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第五章 次代の女王と最後の別れ

待ち合わせのメッセージ(3)

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 ニーナを拘束したレインの手が震えていた。
 今の時間はナタリーは庭園の整備をしているから、決して中には入って来ない。
 何度も恫喝を繰り返しても口を開こうとはしなかったので、仕方なく鼻を摘まみ、息が出来なくなっていくと、ようやく小さく唇が開かれた。

 赤い舌には、大きな針が刺さっていた。そこから伸びた金糸が枷に繋がり、舌を縺れさせて上手く言葉を発せないように作り替えられている。
 口の中を洗浄する時以外は、外れないようになっていたらしい枷の構造を簡単に理解し、固定ピンを押し込み、暴れるニーナの身体を押さえつけて枷を取り外す。

 叔父上が設計図を焼き捨てたと言っていた、複雑な機械の産物。
 カスティア伯母上の室内にいくつも残されていた、これと似た拷問具。

 口枷を外されたニーナは目を腫らし、死を覚悟していたようだった。逃げ出そうとするレインの手を掴み、指を押し込んで同じように舌に触れた。

 設計図の書物は、全て叔父上が焼き捨てたからもう同じものは作られない。
 彼女たちを縛る枷はもう、誰にも作り出せない。

「……痛かったかい? ボクは暴君だからね、昔の風習や命令には決して従わないよ。
 君たち姉妹が、これから生まれてくる我が子に従うのが自分の運命であるなら、母であるボクの我儘に付き合うのも運命だ……」

 二人へ交互に口付けてから、まずはニーナの唇に触れ、長年の間に彼女を苦しめてきた舌先にそっと絡める。
 大きく穴の開いたその空洞が癒え、充分に言葉を発せるようになるまでは何年かかかるだろう。レインの舌は元々が小さかったようで、もう少し時間がかかりそうだ。

「母上は、君たちを可愛がって下さったみたいだね。きっと二人の髪を整えて、爪も磨くのが日課だったんだろう。
 突然引き離されて、さぞ悲しかった事だろうね。内心では、ボクを恨みもしたかもしれない。でもね、ボクは暴君なイウス王だから、そんな腐った伝統は壊してしまうんだ」
「……へ、いか。あえる……?」
 まだ縺れる舌で、二人は涙を流しながらヘリティギア女王に焦がれていた。

「必ず会えるよ。まずは、今から言うことをメモにして小間使いに渡すんだ。
 この城で一番大きくて重くて、とても固い金づちを持ってきて貰いたい。レインは、居城の門を守っている兵士全員を入り口の前に待機させて、兜を脱いで平伏するように伝えるんだ。非番で休みを取っている者も、外出をしている者も全員だ。ボクがそこに行くまでの間、待っているのように伝えておいて欲しい。出来るね?」

 二人はすぐに駆けだした。騒ぎを聞きつけたナタリーが何事かと室内に入ってくるが、もう彼女には事態を止める事は出来ない。
 その場にて待つようにとだけ伝え、大きな袋を用意させた。

 五分ほど過ぎて、ニーナが大金づちを抱えてやって来た。
 ウィードの職場でもある鍛冶師から借りてきたのだろう、重くて持ち上げるのがやっとの大きさではあったが、両手で掴めば何とか振り下ろせなくもない。

「それを使って、何をなさろうというのです……?」
「いいかい、ナタリー。ボクは、とても暴君なイウス王なんだ。この場所は、とても空気が汚くて居心地が悪い。歴代の国王の遺産とか伝統とか、年代物過ぎて腐りきった因習に満ちている。ボクは退屈なクイーンだから、そんなものは大嫌いだ」

 歴代国王の持つ錫杖を振り回して床に投げ捨て、力一杯大金づちをぶつけて粉々に砕く。ナタリーは身体を犠牲にしてまで止めに入ったが、もう遅い。

 白金と宝石で贅沢に肥えていた錫杖は床の飾りとなり、次に投げ捨てた銀のメダルは潰れた板ガラスのように折れ曲がって原型を留めなくなった。
 呆然とするナタリーの手から用意させた大袋を奪い取り、そのまま残骸を詰めて外に投げつける。

 大きな悲鳴を上げてナタリーは床に付したが、そのままにしてニーナに金づちの返却を任せてガウンを身に纏い、王冠を頭上に飾って、待ち合わせの居城の門へと向かっていった。
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