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第二章 侍女長リリス

宮廷の幕間(2)

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 リリスティン・ルブライトは、思えば成り上がりの人生だった。

 母を幼き日に失い、公達の妾の子として洗い場で洗濯を繰り返す日々を送り、父君にはお会いした事すらなく、現状を知った遠縁のルブライト家の好意で養女として引き取られ、貴族筋なのに商家に過ぎない家の建て直しを図るべく、士官学校を出たアキニムは兵士としての鍛錬に明け暮れ、自身は行儀見習いを経てシュテイン卿の炊事場係として働き始めた。

 祭典で見た、薄紫色の髪を揺らした姉姫に憧れて宮中入りを志し、卿に推薦をお願いして寝具係から侍女へと登り詰め、ついには第二王女エリヴァルの侍女長に就任した。
 行く行く先は、王母か姉姫の御子を育成する乳母の道。エリート出世街道を突き進む、若き野心家がリリスティン侍女長。

「だったはずですのに……どうしてこんな事に」
「おしゃべりや愚痴はいいから、姿勢を崩さずに歩く。踵が高い靴の時は足先に神経を集中させて、優雅にエレガントに」

 宰相家の侍従長ノースは長く伸びた鞭を振りつつ、リリスの頭に乗せられた書物のバランスを見定める。
 最低限の行儀は学んだものの、社交界デビューもしていない商家の養女に出来る事は少なく、隣国の婚約候補者が訪れるまでの僅かな間にでもと、宰相家の直伝のレッスンは明け方近くまで続く。
 歩き方、食事の取り方、侍女への服の着せ方や笑顔や言葉使いに至るまで付け焼き刃過ぎる修練に、リリスは瞼の上の母に恨み言を投げかける。

 せっかくだからと付き合ってくれたエリヴァルは、初日で何一つ教える事はないと判断され、王弟オーカスウォムと乗馬に出掛けた。言葉遣いは少年のようだが、あれでも第二王女。帝王学こそ学んでいないものの、礼儀作法は生まれた時から身についていた。

「……いい格好だな、侍女長殿」

 レッスン着のドレスの裾にさえ戸惑っているリリスに冷やかしの拍手を送り、シュテイン・カーゲン家の嫡男ウィードウォムは頭に置かれた書物を取って髪を正した。
 浅黒い髪を束ねたスタイルは、王弟に繋がる一族の証し。どこかオーカスにも似た、冷たい瞳の元雇い主であった。

「何故シュテイン卿の御子息が……。は愚問でしたね、ウィードは候補者の1人ですし。これで、王弟様と義兄様、ウィードと3人が王宮に招かれた事になりますか」
「ダンス教養のレッスンの相手としては、背丈もピッタリだろ。相性がどうかまでは知らないが、気心はそれなりに知れてるはずだ」

 ーーーシュテイン家での横暴を止める役割が、ほとんどでしたけれどね。

「残りは、ウェイクフィールドとロイヤルアゼールだったか。最初は隣国の王太子を始め、候補者は数十名に渡るはずだったんだが、どこかの商家が暗殺を用いたのではないかと噂が広まってな。血筋の二国以外は丁重にお断りされたそうだ」
「どこをどうしたら、我が家が暗殺集団に思われるのか理解できかねますが、外縁のみで侵略の可能性が低いのは大変喜ばしいですわね。候補者のシュテイン様」

 姉姫の美しさに一介の娘でしかないリリスが惹かれるくらいだ、それと対になる蜜色の髪と瞳を持ったエリヴァルイウスに恋をする他国の者は非常に多い。ただ、皇位継承者が次々と消え、パッと出の侍女長が女王候補に登り詰めた国の情勢では、警戒するなという方が無理がある。
 最近では、ルブライト商会に毒薬の手配を依頼してくる狼藉者まで出てきたらしいし、もう何とでも言ってくれとでも思い始めてしまっていた。

「ご無沙汰しております、ウィードウォム様。お会い出来て光栄です。でしょ、ティン閣下」
「……ティン閣下」

 ノースの指導に、ウィードは堪え切れずに笑い続けた。

「そうだよな、お前が女王に即位する可能性もあるんだよな。即位したら、ティン国王以外は名乗れなくなるから、今のうちにリリスという名を大事にした方がいいぞ」
「私が、望んで女王に憧れてたらその名に妥協しますが、そんな野心も野望も有りません。ウィードの方こそ、有能な後継ぎがこんな所に来ていていいんですか?」

「そちらとは違って、当家は野心家なんでね。
 次代の女王陛下の連れ合いが約束され、それに候補者の2人とも絶世の美女ときている。候補の条件が血筋だけで、階級はそこまで準拠されないとなれば、心が揺れ動いてもおかしくないさ」
「私が絶世の美女はお世辞だと思いますが、夢を大きく持つのはさすがですね」
「……別にお世辞じゃないんだがね」

 くるんと巻き上げられた薄茶色の髪を撫でながら、ウィードはリリスの手を取りダンスの基本ポーズになった。
 確かに背格好も雰囲気も、二人はお似合いね。とノースは余計な一言を告げる。足を後で何度も踏んでやると、リリスは心の中で誓った。
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