上 下
1 / 100
~烈風編~

第一話……白銀の鎧

しおりを挟む






 英雄王レーデニウス3世のもとハリコフ王国は、他国を侵略しその財貨と文化を吸収し栄華を極めていた。





 タリル暦234年――



 干ばつによる大飢饉が発生し、糧道を絶れた新しい被支配地域は一斉に王国に対し反旗を翻すこととなる。





 ――秋月の美しい夜……。







 王国領南方にある属州ハンスロルの都督府城塞の中、謁見の間にて軍議が行われていた。





 玉座に座わる白銀の鎧を着た細身の貴公子が飾緒を指でもてあそびながら退屈していた。





 後詰は来くる。



 兵糧はじゅうぶん。



 あとは作戦方針だけだが、『籠城』か『野戦』かでもめていた。





「後詰が来くるまで城にてこもるべし!」





 机上作戦図の周まわりにて、燦然と輝やく宝石が胸元を強調する鎧の上に、銀糸で紋章が刺繍された色とりどりの上質なマントをまとう五人の煌やかな姫騎士たちが『籠城』を主張していた。





 …が、二週間は風呂ふろに入ってなさそうな異臭が漂うお腹だけが貧相ではない、この地域の豪族や国人たちの頭目と思おぼしきものが一人下座にて異論を唱える。











「ぶひぃぃぃぃ~!!」





 …もとい一匹の『ブタ』が異論を唱なえる。





「ぶぃぶぃ~ぶ~ぶ~!」





 オークとは異なり牙も無ない。ただブーブー言ってるだけのようである。





 ブタは怒り心頭の様で頭の帽子を床にたたきつけ、その頭には目のやり場ばに困る10円ハゲが3つも見みえた。





「ぶひぃ~」





 こちらも別の意味で目のやり場に困る装備の姫騎士たちがブタをまくしたてる。







 ――机上作戦図には王国軍は城塞に一万余。後詰予定の援軍が五千…対する賊軍は総勢八千。ブタの野戦案もいいように思われるが、玉座に座る白銀の鎧を纏った貴公子が連れてきたのは姫騎士5名に直属騎兵500名…。そう…城塞の王国軍の一万の主力はこの汚らしいブタのお仲間たちなのだ。





 実は白銀の貴公子はこの戦いが終れば王女が降嫁され、晴れて侯爵となる予定である。また、この見目麗わしい5人の姫騎士たちも貴公子の『公然のお方』でもあるのだが……。





 もちろんブタは人間様の色恋沙汰が目的ではなく、自分たちの地場勢力や利権を求めての参陣であり、手柄が立たてやすい『野戦』を望んで卑しくブヒブヒ喚わめいているのである。





 …白銀の貴公子や5人の姫騎士たちは、いつ裏切るかわからないブタどもを信じて野戦など臨もうはずもなく、後詰の正規軍が到着するまでは打って出たくない気持ちは明々白々であった。





「閣下! 向こうの山手にて発光信号!」





「読め」





 白銀の貴公子は一瞬奇麗な目元を細め、そう命じた。





「我 王国第五師団 参陣ス …であります、閣下!」





 そう、後詰が目と鼻の先の山々に着陣したのだ…。



 皆が目を向けた玉座で白銀の貴公子はマントを翻し立ち上がる。





「ブタよ! 迎撃を許す!」





「ぶひぃひぃひぃ~」



 ブタは恭しく頭を下げ短い脚で足早に、そしてくるっと巻いたしっぽをフリフリ上機嫌に謁見の間を辞した。





「では我々も…」



 5人の姫騎士たちも急ぎ迎撃の準備に取掛かった。













 …そして凱歌があがり戦勝の宴の席。















――戦に敗れた白銀の騎士は縄を打れた姿で、反乱軍の将たちの前に引き出された。



 5人の美しい姫騎士たちもまた、艶な格好をさせられ反乱軍の将たちに無理やり酒の相手をさせられていた。







 さて、ブタは裏切ったのか?



――実はブタは裏切ってはいなかったのだ。





 ただ、夜分だったのもあり方向音痴の様で明後日の方角に出撃し、いるはずのない敵を追い求めて――







「ぶひぃぃぃ~」







迷子だったのである………。

しおりを挟む

処理中です...