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~南方編~
第六十九話……西方の能臣
しおりを挟む今日の天気は冷雨。
しとしと降って若干さむい。
――ブタ領がつかの間の平和を享受していたその頃。
「ボルドー伯爵よ……」
静かな低い声で、ハリコフ王国の相国たるドローは、銀髪の若者にゆっくりと世間話を語りはじめた。
机の上の高級なお茶に波紋が広がる。
王都で最も闇深いと言われる宰相府。
王都の高級住宅地域にある森の中にそびえ立つ。
荘厳で厳めしい建物で、市井の人はまず立ち寄らない。
その闇多き奥座で、奥座の主にたじろぐこともなく、銀髪蒼眼細身の伯爵は優雅に足を組みながらお茶を愉しんでいた。
「……で、宰相閣下。ご用件のほどは?」
このボルドー伯爵と言う男は、美しい銀色の鎧がトレードマークではあるが、おおよそ戦争の人ではない。
治世に優れた王都西方の地方領主として名を馳せていた。
そのために、対帝国戦においてはるか後方に布陣。
手柄を立てはしなかったが、敗戦にもかかわらず特段の失策も無く、相対的に宮殿での発言力はあがり、このたび王の親衛隊長まで上り詰めた。
……ちなみに、前任の親衛隊長は敗戦の責にて閑職へ左遷。
若いこともあり、人気の役職を勝ち得たボルドー伯爵は王都のうら若き女性のあこがれの的となった。
当然のように、ドロー公爵はこの新しい人気者をすかさず幕下に引き入れた。
「……で、この案をどう思う? 伯爵殿?」
「仰せのままに……」
銀髪の人気者は、言葉だけは丁寧にまとめた。
「言うてみよ。余も民衆達の父とも母とも呼ばれる能臣の意見を聞いてみたいのじゃ」
老骨の宰相は目を見開き、体を乗り出した。
まるで若き伯爵の生気を飲み込まんが勢いで。
「地政学上、最上の手かと」
老宰相の威圧感に身動ぎせず、丁寧にそして冷徹な眼差しで答えた。
「そうか、そうか、期待しておるぞ。……そうじゃの、うまくいった暁には、……そうそう、末の王女様が未婚であらされての、まぁ、臣下がとやかく言うことではないがの」
若き伯爵は、ジロリと老宰相を睨みつける。
「おお、怖い怖い、冗談じゃ」
老宰相はおどけて見せたが、
「その言葉二言はありませぬな!?」
「……無い!」
二人の能臣による取引が成立した瞬間だったのかもしれない。
「任せたぞ」
ドロ-侯爵は若い伯爵の肩を優しく叩くと、色とりどりの妾達が待つ別室へ消えていった。
若い伯爵は深いため息をつきながら、机の上に置かれている羊皮紙を指でなぞった。
『辺境蛮族子爵ブルー・アイスマンをけん制つつ、港湾自治都市アーベルム領侵攻への橋頭保を築け……』か、
しかし、王女様と俺がか?
田舎領地で燻ってる場合じゃないのかもしれんな?
「この俺が王族の末席にか!? あははは!」
若い伯爵はひとしきり一人で笑うと、老宰相が向かった扉とは反対方向へ踵を返し、勇壮に軍靴を響かせ闇深き屋敷を後にしていった。
――
「奥方様! あぶのうございます!!」
リーリヤはウサと共にアーベルムより伝わりし高級料理、【エビフライ】なるものを製造中。
貴重な卵やら特級小麦の粉も器をこぼれて大散乱。
なにやら油鍋はゴポゴポいっており、女官たちのみならずブタもポコもハラハラし通しだった。
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