそれほどではなかったが、王国北西部の冬小麦の不作は凄まじく大飢饉となっていたのだ。
王国直轄地のアーバン穀倉地帯もここ3年不作が続き、王国の穀物価格は高止まりしており、民衆からは怨嗟の声が聞こえていた。
民衆を直接支配する地方領主たちも王都の政府に対し、近年は酒席で陰口を言っていたものである。
しかしながら、昨年のトリグラフ帝国との戦役以外ではレーデニウス3世の主導する陸上での侵略戦争は連戦連勝だった。
それは貴族たちの次男や三男などから絶大な支持を得ることとなった。侵略戦争に勝てば手柄次第で領地を得て家を興すことができるのだ。それは普段は畑を耕す末端の出稼ぎ兵士も同じであった。
ちなみに防衛戦争をいくら勝っても領土は広がらない。よって、なかなか支配者の支持には結びつかない。などの当時の侵略戦争には当時なりの理由があったのである。
しかし、侵略戦争に勝ち続けたレーデニウス3世がいなくなった。こういうとき、人間は目線や思考が変わる転機となる。
目の前には食料が不足しており、飢餓に飢える人々が映る。明日のわが身は目の前の彼らなのだ。偉大な指導者はもういない、と……。
歴史上、本当に庶民だけで成功した反乱はない(もしあればプロパガンダかも?)。裏を返せば分母となる被支配層だけで起きる反乱も少ないということだ。
搾取する側と言え、在地領主の収入は彼らの支配下の庶民の生産力による。つまりは農業収入だ。
ちなみに、これが下がると中央政府への不満がたまる。
後世の客観的視点で考えるとほぼ因果関係はないだが、我々に良くないこと出来事が起こると政府のせいにしたくなるのと似ているのかもしれない。
――よって、ハリコフ王国各地で地方領主による反乱が起きることになった。
「くそがぁぁぁ!!」
窓の外には豪雨、雷鳴がとどろく。
属州ハンスロル都督府城塞の中。夜中の寝室にて浴びるように酒をあおる男がいた。
寝具より半身を起こしただけで、目の前の杯を傾ける男と、それに後ろからかぶさる様に甘える女。
「くそう。どいつもこいつも頼りにならぬ」
「お気をお沈めくださいボルドー様」
酒をあおり続けるこの男は、この地ハンスロルを港湾自治都市アーベルムより切り取り、才をもって治めていた。
しかし彼の直卒戦力は少なく、多くはアイザック城に居を構えるローレンス辺境伯爵をはじめとした在地領主に頼っていた。
「ローレンス様は貴方様の才能をとても高く買っておりますわ」
「そうかも知れぬ……」
そう、ローレンス辺境伯爵たちは彼の才能を信じてアーベルム港湾自治都市の中央政府を裏切り、彼の麾下についた。
「そうなら、なぜ奴らは王が死んだら俺に従わなくなるのだ!!」
「そ……それは」
女はその男がとても好きだった。が、男の気持ちを楽にする言葉は持ち合わせていない。
実は男も薄々に感じ取っていた。
彼の背後に強大な王の影があってこそ、彼は輝けていたことを。
「上級伯爵さま、そんなことより……」
女は、男から酒の入った器をやさしく取り上げた。
そして、誘われるがまま、男は獣に成った。
彼自身が輝ける存在になるには、今しばらくの時間が必要だった。
――ニャッポ村に王の崩御が知らされる二日前の朝。
珍しく朝早くブタが出仕。ポコとともに老騎士の執務室を訪ねた。
「おはようブヒ~♪」
「おはようポコ~♪」
その日の老騎士は、朝からうら若き愛妻と喧嘩しており、とても機嫌が悪かった。ちなみに彼の愛妻はオークである。
「今日は特に用事がありません」
老騎士は書類から目を離さず、冷たい声で対応した。
「遊びに行ってきていいブヒ?」
「いいですとも、なんなら一週間くらい旅に出てみては?」
ブタが上帝を連れてきたのも大きく、ブタが不在中のブタ領南部領域の不穏な空気は一掃されていた。
「じゃあ遊びに行ってくるブヒ」
老騎士は不敬にも、彼の主に対して左手で追い払うそぶりまでした。
しかし、それはブタにとって気兼ねなく遊びに行くのに、背中を押した格好にもなったのである。
最近ブタはリーリヤとの兼ね合いから、危険なところへ釣りに行けなかった。が、ここにリーリヤがおらず、盟友のポコしかいない。
(´・ω・)(・ω・`)ヒソヒソ
彼らは密談を行い、新しい穴場を求めこっそり二人で釣りに行くことにした。
ニャッポ村の丸太小屋で、以前使っていた古い釣り道具を揃え、クローディス商館が経営する駅馬車を待つ。ンホール港の自宅まで戻ってはリーリヤが付いて行くと言うに決まっていたからだった。
クローディス商会はモイスチャー博士の設計をもとに、金属製軌道の上に駅馬車を定期的に走らせ、ブタ領の交通を担っていた。
この時期、商館の駅馬車は大賑わいだった。ブタ領はモロゾフの献策により、極寒不毛の地であるトリグラフ帝国から移民を募っていた。
この移民たちはンホール港に上陸したあと、ブタ領内務役であるンホール司教が区画割を行った荒れ地をめざし、この駅馬車に群がった。
雑踏とした駅馬車乗り場で、こともあろうに乗るはずの馬車を間違え、ブタとポコはブタ領奥深くの未開地行きの馬車に乗ってしまった。
駅馬車は沢山の開発移民とブタをのせたまま走る。途中で金属製軌道が途切れるため、普通の馬車に乗り換え更に奥地へ奥地へと走っていった。
「おら! 早く出ろ! このブタが!!」
馬車で寝ていたブタを揺り起こす男は、叩かれると痛そうなムチを片手にして荒々しく叫ぶ。
Σ( ̄皿 ̄|||) ここはどこブヒ!?
うっそうとした雑木林の中、木の間から見えるのは美しい山々の姿。
連れてこられたのは、丸太で作られた質素な小屋だった。
扉を開け小屋の中に入ると、生活に困窮した労働者の顔が並んでいた。
ブタとポコはどうやら悪徳業者が担当する開発地域に来てしまったようだった。
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