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第三章 婚約レースの開幕

異国からの訪問者(2)

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「ーーーどうかしたのかい? ウェイクフィールドでの作法は心得ていないから、おかしな所は遠慮なく言ってくれると助かるよ」

 双子の片割れが原因で王位継承から外れ、爵位だけ持った隠居生活を模索していたフィンネルは女王との謁見を終え、他の婚約候補や姫君達との顔合わせを行っていた。

「……は…はい。その、おかしな事は何も」
 当初は休暇のつもりで、完全に乗り気が無かった見合いのはずだったが、案内された先に居たのは、蜂蜜色の髪を短く切り揃えた姫君と、深い茶色の髪を束ねた元王宮の侍女だという豊満で妖艶な侯爵令嬢。

 辞退する国が多いと聞いていたので、婚期を逃した王女や貧相な姫君が待ち構えていると思っていたが、これは何の巡り合わせなのだろうか……?

「貴国は、大変暖かな気候だと聞くね。果物や木の実も珍しい物が多いそうだし、手土産品を賞味する日を楽しみにしているよ……」

「エリヴァル、それより挨拶が先でしょ」
 ギャラリーを前に談笑を始めたエリヴァルを牽制し、リリスはアキニム達の方に視線を向けた。

「……ああ、そうだったね。ロイヤルアゼールの三の君がまだのようだけど、自己紹介が重複しても許して下さるかな? ボクはエリヴァルイウス、一応この国の第二王女だよ。姉上は嫁がれたから、前国王の叔父の孫リリスティンがこのレースに参加している」
「単なる元侍女ですけどね。リリスティン・ルブライトです。手前に座っているアキニムの義妹でも有るわ」

 いつもの兵士姿ではなく、今日は正装着に着替えたアキニムが頭を垂れる。やはりこの中では、まだ居心地が悪いようだ。

「髪を束ねているウィードは、ボクの叔父上の親戚でもある鍛治職だよ。アキニムとウィードが、いわばフィンネル殿のライバルになるね」
「ライバルとしては、肩身が狭いけどな……」

「ーーーロイヤルアゼールの三の君、フレドリクス様がお越しになりました」
 侍従のノースに促され、深い金の髪と白い肌の男性が談話室に入ってきた。
 北の大国の滅多に姿を見せない王子とは聞いていたが、随分と幼く繊細そうな雰囲気に見えた。

「ついに役者が勢揃い。と言った所かな……。ようこそ、オーファルゴートの悪巧みの会へ。
 将軍も兼任している叔父上は多忙のため不在だけど、ひとまずレースの開幕と行こうか。談笑や挨拶は、また後ほど行うので、先に開幕のグラスを掲げよう……」

 ノースに促され、空いていた席にフレドリクスが腰掛けると、侍女達が歓迎のシャンパンを注いでいく。楽師の音楽が奏でられそうな荘厳な空気に包まれつつ、立ち上がったエリヴァルがドレスを手に深いお辞儀をした。

「さて、諸君。詳しい説明はニオブから聞いていると思うが、このレースは元老院の大変趣味が捻じ曲がった長老方が考え出した、いわば老後の楽しみだよ……。我が国は知っての通り、後継者不足を嘆いている……。麗しの姉上は子種作りのために嫁がされ、将来は我々の間に出来た子供との掛け合わせを義務付けられた!!」

 エリヴァルは外国の要人を前に、力一杯悔しそうにテーブルを叩いた。突然の事に初顔合わせ二人組は互いに目を合わせるが、周りを見ればいつもの事のようだったので目を伏せた。

「王女優勢の規則がある為、姫君を産んだ方が国母となる訳だが、どちらを産み分けた所でボクの未来はお先真っ暗さ……。退屈なクイーンと呼ばれてイウス女王は即位させられる。まあ、リリスがティン国王になるかもしれないけどね」
「エリヴァルが第二王女である以上。それは有りませんから、皆さまご安心を」

「婚約レースの基本的なルールとしては、とても単純なものだよ。ボクたち二人、女性陣は王宮の外には出られない。その代わり、男たちが城下にデートに誘う事は出来るけどね。まあ、姫君は城に軟禁…。
 護衛は付くけど、男たちは好きに城外で戦略を立てたり、プレゼントを贈って気を引いたりして構わない。ちなみに、ボクは甘いお菓子箱が大好きなので買って来てくれた殿方には熱いキスを捧げるよ。叔父上なんか、上等の輸入菓子箱を三箱も用意してボクと一緒の風呂に入ったくらいさ……。
 そうだ。あと、脇に控えているニオブ宰相補佐官は口移しでワインを飲ませて貰うのがお好みだから、ボク達に飽きたら火遊びもいいかもね……?」

「……残念だけど、説明が行き過ぎたみたいだ」
 進行役の選定が間違っていたと痛感したノースとタリアが止めに入り、エリヴァルは二人の侍従に手を押さえつけられて仕方なく席に戻った。
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