姫君たちの傷痕

和泉/Irupa-na

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最終章 王宮からの脱出

調教部屋への訪問(3)

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 汗と涙と小水に塗れたベリウスは、ようやく繋がれた鎖から解放され、秘芯の輪とベルトはそのままにバスルームへと運ばれて行った。

「あれだけ美しかった赤い瞳が、虚ろになっておられますわ。私たち二人で愛し合う間は、鞭の刺激も控えていたと言うのに…。ベリウス様はお小水まで垂れ流して、診察の腰掛けを汚してしまわれるなんて」

「セレンティア。そろそろ張形から解放して差し上げないと、ベリウス様が狂ってしまわれるわ。三度も油薬を追加したなんて、侍女にだって試した事はないのに。強情になられたからって、いけない子ね…」

 少しずつ湯をかけられてから、腿に足首を固定されたままの姿でバスタブへと身体を入れられる。うごめいてた張形がようやく収まり、ベリウスは大きく安堵の息を漏らした。

「そうですわね、ベリウス様のお道具をそろそろ楽にして差し上げないとですわ…」

 セレンティアは手探りで秘所の張形を手に取り、一本ずつゆっくりと時間をかけて引き抜いていく。絡み合っていた張形を無理やり引っ張ったせいで秘所の中で跳ね回り、貫かれたまま足で蹴り上げられるような痛みが身体に突き刺さる。

「油薬で重なり合った張形は、お湯の温度で離れて行きますわ。取り出す時、物凄い苦痛を感じていらっしゃるようですが、慣れてくると鞭をヒップに当てられるより、強い悦びを感じるようになりましてよ…」

 不慣れな子供が川魚を掴むように、セレンティアは張形をわざと掴み損ねて苦痛を送り、ようやく引っ張り出したかと思えば、張形がお互いに跳ね上がりが強まるように引いていく。

 苦痛のあまり、ベリウスはこの狂気に満ちたレッスンから逃げ出したい、と考えるようになってしまった。一人だけならば、簡単に逃げ出す事は出来る。
 中に入るのは難しかったが、外に出るのであれば警備はそこまで厳しくもなく、教会の孤児院の出とはいえ、中身は山賊の孤児達の集団だったので、この城の鍵開け程度ならば訳もない。部屋の外へ出て、逃げ出して…。

 ——出て行った所で、エリヴァルイウスが犠牲になるだけだ。

 それは残酷な、とても甘い誘惑に満ちた考え方だった。父親違いの妹と会ったのは、今回が初めての事。おまけに母と名乗る女性は、確かに教会への援助は兼ねてからして貰ってきたものの、エリヴァルを救うためだけに会いに来て、母だと告げられた相手。

 お腹を抉り取られるような苦痛から逃れようと、狂った貴婦人達に支配されているかのように、弱気な心が締め付けていく。

 あの人は、親を知らない私に母をくれた恩人だ。愛する夫が余命幾許も無いと言うのに、王宮に連れ去られた娘を何とかして救うために、恥を偲んで遠くからやって来て、頭を床に擦り付けるように謝罪してまで、エリヴァルを助けて欲しいと願った。

 役目としては、単なる潜入のための便利な手駒なのかもしれない。エリヴァルが救い出されたら、すぐに子爵家へ引き取られた事実は無かった物とされ、牢屋にでも放られてしまう可能性だって充分に有る。
 でも、私はエリヴァルイウスと、出会ってしまったから、自分の役目を投げ出す事は出来ない。

 バスタブの湯が喉に詰まり、何度か咳を繰り返す事で冷静になって来た。
 どんなに苦しくても痛くても、所詮は気狂いの貴族が行う子供遊びに過ぎない。命を落とす危険もなく、襲撃してくる相手をナイフで傷つけて絶命させる必要もない。

(——何のために、教会の孤児院で育てた子供たちを捨ててまで、この王宮に辿り着いたと言うの……?)

 もう、名前や身分でさえも失い、ラングビットの家族たちとも永遠に会えなくなると言うのに、大切な新しい家族を救えなくて、何が王族の仲間入りで、姫君ノッデを名乗ろうと言うのか?

 目を大きく開いて、秘所の張形を外し終えてベルトに取り掛かっている、哀れな貴婦人たちの姿を見つめる。
 彼女たちは貧しい農村を襲う襲撃者でも、穀物を掠奪しに来た亡命者でもない。後ろからナイフで突き立てれば、声も出せずに消えていく、脆い存在だ。
 そう、この部屋には数多くの道具が置かれている。拘束が解かれれば、すぐに奪って刃を突き立てるのは容易い話だ。

「…ご機嫌よう、セレンティア様。レイチェル夫人。レッスンのご指導、ご苦労でした。今夜はよい晩でしたわ」

 ベリウスは、苦痛に歪む表情を楽しみながら見つめる二人に、わざと笑顔で返した。

 どんな罪も、何の行いであっても許すかのような微笑みと優雅なお辞儀とを済ませると、バスタブの側に置いてあったタオルで身体を拭き、コルセットを手に取って身体に巻き付けていく。戸惑っていたセレンティアに命じて留め具を付けさせ、投げ出されたままだった靴下とドレスを身につけ、二人の貴婦人の手の甲に口付けてから退室の挨拶を行う。

 時計の針は丁度終わりの少し前を指しており、ターニアの出迎えもないままにエリヴァルの待つ部屋の扉を開いた。
 泣き疲れてすっかり眠っていた彼女の頬に優しくキスをして、姉のために用意してくれたらしいお茶を一口飲んでから、小さな小窓に投げ込まれたままの伝書鳩の筒を見る。

 西側に脱出用の配置が整ったらしく、後はきっかけさえ有れば、エリヴァルを逃す事は簡単だろう。靴に隠した針を取り出し、厳重に内鍵が掛けられた窓の鍵穴へと差し込んで、予め解錠しておく。

 木登りは得意だったと言っていたので、エリヴァルはここから木を伝って外に出る事は、何とか出来そうだろう。

 武器の目星も付いた。きっかけは感染の発症を待つばかり。発症さえしてしまえば、子供の頃に免疫を付ける事のないこの国の人間は、すぐに感染してしまい、逃げ回るくらいしか対処法もないだろう。

 鳩の餌を括り付けた返事を小窓の枠に置き、エリヴァルの髪を撫でながらドレスのまま眠りにつく。
 彼女を置いて逃げるなんて思ってしまった事を小さく詫びて、いつか訪れる団欒の日を待ち焦がれた。
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