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~友愛編~
第五十九話……【モロゾフ将軍記①】 ──右翼と左翼と粉雪と──
しおりを挟むトリグラフ帝国第113要塞の上空の空は蒼い。
無情なほど青く澄み渡っていた。
──
「降伏せよ!!」
「繰り返す! 降伏せよ!!」
ハリコフ王国軍の伝令兵が、停戦旗を掲げて降伏を呼び掛けていた。
この要塞を攻める王国軍の第四軍集団の前線司令官はスメルズ男爵。王国きっての南方の雄であるボロンフ辺境伯爵の懐刀であり、透き通るような碧い髪をもつ美丈夫な勇将でもある。
また、ブタ領軍務役アガートラムを毒矢と弩弓で一敗地追いやったのも彼である。
彼はこの要塞攻略に際し、前もって地元民を買収して、要塞内の井戸や貯水池に対して毒物を投げ入れる様手配した。
そうして水の手を切ったのを見計らって包囲したのだ。あれからかなりの日が経っている。
さらに男爵は塹壕を掘り進め、付け城も建てたが、北側の一角だけ包囲網の穴を設けた。
そこを目掛け水を運び入れようとする帝国軍の援軍を伏兵にて捕捉し撃滅させた。捕まえた捕虜からは帝国側の情報を聞き出し、戦巧者ぶりを十二分に発揮した。
さらには近隣の村々を制圧し、要塞に詰める兵士たちの家族を見つけ出しては、要塞の前に立たせ降伏を呼びかけさせた。
誰の目にも帝国軍第113要塞は早晩陥落すると見られていた。
だが、この要塞の防衛責任者であるダース司令は頑なに降伏せず、スメルズ男爵を苛立たせた。
なにしろこの要塞を抜けば、この先には帝国軍第四軍総司令モロゾフ将軍の幕舎まで指呼の距離だったのである。
「くそがぁぁぁ~っ!!」
スメルズ男爵はその美しい紅い眼をより紅くして、足元の石を蹴り飛ばした。
ここさえ抜けば帝国軍の左翼全体は崩壊し、帝国軍全体の敗北は火を見るより明らかだった。
帝国軍左翼は、帝都よりもっとも遠い戦線であり、補給線もろくに機能しておらず疲弊しきっていた。
王都の総参謀本部は、比較的疲労の少ないボロンフ辺境伯爵麾下の部隊を中心に第六軍集団を編成し、右翼とした。
その右翼部隊をもってして、この疲弊多き帝国軍左翼にぶつけたのである。停滞していた全戦線を一気に打開しようとした必勝の戦略だった。
参謀本部の目論み通りに、ボロンフ辺境伯爵が勝てば、ボロンフは侯爵閣下になるであろうし、それは宰相ドロー公爵の専横が激しい宮廷においても一石が投じられるようになると思われた。
いつの世にも戦勝のスターは素晴らしい人気である。勝てば官軍と言われるように、その影響力は宮廷の勢力図を一変させるに十分と思われた。
そうである、反ドロー派貴族によって終戦後も見据えられた王国軍の再編劇だったのである。
もちろん、この要塞を抜けばスメルズ男爵自身も、ただの田舎貴族から一気に王都の貴婦人の誰もが振り返る存在になるのだ。苛立ちを隠せないでいるのは至極当たり前だった。
──
あせる娘婿の遥か後ろの丘陵で、ボロンフ辺境伯爵は粉雪を老いたその手に取ってほほ笑んでいた。
「侯爵様か! 近いようで遠いようで……、どちらにしても良い響きよの?」
「ははっ、左様で」
警護の者はそっと答える。
はるか南方からやってきた辺境伯は薄笑いを浮かべながら呟いた。
「その名も轟く、酷将モロゾフ。我が覇道の肥やしに成れ!!」
白髪の野心家は、まだ足元に残る残雪を勢いよく踏み砕いた。
──そう、北方の大地は今。遥か南方より来た者らによって踏み砕かれようとしていた。
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