82 / 100
~南方編~
第八十二話……作戦限界の把握
しおりを挟む今日の海は曇り。
通りすがりの漁師がそろそろ嵐が来ると告げてきた。
――
「メンデム将軍が我が方の遊撃部隊を攻撃に向かう様です!!」
「ふむ」
黄土色の麻でできた幕舎の中で、銀髪蒼眼の男はまるで関心がないといった感じで、優雅に器の中に入ったお茶の匂いをかいでいた。
「ボルドー伯爵殿! 何を悠長なことを! 我が配下の手の者は正規部隊ではありませぬ。メンデム将軍の攻撃を受けてはひとたまりもないのですぞ!」
豪奢な椅子にて寛ぐボルドー伯爵に対して、アーベルム北部諸侯の一人ジョーンズ男爵は唾を飛ばし、まくし立てる。
「ジョーンズ男爵殿、お茶が冷めますぞ。それに彼らがくるのは後2日はかかるのです」
「なぜですか!?」
ひげが立派な壮年の男爵の顔は真っ赤だ。
「癖ですよ……」
「クセ、だと??」
ボルドー伯爵は急かすなといった感じで左手をあげ、お茶を一口口に含み鼻に抜ける香りを愉しみながら説明し始めた。
メンデム将軍は英才と称えられているわけではないが、兵と民衆にソコソコに人気がある。兵には無理をさせないし、現地の民に対して強制的に徴収することも無い。
よって入念に食料や飼葉などの補給物資を用意する。輸送用の馬車なども用立て、積み込みも合わせると出立に1日はかかってしまうのだ。
なおかつ彼は必ず輜重部隊とともに行軍する。補給物資を大切に守るためだ。そのために行軍速度は極めて遅く、且つ測定しやすい。重い荷馬車がどれだけの速度でどれだけの距離を進むかを計算すればいいからだ。
したがって現在、アーベルムの中央政府管轄の行商人を襲っているジョーンズ男爵の遊撃隊が、いつまでに退避したらいいのかが正確に割り出せていたのだ。
一通り説明した後、ボルドー伯爵は机の上にお茶の入った上等な陶器の器を置く。彼の器には美しい龍が描かれている。
「尚、もし攻撃を受けても、メンデム将軍は決して補給の届きにくい地まで追撃してきません。私の情報を信じてください」
すこし営業がかったスマイルで応じ、更に右手を挙げて従卒を呼ぶ。
そして従卒が手にしてきた地図を机に広げ、丁寧に指で指し示しながらジョーンズ男爵や他の北部諸侯にわかるように説明していった。
このようにメンデム将軍の用兵は、予想到達時間から作戦範囲までが正確に分かってしまうスタイルだった。民衆や兵卒に優しい用兵ではあったが、それゆえにボルドー伯爵の予想範囲にしか動けておらず、この後も一方的に苦戦を強いられていくのであった。
――政の正道を歩む君主たちが、なぜ将軍や用兵家をもちいるのか。それは戦争そのものが正道ではなく、ときには拙速や詭道を用いるものだったからかもしれない。
このころの吟遊詩人たちは、用兵や立ち振る舞いも優雅なボルドー伯爵を、サファイアに喩えて歌って周っていた。それを聞いたブタ領の農民たちが『ウチの領主様はどうなんだ?』と問うたところ、『ブタは食えるが宝石は食えぬ』などと皮肉を謳い、好評を博したそうである。
――
そのころブタ達はというと、遥か東方に位置するメナド島海上砦の防備増設がひと段落していた。
……しかしである、
「ごはんができまちたよ~♪」
「ごはんできましたウサ~♪」
こともあろうに、コダイ・リューが近場でエビを大量に採ってきたため、食事は毎日エビフライ地獄が続いていた。
最初はアルサン侯爵も『おいしいですわ!』と褒めてくれていたが、さすがにリーリヤとウサの特製エビフライ毎日3食コースに怯えるようになっていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる