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~友愛編~
第六十三話……【モロゾフ将軍記⑤】 ──ダース司令とスメルズ男爵──
しおりを挟む北国に冷たい雨が降っていた。
ある者には優しく、ある者には冷たさも感じさせた。
──
「司令! もはや援軍は来ませぬ! 潔く打って出て武人として散りましょう!」
「ならぬ! 雨水を集め、一刻でも長く耐えよ!!」
「司令! 我々はもはや限界です!!」
第113要塞司令ダースの前に集まる各部隊長は、皆一様にやせこけ、皮膚炎で顔をゆがめていた。
「戦うのは一介の兵士でも出来るのだ! 指揮官たる者、その職責に能うる強靭な精神力を発揮せよ!」
ダース司令はモロゾフ将軍の古くからの戦友だった。よって今回は最も過酷な地へ、過酷な条件のもと送り込まれた。
彼は隻眼で片足の膝から下は木の棒であった。
モロゾフ将軍の副官として沢山の戦場を巡ったが、片足を失ったところでモロゾフに別れを告げた。その後は帝国領の辺境で、昨年まで孫たちとのんびり暮らしていた。
昨年、ダース司令が古い城跡を改築したこの拠点は、帝国第113要塞と名付けられた。都市を守るだの、行政府だのといった機能は持たず、純然たる軍事要塞であり、その分恐ろしく強固だった。
ダース司令は、もともと傾斜のきつい小高い丘に、さらに絶壁を思わせる高い城壁を作った。
その周りには沼地が嫌というほど広がっており、魔法使い達に一年前より作ってもらった魔法型対人地雷も無数に埋設されていた。
攻撃側は包囲しようにも広大な沼地のせいで有効な包囲網を完璧には築けず、時間だけが経過していった。
この時代にはまだ有効な大砲が登場しておらず、このような純軍事的な要害に対して強攻すると、とんでもない被害が予想された。かつ、よしんばその犠牲を払ったからと言って、必ずしも攻略という名の果実は保証されていなかった。
さらには、王国軍の兵士たちはそろそろ家族の顔が恋しくなっており、かたや帝国軍の兵士たちは自分たちの先祖伝来の土地を守る立場だった。両軍の士気の差は徐々に開きつつあった。
──
このところの雨で、戦上手で鳴らすスメルズ男爵は歯噛みしていた。この雨で水の手が切れないのが明白になったからだ。
そもそも三月は北方の帝国領には残雪も残っており、それがスメルズ男爵の毒による水の手切りを妨げた。逆を言えばここが温暖な王国領であれば、要塞中は脱水症で地獄と化しているに違いなかった。
「生命反応は!?」
スメルズ男爵は、お抱えの魔法使いに尋ねる。
「おおよそ1000はおります。男爵閣下」
「チィ……」
小さく舌打ちすると、彼は彼の幕僚たちが待つ幕舎へ消えていった。
スメルズ男爵とは、外見は碧色の髪と燃えるような紅い眼を持つ若者である。又、特筆すべきはその軍事的成績である。なにしろ過去において、これといった負けがない。
近年で唯一あるのは、ブタ領軍務役アガートラムを寸前のところまで追いつめたのに、正体不明の巨大なドラゴンに襲われたことだろうか。
しかもその時は、アガートラムもドラゴンに驚き逃走していることを考えれば、100戦100勝といっても過言では無かった。
早くにスメルズ男爵の軍事的才能に目を付けたボロンフ辺境伯爵は、実の娘と結婚させ、懐刀として重用した。
とりあえず領内の紛争くらいでは、彼に軍を任せればハリコフ王国南部においては抵抗する者はいなくなっていた。
いわゆる戦わずに勝つといった真似が出来たのも、今まで彼がどれだけ近隣の勇者を組み従えてきたかの結果であった。
スメルズ男爵は勝つために様々な手を使うが、極めて常識的な軍配者だったと言える。
彼は日ごろから良い装備を兵に装備させ、補給も特に重視し、兵の訓練には日々余念がない。
戦場にて補給が途絶えると、兵たちの苦悩を思い、上司の命令に逆らい勝手に兵を引くことさえあった。
それを知っているボロンフ辺境伯爵は、彼への補給を惜しむことなく、また意味もなく遅滞させることは無かった。
良くも悪くも無い無い尽くしで戦うダース司令とは、全く反対のタイプの指揮官であった。
──
大森林での戦役がひと段落したこともあり、ブタは先んじてニャッポ村へ帰っていた。
ブタは落ち着き次第にポコを連れて、老騎士の奥さんであるオークのキルカフさんが経営する病院へ向かった。
目的は、モンスターに拉致されていた茶色い髪の女の子のお見舞いである。
──コンコン。
緊張の面持ちで病室の扉をノックするブタ。
「どちら様? ……どうぞ」
恥ずかしくてモジモジしていたブタは、ポコに手を引かれて、目的の女の子の病床のそばへやっとのことでたどり着いた。
「ブヒィ」
ブタが心の底から勇気をもって捻りだした言葉は、なんとブタ語の方だった。
「あら? ブタさんのお見舞い!?」
「ブヒ?」
「私ね、目が見えないの。貴方はブタさんなのね?」
「ブイブイ」
ブタは心の隅で『助かった』と思った。自分がどんなにみすぼらしいなりをしていても、この女性には一切見えないのだ。
「ブタさんは何歳?」
「14歳ブヒ」
「私は多分16歳よ。私の方がお姉さんね」
「ブヒブヒ」
その日以来、ブタはポコを連れて少しの時間ではあるが、茶色い髪の女の子の病室へほぼ毎日通った。
ブタはお話が下手で、恥ずかしがり屋なので、毎回話が詰まって気不味くなるのを恐れて早めに丸太小屋へ帰った。
──が、当然に村中の噂になっていった。
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