79 / 100
~南方編~
第七十九話……宰相殿のご神算
しおりを挟む今日の海は晴れ渡る。
純白の船の帆のように。
「それでは各々方、頼みまするぞ!!」
「「「応!」」」
スプールアンス軍政長は会議を取りまとめ、主人であるアルサン候爵を無視して作戦開始の号令を発し、またそれに諸将も応えた。
ジャムシードの港町では、次々と船に帆が張られ、勇ましく出航していった。
――ただ一人、その景色を政庁の窓から見下ろすアルサン侯爵の姿は寂しそうではあったが。
「すみませんな」
諸将が出払った政庁の一室で、リーリヤたちとくつろぐブタに、老紳士はお茶を入れてくれた。緑色の湖に波紋が広がる。
老紳士の名はレオナルドといった。白髪交じりの淑女うけしそうな男だった。
「あの話は本当ブヒ?」
お茶の器を手にしたブタから静かに話を切り出した。
「ええ、二つのお礼は必ずしますとも」
レオナルドは明るく、そして快活に答えた。
「そうじゃなくて、アルサン侯爵……」
「……ええ」
二人とも歯切れが悪い会話が続いた。
先の会議中に老紳士ことレオナルドがブタにお願いしたこととは『味方よりアルサン侯爵様を守ってほしい』とのことだった。
えもいわれぬ会議室の空気も相まって、それを聞いたブタはアルサン候と同じ場所に布陣することを慌てて申し出て許可された。
「そんなに味方が信じられないブヒ?」
珍しくブタが眉間にしわを寄せる。それはリーリヤたちが煩いせいもあるのだが、
「ええ、そう思われて構わないかと。子爵様もお館様に肩入れするなら、このジャムシードの町の夜道は気を付けられた方がいいですぞ」
レオナルドは冗談めいて笑ってそういったが、
「ブヒ!?」
ブタはとてもびっくりした。元来ブタは不動の山のごとく豪胆といったタイプではない。人通りの少ない夜道も怖い、中身が中学二年生の男の子だ。
「なんでそんなに味方と仲が悪いブヒ?」
ブタは心を鎮めるために、コップの中のお茶を忙しなく匙でかき混ぜる。
「はっきり言いますと、もともとが敵同士なのですよ」
レオナルドはびっくりしているブタを上から笑うようにそういった。
レオナルドが言うにはアルサン侯爵領とは、ハリコフ王国に臣従した小さな王国が祖であるそうだ。
長らく平和であったが、宰相がドロー公爵になってから重臣ポストがハリコフ出身者で占められるようになったという。
「もともとの重臣さんはどこへいったブヒ?」
ブタは若干この男との話つらさを感じるも続けた。
「……」
きこえない。レオナルドは見かけによらず声が小さいのもあるが、近くであそんでいるリーリヤとウサがとてもうるさいのだ。
「ブヒ?」
ブタはしかたなく身を乗り出した。
「いえ、今回の反乱勢力のいくつかは当家の元重臣でして」
レオナルドは人ごとのように笑いながら告げた。が、ブタが白い眼をしているのに気づき、大きなため息をつき元の沈んだ顔つきに戻り話をつづけた。
「その昔、ドロー公爵は当時19歳であった若きアルサン侯爵に目を付けまして、その地位と政治背景をもとに強引な求婚をしたのです」
「しかし、当時のアルサン侯爵の重臣たちはそれを頑なに跳ねのけまして、ドロー公爵はそれを根に持ち今に至るわけです」
「ドロー公爵はそんなアホブヒ?」
ブタが不思議そうに問うと、
「いかに神算能う知者であっても、感情には勝てません。それが人間というものです」
レオナルドはブタに『まだお若いですな』と優しく諭したかったようだった。
「でも、アルサン侯爵を殺すまではしないと思うブヒ」
「わたしも今まではそこまではないと思ってはいたのですが……」
老紳士はそういい、一枚の羊皮紙をブタの前に示した。それはハリコフ王国の財政状態を端的に示したものだった。
「ブヒ? 真っ赤赤ブヒ!」
クローディス商館で少し帳簿を学んだブタはその酷さにびっくりした。
「そうですな、昨今の不作にも関わらず南方のアーベルム港湾自治都市に海上にて大敗を2回。で、この度トリグラフ帝国に実質上敗北しておりますれば……」
「とてもお金ないブヒ? ……ということは?」
「そうです、ここアルサン侯爵領はハリコフ王直轄地についで豊かな地でございますよ、子爵様」
ドロー公爵は数々の失政のツケと、大きく傾いた王都の財政の帰結地として、この豊かなアルサン侯爵領を欲しているのだ。レオナルドの示唆するところの危機はあながち嘘ではない、ブタはそう思ったのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる