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~南方編~
第八十三話……属州ハンスロル誕生
しおりを挟む今日の天気は嵐。
空には暗雲、気分も暗い。
「わーいあめぇ~♪」
「あめウサ~♪」
雨にはしゃぐリーリヤとウサ。
しかしブタには、本国の老騎士から重たい内容の手紙が届いていた。その内容とは簡潔に言えば『早く帰ってきて欲しい』とのことだった。
――手紙には主に南方のことが綴ってあった。
メンデム将軍は反乱を起こしたアーベルム北部諸侯の盟主格ローレンス辺境伯爵の居城アイザックを包囲するも、ジョーンズ男爵の遊撃部隊のゲリラ戦術に苦しめられていた。
これを打開するために、アーベルム中央政府へ苦戦の旨を正直に報告し、援軍を求めた。
しかし、この要請と前後して、アーベルム港湾自治都市にて政変が起こる。
クーデターである。
これによりアーベルム最高議会議長ネーメロは辛くも政庁から逃げ延びるも、行方不明となっていた。
クーデターの首謀者は、アーベルム港湾自治都市最高議会副議長リエンツォであった。ちなみにリエンツォはネーメロの政敵との評が高く、リーリヤに毒をもったのもこの人物ではないかと陰で囁かれていた。
リエンツォは口ひげが似合う中年男性である。特に容貌が良いわけではないが、とても好色で知られており、野心家である。
しかし実力を伴った野心家であったために、主にアーベルムの上昇志向の強い若手商人たちに絶大な人気を誇っていた。
有望な若手女性経営者向けと謳われていたリエンツォ教室は、いつもうら若い女性商人たちで溢れかえっていたほどだ。
そのこともあってか、リエンツォは正式な息子だけで58人いると言われており、その他の数は今を持っても不明である。過度の実力信奉者とも言われ、農村部からは忌嫌われていた。
リエンツォはボルドー伯爵に内応するよう頼まれていたが、なかなか首を縦に振らなかった。
実はそれは彼がアーベルムに忠誠を貫いていたという訳ではなく、アーベルムの軍部にその空気がなかったのを鋭敏に読み取っていたからだった。
しかし、軍部もメンデム将軍の苦戦の報告を聞くにつれ大勢が変化する。軍部内の反メンデム将軍派閥が急伸していったのだ。
それはアーベルムの最高議会も同じで、メンデム将軍を支持するネーメロ議長に対する求心力は低下していった。
これをリエンツォは好機ととらえ、軍部の反メンデム将軍派を次々に抱き込み、ボルドー伯爵の申し出に呼応した。
軍部のみならず議会にも多数派工作が成功しており、リエンツォはほぼ無血でクーデターに成功。
翌日の最高議会で正式にアーベルム港湾自治都市の首班である議長の職に就いた。
官僚たちが軍を預かる近代の戦争と異なり、中世の戦争においては小さな局地戦での敗戦が原因で、雪崩のように造反者が出る場合が多々あった。
それだけ軍を預かる在地領主などの力が強く、中央集権の力が弱かったのだ。外敵に勝てない弱い王や支配者に、決して貴族たちは靡かなかった。
アーベルムの有力者は、いつまでも少数の外敵に手こずるメンデム将軍とネーメロ議長に信が置けなくなり、新しい強いリーダーとしてリエンツォを選んだとも言えた。
リエンツォ議長はすぐさまボルドー伯爵との交渉を持ち、電光石火の和解『ハンスロルの盟約』に成功する。
和解条件は、アーベルム北部主要4郡の統治を100年という期限付きで委任するとの内容だった。事実上の領土割譲である。
これにより中央より補給を絶たれるだけでなく、南北に敵を持つに至ったメンデム将軍は諸侯や兵たちに『立ち去る自由』を明示したうえで、自らを支持してくれるアーベルムの西部諸侯の一人、シルベストレ山岳辺境伯爵の元へ退却を図った。
意外にも多くの貴族や兵たちがメンデム将軍に付き従ったが、苛烈なまでのローレンス辺境伯爵の追撃を受けて四散した。
メンデム将軍がシルベストレ山岳辺境伯爵の支配地についたころには、従った者は僅か5名の壮絶な退却戦だったと言われている。
それはともかくとして、ボルドー伯爵は自らの領地から動員した兵力のみでアーベルム港湾自治都市に打ち勝ち、さらには北部4郡を割譲させるという大戦果を収めたのだった。
この作戦を立案したドロー公爵はハリコフ王国最高勲章『オーディン』を授与され、ボルドー伯爵は上級伯爵に陞爵(しょうしゃく)した。本来は侯爵に任ずる案件だが、侯爵の席の空きがなく臨時で上級伯爵なるものが設置された。
ちなみに上級伯爵とは侯爵に準ずるものとされた為に、南部の雄であるボロンフ辺境伯爵より位が上とされた。これには侯爵の地位を虎視眈々と狙ってきたボロンフ辺境伯爵は激怒。
ハリコフ王陛下がご臨席されている戦勝祝賀会を途中退席して、領地に帰ってしまったほどだ。
アーベルムより事実上割譲された北部四郡は、現地住民の意見を無視してハンスロルと名付けられた。ハリコフ王国『属州ハンスロル』の誕生である。また、当然のことに初代ハンスロル都督にはボルドー上級伯爵が任じられた。
アーベルム北部4郡改め、属州ハンスロルは豊かな穀倉地帯であったためにボルドー伯爵に大きな兵力動員を可能にした。
――その属州ハンスロルとボロンフ辺境伯爵の支配地の間に広がっていた『火薬庫のような領地』とは……。
いわずもがな、『ブタ領』である。
老騎士からの手紙には、最後も『早く帰ってきて欲しい』と繰り返し強く念が押されていたのだった。
「はぁ……」
ブタは珍しく、深いため息をついていた。
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