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~友愛編~

第五十三話……昨日の敵は今日の友

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今日の天気は、曇りのち雨。
正直、晴より釣れるから好き。



──アーベルムとの会談。

「……ですから、バートルム砦を跡形もなく破却していただきたい! それだけは譲れませぬ」

 バートルム砦の一室で、老騎士とアガートラム、メンデム将軍とその副官がテーブルを囲んでいた。

 老騎士は頭が痛かった。
 なぜ優位なにもかかわらず、多大な犠牲を払ってまで落としたこの砦を破却せねばならないのか……。

「ふぅ……」
 老騎士はため息をつきながらも続けた。

「で、もし、もしであるが、砦の破却を受け入れた場合の見返りは?」

 メンデム将軍はゴホンと一つ咳払いをして、

「我がアーベルム港湾自治都市政府のネーメロ議長の姫を、そちら側に嫁がせる。姫は私の姪でもある」

 どうやら、アーベルムという国は合議制であり、その国家元首に当たるのがネーメロ議長というらしい。そのネーメロ議長の配偶者の兄がメンデム将軍ということだ。


 Σ( ̄□ ̄|||) ぇ? ブタのお嫁さんが国家元首の姫君??

 老騎士は、少し上ずった声で尋ねる。

「ごはん、で、その姫君は御幾つであられる?」

 ……たまに養子縁組などで、姫と言っても80代という場合もあり得るのだ。


「あっはっは、見目麗しい姫君は御年4歳であらせられる」

 Σ( ̄□ ̄|||) 4……よんちゃい??

「もちろん、正式に婚儀を行うとお互いに立場がまずかろうから、内密に婚約ということで」

 ……(´・ω・`)


「ということは、御成長なさってからお輿入れということで?」

「いやいや、今日明日にでもそちらにお送りする所存」


 現在我々は、自由の旗の下『人権』に守られて生きている。今日明日を生きるので精いっぱいだった時代、自分の意志で配偶者を決められるものなどいない。
 それは、王であっても農民であっても同じで、果ては奴隷に至るまで同じだった。


 (´・ω・)(・ω・`) ヒソヒソ
 老騎士とハイオーク族族長はヒソヒソと話し込んだ。
 ブタ領南部に広がる大森林と、その南に広がる豊かなアーベルム側の平原。その境に建つバートルム砦は、ブタ領側としては戦略上の要地であったが、相手側にとっても咽喉に刺さった骨だった。


「もし、ご婚約をお受けいただけるなら、私どもは金貨60000枚をご用意いたす!」

 Σ( ̄□ ̄|||) ろ……ろくまんぢゃと!?

 ちなみに、金貨一枚10万円で計算すると、60億の大金である。所詮は田舎貴族に過ぎないブタ領からしたらとんでもない金額であった。

「私どもは軍隊も持っておりますがね、実際はちょっとした大きな商人の集まりでしてね、お金に関しては困っておりません」

 少し自慢げに感じたが、ブタ領としても、戦死したものや傷を負ったものへの見舞金は多ければ多いほどよいと老騎士は考えた。
 
 その他にも、バートルム砦の近くの交通の要所に市場を開き、その管理はブタ領側に委ねることなどの条件も盛り込まれた。

 ブタ領側も今は優勢に事が運んでいるが、明日はわからない。優位な状態で条件を飲むべきだった。

「わかりました。その条件を飲みましょう」



──
 老騎士とメンデム将軍は握手をし、条件をしたためた羊皮紙にそれぞれサインを施した。

 それを確認したブタ領軍務役アガートラムは、周囲の村々への焼き討ちを中止するようヴェルヴェマに使いを送った。

 ブタ領は大森林地帯の南端まで、アーベルム側の領土は大森林に隣接する平原の北端までと定められ、新しい地図に国境線が引かれた。

 砦の破却は、アーベルム側のメンデム将軍が自ら行い、新たに作られる市場の建設と管理及び権益は、ブタ領南部騎士爵であるシュコー家に決まった。

 そのほか恩賞や見舞金などが次々に決まっていった。


 この戦いで、ブタ領は数々の辛酸を舐めたが、一国家であるアーベルムに対して田舎の一貴族のくせに五分にわたり合い、数々の譲歩を引き出したそれは傍から見れば勝利以外の何物でもなかった。



──
 ブタ領側の宴会に招かれたメンデム将軍は、陽気に葡萄酒をあおるアガートラムに聞かれる。

「その姫君とはどんなお方ですかな?」

 将軍は少し俯いた後に、作り笑顔を浮かべ、

「……いや先日、政敵に毒を飲まされましてな。すぐにでも空気の良いそちらで静養させたい」




……──昨日の敵は今日の友。そんな時代だった。
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