孤独な姫君たちの蜜の駆け引き

第五章 次代の女王と最後の別れ

エピローグ トランキヴェスタの贄【限定配信】

　エリヴァルが氷河に身を投げてから数年後、戦場に死に場所を求め続けた王代行のオーカスは矢傷が元で息を引き取った。
　ウォーラム王の後継は侍従のタリアと結ばれたフレドリクスが受け持ち、アリサ姫の婚約も兼ねた式典が盛大に行われた。

　二人の婚礼が近づくようになると治世は乱れ、数多くの国々がオーファルゴートを侵略するようになる。剣を構えたアリサ姫は城下に降り立ち、かつて自分の母ベリウスが平民として働いていた異国の教会を頼った。

　何人かの山賊や部隊と交渉し、軍を招き入れ国を救い、民からは神使いのように讃えられるも、異国の地で孤児の男性と恋仲となってしまう。
　恋に溺れ、ウォーラム王との婚約を一時は断念したものの身を引き、アリサ姫は再び王宮へと戻る。

　そして、婚礼の後に一男二女に恵まれるも、御子が成長する頃には再び国が制圧され、三人の御子と王妃は行方知れずとなった。
　すでに亡くなり、神の元へ旅立たれたと噂する者も有れば、戦で死にかけた者たちの中には、第一王女のサラ・ヴェルティアと第二王女のファルの二人が冥府を統治していたのを見たとも言われ続けた。

　謎めいた噂話が流れるさなか、ついにウォーラム王も戦に倒れ、主を失った国は崩壊し、大地は制圧されて何度となく別の国の名前へと姿を変えていく。

　やがては文明が一度滅び、新たな人々がオーファルゴートに移り住み始めると、氷河の果てで、銀細工の宝冠を頭上に掲げ、蜜色の長い髪をした姫君が氷の中で眠り続けている姿が目撃されるようになった。
　非常に遠く、人が訪れようとも決して届かない場所で眠る姫君は、水晶と氷の反射がその姿を映しているだけの虚像。
　しかし、時折だが揺れ動き、氷の中で息をしている様子が見られるようになると、彼女の事をトランキヴェスタ(狂った神)の贄と呼ぶものが現れた。

　何とかして彼女を起こそうと採掘を試みれば、神の罰により雷をその身に受け、水が押し寄せ洞窟の亀裂や氷河そのものを飲み込み、侵入を強く拒んだ。

　人々がその呼び名を忘れた頃、トランキヴェスタの贄の名は歴史の書物にだけ記された。
　誰も辿り着けない場所、誰とも触れ合う事がない孤独な空間で、蜜色の髪を揺らした姫君は、手を伸ばして誰かが見つけてくれるのを待ち続ける。

　何年、何百年と経た世界の先を迎えても、彼女の想い人がエリヴァルを見つけ出してくれるまで、この長い駆け引きが終わる事はない。

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